五
それからが大変だった。
まず健一が大急ぎで『剣鬼郎百番勝負』のプロットを元に、台本を書く。台本といっても、頭から尻まで総て書き下ろすわけではなく、プロットに肉付けする程度だ。それを役者たちに口頭で説明し、その場で台詞をつけてゆく。
役者たちの大半は、先週のエピソードを体験していると見えて、すぐに呑み込んでくれる。
厄介なのは大道具だ。永子が楽屋を駆け回り、舞台に使えそうな書き割りとか、小道具を用意する。道具方と相談し、リストを作ってゆく。
すっかり用意が整った頃には、外はとっぷりと夜が更けていた。
とにかく、ぶっつけ本番、台本合わせも、リハーサルも一切なしの、神風特攻である。
楽屋から舞台の袖に廻り、健一は芝居小屋の客席を覗く。
客席には、夜も過ぎたというのに、ぎっしりと満席で、客が大人しく待っている。現実世界だったら、こんなに待たせたら、大騒ぎだろうが。
江戸の芝居見物とは、当時、一日がかりだったそうで、幕間も相当に長かったらしい。客たちは数時間ぐらい待たされるなど、あまり苦に感じていないらしい。
客席からも【遊客】の気配が感じられた。やはり、【遊客】は、剣鬼郎の芝居を観劇に来ているのだ……。
【遊客】らしき客たちは、他の江戸NPCと違い、待たされるのが我慢できないのか、不満を顕わにしている。
客席の真ん中には、億十郎がどっかりと座り込み「何が始まるのか!」とばかりに、くわっと両目を瞠っている。
全体に、客席はざわめいていた。
「行くわよ!」
背後から永子が声を掛け、するすると舞台正面に進み出る。客たちが顔を挙げ、ざわめきは、ぴたりと止んだ。
ぺこりと客席に向かってお辞儀をすると、艶やかな笑みを作った。
「村雨剣鬼郎一座にお越しの皆々様! ようこそのお運び、嬉しく思います。わたくし、剣鬼郎一座の、御影屋お永と申します。今回は、特別な演しものを用意して、皆様方にひと時の楽しみを提供したいと思っております」
再び、深々とお辞儀をすると、永子は小走りになって戻ってきた。興奮で、顔は真っ赤に染まっていた。
「どうだった? あたしの挨拶?」
健一には、どうでも良い。肩を竦め、出番を待っている出演者たちに振り向く。
「さあ、本番だ!」
声を掛けると、剣鬼郎がずいっ、と前へ進み出た。そのまま大股で舞台に飛び出す。
瞬間、わあっ! と、客席が沸いた。
「剣鬼郎様ーっ!」
娘たちの、黄色い歓声が弾けた。剣鬼郎は両手を挙げ、声援に応える。
健一は、億十郎を注目する。億十郎は客席の騒ぎに、微動だにしない。
さあ、どう転ぶか……?
健一は祈る気持ちだった。




