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#2 それは天使のような

 達海は自分を落ち着かせ、目の前にいる得体の知れない者を理解しようと頭を巡らせた。自らのことを幽霊だという少女は、こちらに手を差し出したまま首を傾げて見つめてくる。

 彼女をよく見ると、死装束のような格好をしている。しかし、死装束は彼女のように襟が右前だっただろうか。アニメなどのフィクション作品でよく目にする頭の三角はつけていない。顔はとても綺麗だった。大きな目にシュッとした鼻筋、艶やかな唇。髪は長く、美しい黒だった。歳は中学生か高校生くらいに見える。


 幽霊ってこんなにハッキリと見えるたり触れたりすることができるものなのか? そもそも幽霊って本当にいるのだろうか? 医者は俺の脳が正常だと言っていたが、事故の衝撃で頭がおかしくなったんじゃないか? 


 達海は頭がこんがらがり、再び思考が停止しそうになる。


「どうしたの? 大丈夫?」


 再度レイから声をかけられた達海はハッとして、「もう出ていってくれ。お前と関わるつもりはない」と差し出された手を冷くあしらった。レイは一瞬、悲しそうな表情を浮かべたが無理やりその表情を笑顔に戻した。


「嫌だったよね。ごめんね。」


 レイは短くそう言うと、玄関の扉をすり抜けてどこかに行ってしまった。

 達海は頭を抱えた。やはり、俺の頭はおかしくなってしまったのかと。けれど、これでいい。生身の人間であろうと、幽霊であろうと関わるつもりはないのだ。関わることが恐い。失うことが恐い。

 達海は冷蔵庫を開いたが、使いかけの調味料が入っているだけで、食べられるものは入っていなかった。

 陽は傾き、外の気温は灼熱の昼間より幾分かはマシになっているようだった。とりあえず、夕飯を買いに行こう。達海は玄関の扉を開いた。




 スーパーマーケットまでの道中、達海は幼い頃に祖父から聞いたおとぎ話をおぼろげながら思い出していた。


 ある農民の男の元に美しい女が現れた。女の背からは翼が生えており、まるで天使のようだった。農民の男はその女と意気投合し、しばらく共に暮らしたそうだ。男が意気揚々と話し、女がそれを静かに、それでいて楽しそうに聞く。そんな関係だった。

 男は作物の不作に悩んでいたが、女が来た年からは嘘のように豊作となった。富を手に入れた男は女と楽しく暮らしたそうだ。

 しばらくして、女は男の前から突然に姿を消した。女が姿を消してからは作物の出来は月並みとなった。その後、男は別の女と結婚したが、いつまでも翼の生えた美しい女のことを忘れることができなかった。

 男がおじいちゃんと呼ばれる歳になった頃、再び豊作となった。男が畑の手入れをしていると、一枚の黒い羽根が落ちていた。羽根の色はあの女のものとは違うが、どこか懐かしい気持ちとなった。姿は見えないけれど、また会いに来てくれたのだろうか。男は静かに微笑んだ。


 いや、なんちゅう話だよ。めちゃくちゃ悲しいじゃないか。

 祖父は、「お前もこの天使のような大切な人を見つけるんじゃよ」などと言っていたような気がする。


 結局、男はその女を失っているじゃないか……。あの、レイと名乗った少女が俺にとっての天使になりえたのだろうか。


 達海はそんな馬鹿げたことを考えながら、道を進む。



 あれ、こんなところにボロ屋敷なんてあっただろうか。

 ついこの前まで空き地であったはずの場所に、古びた木造の一軒家が建っていた。実に不気味である。達海はその家の前を足早に過ぎ去ろうとした。


「あの、お兄さん」


 ボロ屋の入り口付近でおどろおどろしい声をかけられた達海は、声のしたほうにバッと顔を向ける。そこには色鮮やかな着物を着た幼女が立っていた。


「お願い、お母さんを助けて」


「ごめんね、俺は今忙しいんだ。……警察に連絡しようか?」


 ズボンのポケットからスマホを取り出そうとした次の瞬間、達海は幼女に腕を掴まれた。幼子とは思えぬほどの強い力でボロ屋の中へと引っ張られる。


「うわっ」


 達海は幼女のなすがままにボロ屋へと引き込まれた。



「なんだここは……」


 達海は至るところが劣化した、見るも無惨な家の中を幼女に引っ張られながら進んでいく。


「ちょっと待ってて」


 幼女はそう言うと、達海の腕から手を離し、どこかへ行ってしまった。

 この場から早く逃げなけれがならない。そう直感した達海は急いで玄関に戻る。ドアノブを回し扉を開こうとしたが、左右に回そうが、強く押したり引いたりしようが扉はびくとも動かない。


「なんだよこれ」


 達海が焦っていると、後ろから不気味な女の声がした。


「嬉や、獲物がかかった。久々に若い男の魂ぞ」


 達海は冷や汗を頬に伝わせながら、ゆっくりと振り向いた。三十代頃の女性だろうか。そこに立っていた女は、ボサボサの髪を肩あたりまで伸ばし、ひと昔前の割烹着のようなものを着ていた。全身に黒いモヤのようなものがかかっている。


「その魂よこせ!」

「うわああああああああああ!」


 女が恐ろしい形相で迫ってきた。達海は叫び声を上げながら両手で女の肩を掴み抵抗する。


「抵抗するな。さっさと魂喰わせろ」


「なんだよ……なんなんだよこれは!」


 達海は必死になって女を突き飛ばした。その時、達海の頬に女の爪が当たり、血が流れる。


「痛っ」


「お主、もしや生者か! なぜ私に触れられる! 奇妙な指輪はつけていないから、GHではないのよなぁ。まあよい。このまま喰ろうてやる」


 再び、女が達海へと向かってくる。体は熱くなり、呼吸が苦しい。もう殆ど力が入らない。ここでこのまま死んでしまうのだろうか。達海は蹲り、半ば諦めて目をそっと瞑る。


 ——たっちゃん——


どこかから女性の声がしたような気がした。達海が目を開いた瞬間。


「うおおおおおおおおおおお!」


 死装束の少女が黒いモヤの女に向かって、拳を振りかざしながら突進していく。その拳は黒いモヤの女の顔にクリーンヒットし、玄関とつながる廊下の奥へと吹き飛ばした。


「君、大丈夫?」


 達海がその声の主の方を見上げると、死装束の少女が笑顔でこちらに手を差し伸べてくる。それは達海が今までに見た何よりも美しく目に映った。

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