第4話 にしてもこの鹿肉おいしいですねぇ
セイコーマートでの狩りを終えたその日の夕食、避難所の配給には久々に新鮮な肉が加わった。
保存食と根菜ばかりの食事に飽きていた若者や子供たちは歓声を上げ、食堂には一時の賑わいが戻っていた。
廃油を使った即席ランタンの灯りが各テーブルをほのかに照らしている。
その灯りに照らされた顔は、心なしかいつもより生き生きしてみえた。
大人たちには、ひとりコップ一杯だけと決められた酒が特別に振る舞われた。
久々の酒の席に、普段は無口な者も気が緩み、あちこちで笑い声が漏れていた。
そんな喧噪がやや落ち着いた頃、克俊や裕太の座るテーブルでは、
兼ねてより囁かれていたある計画について、酒の勢いに任せるでもなく、言葉を選びながら静かに議論が交わされていた。
『トラクターの整備は終わってんのか?』
酒をチビチビと呑みながら、克俊が裕太に尋ねた。
『浩平がいうには、そろそろ終わりそうだって言ってました』
食事の手を少し止めて、裕太が答える。
『よし。これなら大量に持って帰れるな。
来月には雪降るだろうし、防寒具や布団なんかも取ってこにゃならん』
10月も半ばを過ぎると朝晩の冷え込みは一段と増し、誰もが冬の到来を予感していた。
学校の備品、学生寮から取ってきた制服、ジャージ、作業着などをみんなそれぞれ着込んでいるが、サイズが合ってない人も多くいた。
食堂の中でも、時折咳や鼻水をすする音が聞こえている。
克俊や裕太も、夕方からは消防団の法被を着て重ね着していた。
『先週あたりから風邪症状の方が増えています。
症状が酷い方にのみ薬を処方してますが、
このままのペースで消費していけば年越し前になくなります。
その他の衛生物品や日用品なんかも、
学校の備品や支援物資だけでは、冬越す前に全部なくなると思います』
佐々木亮(41)は、両手で持ったお茶を見つめながら話した。
高校生から借りたジャージの上に、青色のベストを着ている。背中には「DMAT業務調整員」と書かれていた。
この避難所における医薬品や衛生物品の管理を任されており、
その言葉には命の重みがしっかりと乗せられていたが、どこか申し訳なさそうな口調だった。
『DMATの隊員の皆さんには、みんな感謝してますよ』
裕太がそう言うと、克俊もうんうんと頷きながら腕組みをした。
『いやいや。
我々は出来ることをやってるに過ぎません。
実際、危険を冒して外に狩りに行ってくれるのは、避難所の皆さんですから』
『それを言うならみんな同じよ。
それぞれ得意な事、やれる事やって、
この避難所をどうにか回そうとしてるんだ。
あんたらは医療のプロとして、ここにいて貰わにゃならん』
『市街地には病院や薬局もあります。
言ってくれたら薬でもなんでも取りに行きますよ』
『…ありがとうございます』
そんな会話をしていると、青い繋ぎを着た浩平が食堂へ入ってきた。
顔や手は煤や泥で所々汚れている。
そのまま味噌汁の鍋の蓋を開けようとしたところを、
近くで見ていたDMAT看護師に止められ、ちゃんと手を洗って来てくださいと注意されていた。
『浩平、こっち来いやー』
克俊が呼び掛けると、浩平はお膳を持って嬉しそうにテーブルまでやって来た。
『よっこいしょ!聞いてくださいよ!
倉庫にあったトラクター、エンジン掛かりましたよ!』
『ええ!?本当かよお前!』
『動いたんですか!?』
浩平の嬉しい報告は、食堂にいた他の避難民の耳にも入り、所々で歓声や驚きの声が上がった。
『マジマジ、大マジですよ!
直樹たちに手伝ってもらって、ついさっき!』
『よっしゃあ!これで運搬問題は解決だな!』
克俊は笑いながら、浩平の背中をバシバシと叩いた。
『他の車はどうですか?
