⑪ ノリノリ聖女
ここはさすが、国で屈指の上級貴族の邸宅。バルコニーが広々とした庭園となっている。
私は今エルネスト様とコソコソ物陰から、逢引き中のパトリシアと、そのお相手フェルナンド様を見張っているのだが。
いつチャンスが訪れるか分からない。エルネスト様に気持ちよく動いてもらえるよう、しっかり打ち合わせておかねば。
「あなたは彼女を舞台の方に連れていって、恋の罠を仕掛けてください。舞台袖が、あそこ物がごちゃごちゃ置いてありますし、ちょうどいいです」
「恋の罠ァ?」
「やっぱり俺と結婚して王座を狙おうぜ~~とか言って」
「今後言質とられたらどうしてくれるんだ」
「気が変わりました~~男心と秋の空~~で逃げてください。証文は造っちゃだめですよ」
「造るか!」
「そして私がフェルナンド様をあなたたちのところに連れて行って、パトリシア様の浮気現場を見せつけます。怒った彼は怒鳴って去ってゆく。それを追いかけようとした彼女に、私が幕の陰からフェルナンド様の声で問い詰めます」
「声? どういうことだ?」
「ふふーん。私、声を変えるふしぎな道具を持っているんです! じゃーん!」
ぱっと見なんの変哲もないチョークを自信満々に見せつける私。
「チョーク? 何か黒板に書くのか?」
「声を変えるって言ってるでしょ。これを食べると声色変わるんですよ! 異性の声だって出せるんです」
「……チョークを食うのか?」
「ん? ああ大丈夫! カルシウムだから!」
「…………」
「あ、パトリシア様が彼から離れた! チャンスね。エルネスト様、お願いします! あ、この貝殻を持っていて」
「なんだこれは」
やれやれと言った顔で彼は立ち上がり、彼女の方へと向かう。私は早速、「パトリシアの声になぁれ~~」と念じながら、チョークをボリボリ食べてみた。
「あああ~~。……なってる! 他人の声が自分から出るっておもしろい!」
なんて喜んでいる場合じゃないわ。フェルナンド様を彼らとは反対側の舞台袖に連れていかなきゃ。
私はスパイの如く気配を消し、彼の後ろに忍び寄っていった。そして背後に立ち────。
「だ~~れだっ?」
「うわっ。……なんだ、びっくりした。パトリシアだろ?」
「うふふ。あたり! 私の声は間違えないわよね」
でも目は隠したままよ。まだ視界は返してあげない、しばらくね。
「君もこんな可愛いいたずらをするんだね」
「あら、知らなかったの? 私、意外と可愛い少女なのよ」
「そうか。君の新しい一面を知れて嬉しいよ」
「嬉しい? それならもっと教えてあげるわ」
耳元で囁いてみた。
「うん?」
そこで一瞬だけ彼の目を塞いでいた手を放し、ポケットからナフキンを取り出したら、またそれで覆った。
「もっと新しい私を教えてあげるから、誰にも見つからない処へ行きましょう」
「えっ?」
分かりやすく心拍数上がりましたね?
「ところで、この目隠しは?」
「誰にも内緒のステキな処だから、辿り着くまでのお楽しみにして。私が寄り添って歩くから大丈夫よ。つまずかないようにゆっくり行きましょうね」
「本当にドキドキさせてくれるね君は。いいさ、すべて君に委ねるよ」
あ~…素直な良い人じゃないの、この人。あの女の毒牙にかかったままじゃ可哀想よ。
さて、どうなるかしらね。
こうして左の舞台袖に、フェルナンド様を連れてきた。向こうの袖にパトリシアがエルネスト様といる。そろそろ会話が聴こえてくる。エルネスト様はうまく貝殻の殻口をこちら側に向けてくれている。
「着きましたよ。目隠しを外しますね」
「ああ」
私はナフキンをさっと取って、ぱっと後ろの物品の陰に身を隠した。
「うっ。暗くて周りがよく見えないな。あれ、パトリシア、どこだい?」
────「本当に、あなたが私を妻にするというの?」
「ああ。そしてふたりで王座をものにしよう。アンドリューをはじめ、継承権2位3位のあいつら全員引きずりおろしてな」
向こうの声が貝殻の効果ではっきりと聞こえてくる。フェルナンド様にも聞こえているはず。
「それ絶対楽しいわ! 私とあなたならきっとできる!」
また無謀なこと言ってるわね……。
ちらりとフェルナンド様の様子をのぞき見ると……こんな密談を彼女がしていると知った彼は、どうやら時が止まってしまったようだ。
そりゃ信じられないだろうなぁ。
「でもお前、フェルナンドはどうする? もう婚約したんだろ」
「そんなの向こうになんらかの罪を被せて、向こうの有責で破棄すれば問題ないのだから」
「酷い女だな。一瞬でもフィアンセになった男に情はないのか?」
「彼は私のパートナーとして、何もかもが足りないのですわ。人の善いのなんて、むしろつけ込まれる隙となりますもの。継承権がなければ絶対に選ばない人よ」
「お前、本当に目ざといな」
「その私が、あなたのことは認めているわ。4位なんてもったいないほど。私があなたを押し上げてあげる」
「お前がじゃなくて、お前の“家が”だろ」
「あら、どう違うの?」
こんなえげつない話してるんですよ──。フェルナンド様、そろそろ正気になって! そして向こうの袖に勇んで行って、婚約破棄を突き付けたら、もう彼女を振り返らずこっちに戻って来て。そうすればあなたは自由よ。あんな女狐じゃない優しい女性と巡りあって、ちゃんと幸せになってね!
で、そうしたら私はあなたの声を借りるわ。彼女がこちらの方に出てきたら、対峙の時よ。
パトリシア、この舞台上で天の声を相手にひとり芝居をするがいいわ。
エルネスト様が黒子のように、貝殻を今度は舞台前方に置くことになっている。そして幕を開ける。ある幕、一枚だけを残して。
残った幕とはエルネスト様の部屋から頂いたカーテン。晩餐会の招待客からは丸見え、だけどパトリシアからは依然不透明な幕が降りたまま。
さぁ、私と会話劇を始めましょう!
私は再びチョークをボリボリ食べた。
「あ──あ──」
おおっ、低い男性の声が自分から出るってふしぎ~~!
「パトリシア!!」
おっ!? フェルナンド様が舞台中央にさしかかる辺りで大声を張り上げた。
向こう側まで行ってまず彼女をエルネスト様から引き離すかなぁと思っていたけど、どうやら相当怒り心頭らしい。
「フェルナンド様!?」
彼女は驚いて振り向き、舞台の方に出てきた。
この隙にエルネスト様も貝殻の殻口を客席に向けて置いてくれたようだし。
準備は整った。私は今この場において、透明カーテン以外の幕を開けた。そして、
「さぁ、観客のみなみなさま! 刮目せよ!」
限りなく小声で堂々と叫んでみたのだった。
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