五
本来の江戸では、女優は存在しない。江戸初期まで、女歌舞伎などが流行を極めたが、当時の幕府が風紀紊乱を防ぐという建前で、女性の舞台進出を禁じたのだ。代わりに登場したのが、男だけが出演する野郎歌舞伎で、これが後々に続く、歌舞伎座の前身となる。
だが、江戸仮想現実では、女性の舞台登場は禁じていない。江戸仮想現実の、歌舞伎座などでは、伝統的に女形が登場するが、剣鬼郎の村雨座では女優が堂々と演技できる。
村雨座の、芝居小屋には、ぎっしりと客が詰め掛けている。時間はまだ昼前なので、天井に開いた明り取りから、眩しい光が小屋の内部を照らしていた。
「審査員をやってくれ!」
出し抜けに剣鬼郎に迫られ、健一は立ち竦んだ。
「俺に?」
「そうさ。永子にも、やってもらうぞ」
永子も呆然となって、直立不動になる。
「あ、あたしも! じょ、冗談じゃ……」
「何でできねえ? あんたらがこっちで、芝居を撮ろうと言い出したんだぜ! 審査員を務める、責任ってのがあるだろう?」
剣鬼郎の言い分は、何か妙だ。健一はきっと剣鬼郎を睨み、問い掛ける。
「責任と言われても、困る。第一、この選抜大会は、あんたが言い出したんじゃないか。俺に、何の相談もなく!」
「ほう、そうかい……」
剣鬼郎は、健一と、永子の背後にのっそりと立ったままの、億十郎を横目で睨んだ。
「あんたらは俺に勝手に、大黒億十郎という芝居経験ゼロの素人を採用したじゃないか。もちろん、俺に何の相談もなく、だ! だったら、俺がヒロインを選抜するのに、あんたらに相談する必然はないわけだ。審査員を務めてくれ、という俺の依頼は、あんたらの勝手な振る舞いより、相当に譲歩したと言えるんじゃないのかなあ?」
健一は、剣鬼郎の逆襲にギャフンとなってしまった。言われれば、もっともである。
永子は笑いを含んで、健一に声を掛けた。
「健一。剣鬼郎のほうが分があるわ。まあ、ここは剣鬼郎に譲りましょうよ」
健一は、渋々頷いた。悔しいが、永子の言う通りかもしれない。
背中から「ぐすぐす」と聞こえる、含み笑いが響いた。振り返ると、億十郎が顔を真っ赤にさせて、笑いを堪えていた。
健一と目が合うと、億十郎は「ぷぷぷぷっ!」と噴き出し、口を押さえた。
「失礼……。つい、堪えきれず……」
「いいよ、いいよ! 勝手に笑ってくれってんだ! やるよ、やりゃあ、良いんだろう……」
健一は自棄糞に叫んだ。
億十郎は軽く頭を下げ、引き下がる素振りをする。
「では、拙者は客席で、ご一同の選抜とやらを、とっくりと見学いたす……」
「待った!」
剣鬼郎が手を挙げた。
「あんたにも参加してもらうぜ!」
「それがしが?」
億十郎は大きな身体を強張らせた。




