一
興奮冷めやらぬ選抜大会が終了し、応募してきた娘たちは、記念に、剣鬼郎と並んで写真に納まった。
写真を撮るのは、横浜にある出島から呼ばれて来た、異人たちである。江戸仮想現実には、横浜に出島があり、外国人が居留している。もちろん、江戸仮想現実に接続してくる外国人【遊客】である。
「ハーイ! 皆様、コチラヲ見テ下サーイ! 鳩ガ出マスヨ……!」
青い目をした外国人【遊客】が、三脚の上に固定された、木箱の背後から声を掛ける。木箱の後ろには黒い布があって、外国人【遊客】は、上半身を潜り込ますように、大きな身体を折り曲げている。
木箱は写真機なのだ。ダゲレオ・タイプと呼ばれる、十九世紀の写真機である。
村雨座の芝居小屋天幕前には、剣鬼郎を中心に、応募してきた娘たちが並んでいる。
外国人【遊客】の写真師は、写真機のレンズを覆っているキャップを外し、スーツから懐中時計を取り出し、時間を計っている。
頃合となって、外国人【遊客】の写真師は、キャップを元に戻した。あたふたと、写真師は写真機を急造の現像室へと運んで、後の処理を始める。
コロジオン溶液を使った、原始的な銀板写真である。後々、複写がなされ、出場した娘たちに送られる予定だ。良い記念である。
「あんな旧式な写真なんかより、普通のデジカメにすれば良いのに……」
永子が感想を述べると、剣鬼郎は首を振った。
「そうはいかねえよ。あの写真師を江戸仮想現実に入れるのだって、開闢【遊客】の間で、喧々諤々の議論があったそうだ。ようやく、幕末には、ダゲレオ・タイプの写真があったと史実を証拠に、写真を撮っても良い、というお達しがなされたんだ」
写真師が戻ってきて、今度は選抜に勝ち残った、紗霧という娘を一人立たせた。今度は、一人だけのポートレイトを写す予定である。
紗霧はまるで怖れる様子もなく、写真師の細かい指示に従って、ポーズをとった。
健一は、いったい、紗霧とは何者かと考えていた。
確かに美人だ。印象的な大きな瞳。身体つきは華奢だが、舞台で披露した棒術は、抜群の敏捷さを見せていた。
もし、仮想体験劇に出演したら、圧倒的な存在感を発散させるだろうと、予想できた。すでに健一は、紗霧を出演させる、様々な場面を思い浮かべている。
剣鬼郎はすっかり紗霧にぞっこんのようだ。だらしない、にやけ顔で、さっきから片時も紗霧の側を離れようとしない。
「紗霧ちゃん! 俺のお相手役、どんな芝居がして見たいかね?」
見っともないほどのデレデレ顔で、剣鬼郎は紗霧に尋ね掛けた。紗霧は上目がちに、剣鬼郎を見上げて返事する。
「そりゃあ、もう……。剣鬼郎様との、熱~い濡れ場なんか、して見たいわあ!」
「おーほっほっほっほっ! そうかい、そうかい、そりゃあ、俺も賛成だ!」
紗霧の答に、剣鬼郎は蕩けそうな笑顔を作った。紗霧は色っぽい表情で、剣鬼郎を熱っぽく、見詰めている。全身がくねくねと動き、剣鬼郎を身体中で誘惑している。
おいおい……。
健一は呆れ返った。
この娘、どう見ても素人じゃないぞ!
男を手玉に取る、手管を心得ている。
しかし、遊女のようではない。棒術を使う遊女など、いるわけがない!
「あの娘、何者かしら?」
永子が側に寄ってきて、小声で囁いた。永子もまた、紗霧の正体について、疑いを持っているのだろう。健一は頷いた。
「ああ。どうも妙だ……。妙な違和感を感じるな……。それが何か、判らんが」
「あんたも、そう思うの?」
永子は、健一の返事に、唇を引き結んで見せた。眉が狭まり、何か考え込んでいるようだ。
「永子、君はどう思うんだ。同じ女として、あの娘、どう見える?」
永子は目を細め、眼鏡を指先で押し上げた。
「どう言えばいいのかしら。あの娘には、奇妙な非現実感があるのよねえ……。あんた、あの紗霧って娘、色っぽすぎると思ってるんじゃない?」
「君もか! ああ、色っぽすぎる。女の子が色っぽいのは、大歓迎だが、何だか、それ以上に、色っぽさが溢れてら! まるで、色っぽさの大安売りをしているみたいだ」
永子は、健一の台詞に、くつくつと忍び笑いで答えた。
「言えてる! 色っぽさの大安売りって、上手い表現だわね!」
会話を続けているうちに、紗霧が動いた。今度、目を付けたのは、億十郎である。
億十郎の巨体に縋りつくようにして、しな垂れかかる。
「ねえ、億十郎様……と仰るのよね?」
「然り。拙者、大黒億十郎と申す、若輩者で御座る」
億十郎は、固い表情で、真っ直ぐ前を見たまま答える。紗霧には、一瞬たりとも、目を合わせようとはしない。
紗霧は唇を尖らせ、億十郎に尋ねた。
「億十郎様。紗霧が嫌いですか?」
紗霧の質問に、億十郎は大慌てに首をぶんぶんと、何度も横に振った。
「嫌いだなどと! 拙者、ただ……」
「良かった! あたし、億十郎様と、仲良く芝居がしたいの……。ねっ、約束よ!」
晴々とした笑顔になり、紗霧は小指を立てた。
「指きり拳万! 紗霧と、仲良く致しましょうね!」
「指きり……で、御座るか?」
億十郎は、明らかに戸惑っている。おずおずと小指を立てて、紗霧の小指と絡み合わせた。
「指きり拳万! 嘘吐いたら、針千本、飲ーますっ!」
紗霧の細い声が、辺りに響く。周囲の注目が集まり、億十郎の顔面は、真っ赤に染まっていた。
そこへ、ふらりと、鞍家二郎三郎が姿を現した。
「いってえ、何の騒ぎだえ?」
紗霧を見て、健一に問い掛ける。
「あの娘は?」
健一は、二郎三郎の声に、我に返った。
「ああ! あれは、剣鬼郎が企画した『別嬪選抜大会』に勝ち残った、紗霧という相手役で……」
「紗霧──ねえ?」
二郎三郎は首を振った。紗霧を眺め、一人で頷いている。どうやら、二郎三郎は、一目見て、紗霧の正体が判ったようだ。
健一は二郎三郎に向き直った。
「あんた、知り合いなのか?」
二郎三郎は、にやっと笑いを返した。
「ああ、知っているような、知らないような……。ま、今の所、内緒にしておこう」
二郎三郎の返答は、謎めいていた。




