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第2話 これは万引きじゃない…任意協力よ!

周囲を警戒しながら、裕太と直樹は住宅街を進んでいた。

鹿を仕留めたばかりの直樹の顔は、まだどこか強張っている。


 


割れた窓から風がカーテンを揺らす。

無人となった家々には、すでに自然が侵食を始めていた。


 


『……けっこう荒れてますね』


直樹がポツリとつぶやく。


 


『熊か鹿か、あるいはキツネか。

何にせよ、痕跡が古いだけまだマシだ。

ただし……羆だったら最悪だ』


 


先頭を歩く裕太は、盾を構えて周囲を注視している。

直樹はその背中との距離を無意識に詰めていた。


 


 


やがて、十字路の先にセイコーマートが見えた。


 


『見えてきましたね……』


直樹が小さく安堵の声をもらす。


 


交差点には数台の車両が潰れたまま放置され、

荷台の開いたトラックも見えた。

コンビニのガラスは割れ、駐車場にはゴミとガラス片が散乱していた。


 


店内は薄暗い。

外からは、正面の棚の奥に誰かの顔が見える。


 


『無事だったか?鹿の鳴き声がそっちから聞こえて、心配してたんだぞ』


 


堺浩平さかいこうへい(32)が店内から現れ、ボウガンを構えたまま声をかけてきた。

その表情には、安堵と動揺の入り混じった色が浮かんでいる。


 


『空地に鹿がいたんだ。距離も近かったから撃ってみた』


裕太が振り返りながら言うと、直樹が頷いた。


 


『マジかよ?!命中したのか?』


 


浩平の声が少しだけ明るくなる。


 


『命中はした。でも、やっぱり威力不足だな。

小動物ならともかく、鹿には半矢だ』


 


『そっか……やっぱボウガンじゃ限界あるな。

でもそのあと、どうやって仕留めたんだ?』


 


裕太は肩から改造高枝切り鋏を外し、アスファルトに突き立てる。


 


『突進してきたのを盾で防いで、脇を突いた』


 


『はぁ!?よく無事だったな……』


 


驚きの声を上げながら、浩平は直樹の方を見た。


 


『ホントですよ……マジで死ぬかと思いました……』


 


その弱々しい声に、浩平は苦笑する。


 


『……まさか、赤角だったのか?』


 


『いや、まだそこまではいってなかった。

…死肉は漁ってたけどな』


 


裕太の声が低くなる。


浩平と直樹は、言葉を飲んだ。


 


それはただの鹿じゃない。

“何か”が変わり始めている証だった。


 


『なになに?どうしたの?』


 


奥から現れたのは、西村幸にしむらさち(40)。

手にはコンビニの買い物カゴを下げ、雑多な品が詰め込まれているが、中でも酒の多さが一際目を引く。


 


『おぉー酒!宝の山じゃないっすか、幸さん!』


 


『あんた未成年なんだからね?

よく警官の前でそんなこと言えるわね』


 


『そうだぞ?まだ味も知らんガキが』


 


裕太が笑いながら直樹の腹を肘で軽く突く。


 


『俺だって酒の味くらい知ってますって!つーか幸さんだって警官なのに堂々と万引きしてるじゃないっすか!』


 


『今は警職法6条に該当するからいいの!

ところで直樹はビールでいいのよね?』


 


『えっ……ほろよい、なかったですか?』


 


『ガキじゃねぇか!』


 


『ぶっ!あっはははは!』


 


ふとした笑いが、張り詰めていた空気をほぐしていく。


けれど、その笑い声に自分たちで驚き、すぐに『しーっ』と口元に指を当てた。


風の音だけが、あたりを通り抜けていく。


 


 


『幸さん、鹿は解体してきました。

全部は持てなかったけど、肉は確保済みです』


 


『罠もなしで?よく無事だったわね……』


 


『裕太さんが強すぎるんですよ……』


 


『今日のとこは早めに戻ろう。

血の匂いに釣られて、他のが来る前にな』


 


浩平が商品をリュックに詰めながら言う。


 


『うん、貴重なタンパク源だし。無事に持ち帰りましょう』


 


4人は荷物をまとめ、コンビニをあとにした。


 


ふと、裕太が立ち止まる。


 


『……あれは……』


 


交差点の角。

潰れたワンボックス車の影に、何かが倒れていた。


 


近づいて確認すると、それは自衛官の遺体だった。

損傷が激しく、所々食い散らかされている。


 


『…知り合いじゃ…ないっすよね?』


直樹が喉を鳴らして尋ねる。


裕太は無言で頷き、そっと手を合わせた後、倒れた身体の下から装備品を丁寧に回収し始めた。


 


『……すみません、失礼します』


 


ベスト。ホルスター。バッグ。

それから──銃。


 


裕太は、小銃を拾い上げる。

型式は古いが、まだ使えそうだ。


 


『おお……銃っすか!?』



『89式だな、弾は?』


 


浩平と直樹が目を輝かせたその時、裕太がマガジンを外した。


 


──空っぽ。


 


銃口を覗き、地面にも目をやる。


薬莢は、ない。


 


『……』


 


『どうかしました?』


 


『いや……なんでもない。弾切れだ』


 


裕太はそう言うと、銃をそのままバッグに収めようとした。




『ちょっと!それ持って帰る気?』



『はい…ダメですか?』



『避難所に直接持って帰るのはやめてよね?女性や子供もいるし、折角治安だって落ち着いてるんだから』



『じゃあ、倉庫に隠すのはダメですか?あそこは俺らくらいしか行かないし』



『…仕方ないわね。隠し場所は私にも教えなさいよ』






直樹は裕太の様子が少し気になったが、それ以上は何も聞かなかった。


 


 


やがて幹線道路の入り口が見えてくる。


 


歩き出してしばらく。浩平がふと振り返る。


 


交差点の先。

パトカー、消防車、装甲車……

幹線道路を塞ぐように、重々しく並んでいた。


 


赤色灯はもう点かない。

サイレンも、もう鳴らない。


 


でも──まだ見られている気がした。


 


その気配は、幹線の向こう。

ひび割れたパトカーの窓越しに、じっとこちらを見ていた。

※第3話は【2025年7月4日6:50】に投稿予定です。


ここまで読んで頂きありがとうございました。

読者の皆様の応援がこの作品を書き切るモチベーションになります。

ブックマーク・評価・感想・考察お待ちしております。

作者Twitter(X)https://twitter.com/@GEROmadanamonai


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