#27 邂逅
達海は大学の図書館でコンピューターの画面に向かっていた。画面にかじりつきながら、十二年より以前の空手や柔道に関する中高生の記録をひたすらに検索していく。
しかし、十二年前ともなるとこれらに関する記事はとても少なかった。ましてや、大会の写真データなんかはほとんど無い。
やっぱりこの手段は無謀だったか、と達海はため息を吐く。
達海から見て、レイはとても強そうだった。しかし、当時大会に出場できるレベルだったのかはスポーツに関する知識が皆無の達海には全くわからなかった。ましてや、レイが生前、本当に空手か柔道をやっていたのかどうかも定かでは無いのだ。
ただ、達海は十三年前から十五年前にかけての中学生の空手全国大会に関する記録が見つからなかったことが少し気にかかった。その期間に関する記録だけがすっぽりと抜け落ちたかのようにどこのウェブページを検索しても出てこないのだ。
そこで彼はその期間に東京都で行われた予選についても調べてみた。しかし、その情報が記されたページも一切見つからなかった。
この期間に空手界隈で何かがあったのか、と疑問に思いながらも、達海はばつ印をクリックし、デスクトップ画面に後戻りする。
このままじゃ手詰まりだな。都内の中学、高校に行ってしらみつぶしに調べてみるか。いや、それこそ無謀だし不審者扱いされてしまいそうだ。まずは、空手に詳しそうな人から、大会の記録が空白の期間、何があったのかを聞いてみるか……
そう考えた達海は帰りの支度をして、図書館を後にした。
達海は夕食を買うために商店街へ来た。ここには肉や魚、新鮮な野菜を売る店が揃っており、多くの人で賑わっている。目を凝らすと生者に紛れて幽霊の姿も数人確認できた。本当に、意識して見ないと生者と全く見分けがつかないものだな、と達海は小さくため息を漏らした。
達海はこの商店街で美味しいと有名なコロッケを買おうと肉屋へ近づいた。すると彼から少し離れた場所に見覚えのある男の顔が目に入る。長い髪でおでこを出した大柄な男。忘れもしない、あの夜の——
……GH!!
達海は慌てて人ごみに紛れて隠れようとした。あの時とは違い、カジュアルな格好をしていて奇妙な指輪もつけてはいないが、彼はあの夜襲ってきたGHに違いない。達海の額からはじわりと汗が滲み出る。
ドン!
GHを警戒するあまり、誰かにぶつかってしまった。達海は慌てて振り返り、ぶつかってしまった人に謝罪をする。
「すみません! 少しよそ見をしてしまって……ってあ……」
「あれ? 達海くん!? こんなところで何してるの?」
達海がぶつかってしまったのは、カフェ陰陽で暮らす幽霊、フォトであった。
「なんだフォトか。何してるのって夕飯を買いにきたんだけど……っていうかこんなに悠長に話してる場合じゃない! 今近くに……」
なぜか少し動揺した様子のフォトに、達海はすぐ近くにGHがいたことを伝えようとする。しかし、振り向くとすぐ後ろに大柄な男は立っていた。
だめだ、もう逃げられない。達海がそう悟った瞬間。
「どうしたフォト? ……げっ、お前は」
大柄な男は驚きと動揺で眉を引き攣らせた。
「……今、フォトって言ったか? どうしてお前がフォトのことを知っている?」
達海は状況が理解できずに大柄な男とフォトの顔を交互に見た。するとフォトが困惑の表情で口を開く。
「あれ? 二人とも知り合いだったの? 達海くん?」
「知り合いも何も、こいつはGフゴッ」
達海の口は大きな手に塞がれ、言葉を遮られた。大柄の男が達海の口を慌てて塞いで押さえ込んだのだ。
「あーそうそう。知り合いなんだ。幽霊が見えるもの同士、ダチでよ。フォトが最近話してくれてたのは達海……くんのことだったんだな。あーそうだ。俺、こいつと話さなきゃいけないことがあるから今日はここまでにしよう。また明後日、いつもの場所で待ってるから。それじゃ」
大柄な男は早口でそう言うと、達海を引っ張って走り出した。
「えー。そっ、それじゃあね、大輝くん」
達海は大柄な男に連れられたまま、ファミリーレストランへ入店した。二人はテーブル席へと案内されると、大柄な男が店員に二人分の飲み放題を注文した。
「色々と謝りたいことがあるが、まずは本当にすまん!!」
大柄な男が達海の前で頭をさげる。
「いや、全然状況が飲み込めないだけど。お前、なんなんだよ」
達海は怯えた顔で大柄な男に問いかけた。
「俺は如月大輝。警察庁……に所属している。先日、棍棒で殴ってしまったことは本当に申し訳なく思っている。怪我の具合はもう大丈夫か。後遺症とかは……」
「もうとっくに治ってるよ。後遺症もない」
達海はパーカーの袖を腕まくりして綺麗に治った腕を大輝に見せた。それを見た大輝は信じられないという表情で一瞬固まってしまった。
