六
「次の別嬪、参りませい~!」
舞台進行が、朗々と叫んだ。
下手より、一人の娘が頬を真っ赤に染め、ありありと緊張を示して、ぎくしゃくと歩いてくる。
矢羽根柄の振袖に日和下駄。髪は当世風に、ひっつめに、前髪を下ろし、精一杯の化粧を顔に施している。年の頃、十五、六歳。
「頑張れーっ! お仙ちゃーんっ!」
娘の名前はお仙というらしい。娘の応援か、前列の目立つ場所に、若い男たちが鈴生りになって、横断幕を掲げていた。
まさか住まいは笠森茶屋じゃあ、ないだろうな……と、健一は余計な考えを弄んだ。
客席に向かって、ぺこりと頭を下げると、娘は紅潮した顔のまま、切り裂くような声をあげた。緊張したあまり、声が裏返っている。
「あ……あたくし……仙と申します! 本日はお日柄も良く……あっ! 違った! と、とにかく剣鬼郎様のお相手になれるよう、頑張ります! よろしく……」
最後は消え入るような、か細い声になる。
どーっ、と客席が沸き、娘は手足を突っ張らかして、引き下がった。
これで五人目だ……。
ぼんやりと健一は審査員席で、手許の用紙に娘の特徴、採点をして欠伸を噛み殺した。
これから、何人、登場するのだろうか。応募してきた娘たちは、上は二十歳過ぎと思しき年増(江戸では、二十歳を過ぎると、年増と形容されるのだ)から、下は現実世界なら、やっと小学校を卒業したてと思われる、年頃の少女まで様々だった。
皆、選抜に応募するくらいだから、中々の器量良しだが、仮想現実で念入りにデザインされた、アイドル専用のNPCを見慣れている健一にとっては、少々野暮ったく見える。
健一の隣は永子で、さらにもう一つ隣席に億十郎が座っている。億十郎は、娘たちが登場するたび「これは!」とか「うむ、なるほど!」など、一々感嘆の声を発している。
客席からは熱気が伝わってくるが、健一にとっては、退屈そのものだった。これから、最後まで付き合うなど、拷問でしかない。
次から次へ、候補の娘が登場し、自己紹介をして引き下がる。中には得意の喉を聞かせようと、小唄や、三味線を聞かせる娘もいたが、生憎と健一にとっては、珍粉漢粉の、戯言でしかない。それらを楽しむための、素養がないのだ。
何度かの欠伸を噛み殺した健一は、最後に登場した娘に、目ン玉を引っ叩かれたような、衝撃を受けた!
客席が、しーんと静まり返っている。
最後に現われた娘は、圧倒的な美しさを発散させていた。
背はそう、高くはないが、顔が小さく、首筋がすらりと伸び、腰高で抜群のスタイルを誇っていた。
「紗霧{さぎり}と申します……」
娘の声は、しっとりと落ち着いていて、微塵も震えを聞かせない。耳にしているだけで、うっとりとなる。
顔は卵型で、髪の毛はわざと斜めに流し、顔の半分が隠れている。二重の大きな瞳は、きらきらと、光を湛えていた。
ちらっと、永子、億十郎、剣鬼郎を観察すると、三人とも口をぽっかりと開き、まじまじと瞬きもせず、娘を見つめていた。
身につけているのは、無地の紺色小袖で、足下は短く、脛が剥き出しになっている。
それだけ見ると、粗末な着物に見えるが、娘が身に着けているだけで、粋な着こなしに見えるから、不思議である。
紗霧と名乗った娘は、背中に細い棒を差していた。棒を背中から抜き出し、紗霧は舞台で構える。
「少々、棒術を心得ますので、剣舞の真似事を披露いたします!」
口にするなり、出し抜けに紗霧は棒をぶんっ! と音を立て、振り上げた。
はっ、と客席から反応があって、全員の視線が釘付けになる。
ひゅうひゅうと、風を切り、紗霧は手にした棒を上下に、左右に振り回す。
とんっ、と先を舞台に突き刺すと、反動で紗霧の身体が浮き上がり、とーん、と軽く跳躍する。空中にいる間、紗霧は目まぐるしく、棒を縦横斜めに動かした。
背中に、首に、紗霧は棒を、まるで生き物のように振り回し、ぽーんと天に飛ばす。くるくると宙で回転する棒を受け取り、さらに独楽鼠のように踊りまくる。
どのくらい、紗霧の独演が続いたであろうか?
最後に空中に飛び上がり、着地した紗霧は、棒を手品のように背中に納め、にこっと笑顔になった。
それまで、能面のような無表情を保っていたため、一瞬の笑顔が、眩しく輝く。
客席は、水を打ったように静まり返っている。
が、静寂はひと時の間であった。
微かに誰かかが拍手を始めると、それが切っ掛けで全員が手を打ち合わせた。どーっ、と割れるような拍手と、歓声が客席を怒涛のように揺らす。
健一は永子に顔を向けた。
「決まりね!」
「ああ、決まりだ……」
ぼんやりと、健一は頷いていた。