うちの車も修理すれば動きそうですか?』
亮が浩平に尋ねた。
『あー……すいません、それはちょっと無理かもですね……
全部は確認してませんが、新しい年式の車はどれも電子制御なんで』
『そうですか……やっぱりダメですか……』
亮以外の避難民も、一瞬でも期待してしまったために、
一気に現実に引き戻されて落胆した。
『パッと見、どの車もよ、壊れてるようには見えねぇんだけどなぁ。
これもあれのせいなんだろ?』
『そうですね。
停電したりしたのも、車が動かなくなったりするのも、
磁気嵐とかのせいだって、前にラジオで言ってました』
『そのラジオも、ここしばらくザーザーってノイズばっかりでよ。
これじゃぁ、ラジオが壊れてんのか、ラジオ局がダメになったのかもわかんねぇよな』
『本当っすよね。
一体今、世界がどうなってるのかすら分かんないっすよ』
『もう世界終わってたりしてな!あっはっはっはっは……』
『……』
克俊は冗談っぽく言ったつもりだったが、
思いの外、食堂の空気は一瞬凍りついてしまった。
『んな訳ないよな……わりぃ』
思わず酒の勢いで不謹慎なことを言ってしまったと気付き、申し訳なさそうに克俊は呟いた。
『いえいえ……でも、最悪のケースを想定して動くべきだと思います。
警察消防、行政関係者、自衛隊さえも、9月に入ってから何の連絡もありませんし、
物資もそれ以来届かなくなりました』
『サイレンやドンパチの音もしばらく聞いてませんしね』
亮の説明に、裕太が補足を入れるように話した。
『とにかくよ。
このまま篭っていたって、いつ救助されるか分からん。
何もしないまま冬がくれば、みんな凍死してしまう。
トラクターが動いた今、明日にでも街に行って色々取ってくるしかねぇべ』
克俊の言葉に、テーブルにいた者たちは静かに頷いた。
その顔には、それぞれが覚悟を決めた表情が浮かんでいた。
『役職者呼んで、今晩にでもさっそく会議するぞ』
『はい……!』
一同の返事は食堂に静かに響き、それぞれ食器を片付けながら行動を開始した。
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『本部より監視者31、応答せよ』
『こちら監視者31番、どうした?』
『担当モデルコロニー周辺の生体センサーに反応あり。
近隣の市街地より、そちらに向かって覚醒生物が移動中。
地図の座標はB-6-18。移動のペースが早い。
恐らくモデルコロニーへの侵攻と思われる。
ただちに目標を制圧せよ』
『B-6-18だって?……コロニーから3km圏内だな。
銃火器の使用は?』
『コロニーとの距離が近すぎる。
索敵にかかる時間を考慮しても、発砲音でコロニー住民に気付かれる可能性あり。
よって銃火器の使用は認められない。サプレッサーもだ』
『他の監視者への応援要請は?取り逃す恐れもある』
『あいにく現場周囲の他の監視者もそれぞれ覚醒生物の対応に出ている。
これ以上の通信は傍受のリスクあり。一度連絡を切る。オーバー』
『……チッ。やれやれまったく』
監視者31番は、牧草地の古びたサイロに身を潜めていた。
通信を終えると、メンテナンスハッチから身を乗り出し、屋根から下ろしてあるロープを伝って壁を登った。
暗視スコープを起動し、陽が落ちて薄暗くなった世界を覗く。
農業高校付近の牧草地や農道、林の中をくまなく索敵すると、
草原の中を大型の鹿1体が、ゆっくりと農業高校に向かって歩いていた。
『いた』
そう呟くと、31番はすぐさまロープを伝って牧草地まで滑り降り、
伸び放題の雑草から身体が出ないように身を屈めながら走り出した。
※第5話は【2025年7月4日7:15】に投稿予定です。
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