「……そうか、それは良かった。もしまだ何かあるようなら慰謝料は出す。……でもお前が悪いんだからな。仕事の邪魔しやがって。本来ならば公務執行妨害でしょっぴいてるところだぞ」
「……上の人には、そのこと報告してないのか」
「……できるわけねぇーだろ。幽霊一体取り逃がしちまってんだから」
少しの間、沈黙の時間が続く。
「フォトとはどういう関係なんだよ」
重たく緊張した雰囲気に耐えられなくなった達海が口を開いた。
「『どういう関係か』か……生前、婚約者だったんだよ」
「は? 婚約者!?」
達海は驚き声を出したが、すぐにフォトの薬指に指輪がはめられていたことを思い出した。
「え……ってことはじゃあ、フォトは生前の記憶を思い出しているのか? でも、お前、フォトって呼んでたよな」
「多分、まだ思い出してねーよ。彼女が幽霊になってから、たまたま再会したんだ」
「生前のこと、まだ話してないのか」
「まあ、こんな仕事をしてる以上なかなか話しづらくてな。いろんな所歩いて、今日あった出来事を話し合う。そんな関係が続いてる。俺はとりあえず、今のこの関係が続けられれば満足なんだよ」
「そんなこと言ってないで、生前のこときちんと話したほうがいいんじゃないか。未練を見つける糸口にだってなるかもしれないんだぞ」
「未練を見つけて何になるんだよ」
「知らないのか、未練を解決することができれば幽霊は成仏できるんだぞ。きっとフォトだって成仏したいはずだ」
大輝は達海の言葉を聞き少し驚いた顔をした。しかしすぐに険しい顔となり、達海に言い返す。
「いいや、幽霊はこの世に存在していちゃいけないものだ。それは悪霊だろうが無かろうが、かんけーねぇ。この世の異物を排除する、それが俺らの仕事だ。成仏だのなんだの、そんなことを待ってる時間はねぇよ」
「なっ……それじゃあ、フォトのこともいずれは除霊するのか?」
大輝は達海からの質問に目線を落とした後、ジーンズのポケットからたばこの箱を取り出すと、たばこ一本を咥えてそれに火をつけた。
「……ここまで話した感じ、GHの存在は知ってるんだよな。それなら話してもいいか。上の人からの命令で除霊することを禁止されている幽霊が居るんだよ。そのうちの一人が、たまたまフォトだったんだ」
達海は除霊することを禁止されている幽霊がいるのかと驚いた。それと同時に、どうやってその幽霊を知らされたのかと疑問に思う。なぜならば、幽霊は写真にもはっきりとは写らないはずだからだ。その幽霊の特徴を伝えられていたとしても、何人もいる幽霊の中から一個人を判別できるのであろうか。
「その……除霊禁止の幽霊はどうやって判別してるんだよ。特徴を事細かに伝えられているのか?」
「……そこまでは教えられねーよ。てかお前、達海って言ったか。お前こそ、フォトとどーゆー関係なんだよ」
「俺は……」
達海はカフェ陰陽のことを話す寸前で口を噤んだ。GHにそんなことを話して襲撃でもされたら、たまったものではない。春明に合わす顔が無くなってしまう。
「ん? なんだよ」
「俺もたまたまフォトと出会ったんだよ。それで話してみたら意気投合したんだ」
達海はなるべく怪しまれないように淡々と話した。大輝は達海に嫉妬のような目を向ける。
「へー」
「なんだよその目は……いや、別に彼女に恋愛感情はないよ」
「あ? 別に何も言ってないが」
「……」
「……」
再び、沈黙の時間が流れる。
少し前まで全然そんなこと思わなかったが、今は静かなこの空間がとても居心地悪い。何か話さなければと、達海が思案していると、今度は大輝が先に口を開いた。
「その……さっきお前が言っていた成仏のことについて詳しく教えてくれないか。幽霊について、実はそんなに詳しい訳じゃないんだ」
「! ああ……わかったよ」
達海は、この世に強い未練を残した者が幽霊に成るということ、幽霊はその未練をなくす事が出来れは成仏することなどを大輝に説明した。
「幽霊にとっての一番の救いは、やっぱ成仏ってことになるのか」
「そうだよ。だから、フォトには生前のこと話したほうがいいんじゃないのか」
「それは……もう少し俺の考えがまとまってからにするよ」
「わかった。……そうだ、生前のフォトについて簡単にでいいから聞いてもいいか? 俺からはそのことをフォトには話さない。約束する」
達海は大輝に真剣な目を向けてお願いした。大輝は少し考えた後、懐かしむように話し始めた。
「彼女の名前は須藤桃子っていうんだ。写真を撮ることが好きな優しい人だった。俺たちは婚約してすごく幸せだった。でも彼女は式の数日前、腹部に包丁を突き刺して自殺したんだ。……ただ、自殺は鑑識の間違った見解だ。俺は他殺だと思っている。彼女は死の直前に俺に言ったんだよ。『そこにピエロが居たんだよ』ってな」




