⑫ SとMの喜劇
「君は私を裏切るのか!」
舞台の中心でフェルナンド様の迫真の怒声が響く。それを受けパトリシアは、めんどくさそうに腕組みをした。
「あら、露呈してしまいましたの……。裏切りだなんて。最初からあなたと連携するつもりなどありませんでしたし」
「つまり君は私を利用していたのか! そして、用なしとみなし捨てるというのか……」
もう観客席には舞台上の声が聞こえているわ。幕も上がり、彼らの姿もあらわになった。そちらはきっとざわめいているわね。
そろそろフェルナンド様には、失望したとでも言って袖に捌けてもらわなくては。続きは私が声の出演をするから。
「まぁ、そういうことですわ。あなたは私の夫として力不足よ」
「君が……そんな人だったなんて! 王宮でその高名を知らぬ者のない、理知的で慎ましやかな侯爵令嬢の君が……。人望も厚く、分け隔てなく人々に情をかけることで評判の君が……」
フェルナンド様もういいから! 早く見切り付けてこちらへ来てください! ああ、舞台の中心あたりで膝を付いてしまった。本物の舞台役者みたいなリアクションね……。まぁショックですよね。私が黒子となって引っ張って来たい……。
「そう、もう今だから言うけれど、そうやって簡単に騙される単細胞のあなたたちがとぉっても愉快だったのよ」
うわぁ本当に楽しそうな顔……私もまさに被害者だけど、何度でも引いてしまうわ。
「これで良かったか?」
「エルネスト様」
一仕事終えた彼が舞台裏を通ってこちらまで。
「はい、完璧です」
「念のため舞台袖に入る両側の扉は、部下に封鎖させておいた」
「さすがです! 客席から舞台に這い上がってくるベネット家の人がいないといいけど。ここにいるのはみな上品な方々だから、それはしませんよねぇ」
「信じられないよパトリシア……。なんて……なんて……!」
おっ、フェルナンド様ももう限界のようね。
「なんて君は魅惑的なんだ!!」
「「「!!?」」」
パトリシア本人だけでなく、私たちも耳を疑った。
「君がそのすました仮面の下にそんな悪女の素顔を隠していただなんて……ゾクゾクするよ!」
ゾクゾク……? ちょっと分からない感覚ですね……。
「あ、あら……」
「君の飛び抜けて明晰な頭脳と他者を見下し利用する闇の心、それを掛け合わせれば王宮を完全支配することも可能なのだろうね!」
「ま、まぁ、そうね。揺るぎない支配権のために、すべて利用尽くしてやるわ」
え──どうしよう、会話始めちゃった……。
「マーヴェラス! その類まれな美貌と才能で、この上流社会の頂点に君臨するというわけだ! そこらの女とはまったくスケールが違う」
「当たり前よ一緒にしないで」
こちらが一緒にされるのまっぴらです。
ちらりとエルネスト様の顔を見ても、やはり「呆れてモノが言えません」という表情になっている。あなたのご親族、こういう趣味嗜好を持ってる人って周知されてしまいましたね。舞台から下げなくて大丈夫でしょうか?
「良かったら私だけに聞かせてくれないか。今まで君が蒔いた政略の罠について。君の戦法についてより知っておきたいんだ」
おっ? これは??
「別にあなたが知ったところで、あなたなんて使い魔程度の仕事しかないわよ」
「ああ、言葉の棘が全身に刺さるぅっ……! 君の使い魔になれるなら身に余る光栄さ!」
そういうのはいいから! ちゃんと聞き出して!
「そこまで言うなら教えてあげなくもないわ。まず私はあなたを捨ててね、王位継承4位の男から順に篭絡していく予定よ」
「じゃあもしかして、もうエルネストも?」
「あんなの簡単に落とせるわよ、私の魅力をもってすれば」
「…………」
エルネスト様、乱入は堪えてっ!
「あなたたち全員手駒として取っておいてあげる。でも、最終的にはやっぱりアンドリュー王子ね。まぁあの方こそ御しやすいでしょうし」
「彼は女性に甘いからね。しかし現在の婚約者“エメラルド”は、あれでなかなか才気立った娘のようだ。君のライバルとしては骨のある人物ではないか?」
「もちろんすぐにとはいかないけれど、時間をかけてじっくり策を練ればどんな娘であっても敵ではないわ。隙の無い人間なんていないのよ。加えて私のバックにはベネット家の面々も、常に戦闘待機していてよ」
ここまで計画どおりとはいかず、少々意外な展開となってしまったが、話の流れ的にイイ感じじゃない?
「はっ! もしやアンドリュー王子の前の婚約者が失脚したのも、君の策だったのだね!?」
おおお────!! フェルナンド様よく言った! 失脚した私が褒めて差し上げますっ!
「あんなの何の捻りも必要なく、ただ《あれが王子を裏切って不貞を働き、婚約破棄されたようだ》と噂ばら撒いただけでベソかいて逃げていったわ! これっぽっちも張り合いのない!!」
高笑いしてる……。悔しいけど、ここはもうちょっと我慢! ベソかかせてやる……。
「いやいや、君は簡単に言うけど、誰にでもできることではないよ。綿密な計画と計算の上の仕事だろう?」
「もちろん、計算はし尽くしたわ。私が疑われるようなことがあったら面倒だし。でもねぇ、どれもこれも私の子飼いの娘たちが馬鹿みたいに従順で、更には宮廷にはびこる連中が噂話も悪口もイジメも大好きな人間だらけなのだもの! そこに目を付けたということが、強いて言えば私のオリジナリティかしらぁ~~おほほほほほ!」
オリジナリティが聞いて呆れるわ。さて、カーテンコールいっちゃいますか? 私はカーテンを引く紐をぎゅっと握った。
「よいっしょ!」
ここで開幕よ────!!
「!!??」
カーテンを引いたら、舞台側から見えるのは広々とした、白けた観客席。いや、青ざめた観客席。まるで夜の静かな海のよう。違うのは、そこにあるのは人の波。
瞬間パトリシア・ベネットは知ることになる。ずっと自身は観客らに熱い視線を注がれていた、主演女優だということを。
「ど、どういうこと……!?」
「これは一体……?」
フェルナンド様には、かなり恥ずかしい、ちょっと言い訳できない一面を大衆に向けて暴露させてしまって申し訳ない。それもこれもあなたが早く撤退しないから……。
「パトリシア……お前はなんてことをしでかしたのだ……」
観客のひとりが真っ青な顔で舞台に歩み寄った。
「お、お父様! これは何ですか!? いつからあなたたちは聞いていたの!?」
「聞いていただけではない。すべて見えていたぞ……」
「見えていた!? でも、幕はずっと降りていたじゃない!」
「幕なんて最初からなかった!! なんてことをしでかしたんだ!」
「ええっ……!? どういうことぉ!?」
彼女は状況をそれなりに理解し、羞恥心で立っていられなくなったようだ。豪快に膝を付いた。これが興行演劇なら照明を一身に浴びられるひと時ね。
「ベネット家の者が止めさせようと舞台袖に行こうとして、封鎖口で俺の家来らと小競り合いになっていたらしい」
エルネスト様のところに小さな遣いが、そう連絡を寄越したようだ。
「おかげさまで、最後まで即興劇をジャマされずに済みました」
「なら、早いところ逃げよう」
「はいっ!」
彼が私の手を取り、私は興奮の中で立ち上がる。そしてふたり顔を見合わせ、笑いながら逃げたのだった。
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