三
静かな場所に来て、二郎三郎は若者に話し掛けた。
「おい、もう苦痛は治まったろう? お前さんも【遊客】なら、そのはずだ。喋れないわけ、ないよな?」
若者はギロリと、憎々しげに二郎三郎を見上げた。
「何のつもりだ? 俺様に、こんな真似して、ただじゃ済まない──」
「うるせえっ!」
二郎三郎は皆まで言わせず、若者の頬をピシリと平手で叩く。たったの一撃で、若者の身体はきりきり舞いをして、地面に横倒しになった。
若者の顔に、恐怖の表情が浮かび、叩かれた頬を押さえ、必死に後じさる。
ずい! と、二郎三郎が一歩を踏み出した。顔を近づけ、押し殺した声を上げた。
「おめえは、剣鬼郎の村雨座と、針鼠の仙蔵一味、両方で見掛けている。どっちが、おめえの本当の縄張りなんでえ?」
「う……嘘だ!」
若者が悲鳴を上げると、二郎三郎はちらりと、健一に視線をやった。
「ところが、この健一が、記録を撮っていたんだな。顔認識プログラムで、おめえが両方に顔を出していると判明した。何か、申し開きはあるかえ?」
「う──!」
声を詰まらせ、若者は黙り込んだ。視線が追い詰められた獣のように、二郎三郎、健一、永子の顔を彷徨う。
黙り込んだ若者は、両目を閉じ、微かに口の中で、何か呟いている。
仮想現実から、現実世界へ目覚めようとしているのだ!
やがて若者は、静かに両目を見開いた。驚きに、憎悪の表情は消えている。
「戻れない!」
二郎三郎は低く笑った。
「当たり前だ! 江戸NPCが、ちゃーんと見張っているからな!」
「江戸NPC? だって、おめえらは──」
二郎三郎は背筋を伸ばし、声を掛けた。
「おい! 出て来ていいぜ!」
「へい!」と応えがあって、近くの林から、人影が姿を現す。
源三だった。薄暗がりから若者を睨む源三の表情には、怒りが湛えられている。
「あそこに、江戸NPCの源三が、事前に潜んでいたのさ。おめえが白状しねえ限り、ずーっとおめえを見張り続ける。おっと!【遊客】の気迫を使おうったって、無駄だぜ。届かない距離で、見張っているからな!」
「俺を見張って……? それじゃ、それじゃ──」
二郎三郎は、勝ち誇った笑い顔を見せた。
「そうさ。おめえは、この仮想現実で〝ロスト〟しちまうのさ! 針鼠の仙蔵のようになあ!」
「い、厭だっ! それだけは、やめてくれ! 何でも言う……いや、言います! 言いますから、〝ロスト〟だけは勘弁して!」
一瞬で、若者は苦悶の表情になった。どっと掌を地面に突き立てて、土下座の格好になる。
ピョコピョコと、米搗き飛蝗のごとく、頭を何度も上下させ、必死に掻き口説いた。
「何でも白状しますから、お願い……」
「そう──か!」
二郎三郎はヒョイ、と膝をつき、若者と視線を合わせた。そのまま、源三に首を捻じ向け、命令する。
「源三! こいつを縛り上げろ! 例の【遊客】専用の縄を使え!【遊客】の力でも、切れない特性の縄だ!」
最後の台詞は、若者に言い聞かせる狙いがあるのだろう。再び若者に顔を向けると、険しい顔つきになって命じた。
「いいか、【遊客】の気迫を使って逃れよう、などと考えるな! 大人しく、お縄にかかれ! ちょっとでも妙な仕草をしやがったら、即座に俺が黙っていねえぜ!」
若者は、ぐったりと頭を下げ、力なく頷いた。
源三はすたすたと若者に近づくと、背後から縄を打って、素早く縛り上げる。実に鮮やかな手際で、まるで長年、捕り物を経験しているのではないかと、思わせた。
「うめえじゃねえか、源三!」
二郎三郎が誉めると、源三は無表情を保ったまま、微かに頭を下げる。
「ちょっとばかり、捕縛術を嗜んで御座いますので……」
合気術に、捕縛術か……。いったい、源三は、幾つの特技を持っているのだろうと、健一は呆れ返っていた。




