第18話 静寂が残した場所
雲の切れ間から差し込む夕陽が、世界を赤く染めていた。
公民館を後にした裕太たち四人は、再びバイパスへ戻り、市街地方面へ軽トラを走らせていた。昼間より気温がぐっと下がり、冷たい風が顔に刺さる。
荷台に立った裕太は、巻いていたタオルをもう一度締め直し、鼻を啜りながら前方に目を凝らした。
『浩平、暗くなってもライトは付けるなよ?ただでさえエンジン音で目立つんだ。ライトなんて付けたら“どうぞ襲って下さい”って言ってるようなもんだからな』
『安心しろ、そもそもヘッドライトの電球切れてっから』
『うわーマジでオンボロっすね…』
直樹が苦笑すると、その瞬間だけ荷台の空気が少し緩んだ。
市街地が近付くにつれ、道路には緊急車両だけでなく一般車両の不動車も増えていった。路肩に乗り捨てられた車、4~5台が玉突きになったまま道路を塞いでいる車。そのすぐ先には、倒れたままの担架がひとつ。乾いた血のような跡が歩道から草むらへ続いている。
その先には救急車が一台、後部ハッチを開けたまま縁石に乗り上げ、傾いたまま止まっていた。
『救急車…』
直樹が振り返りながら呟く。ハッチの奥では点滴や酸素チューブが天井から下がり、風にわずかに揺れていた。
『市街地に近づいて来た証拠だな』
裕太は前だけを見据えたまま静かに言う。
夕陽は沈み始め、遠くに見える市街地の街並みは完全に影に沈んでいた。本来なら大型店舗の看板や街灯で明るく照らされているはずの場所が、異様な暗さのまま静まり返っている。
道路には片方だけの靴、帽子、破れたリュックから散らばった荷物、衣服の切れ端、点々と続く血痕──人の気配だけが抜け落ちた痕跡が並んでいた。
軽トラはそれらを踏まないよう慎重に進む。
通り過ぎる車の脇に、何かが倒れていた。彰宏は横目に捉えると、すぐに視線を落とした。
『こんなに…酷かったんですね…』
『………』
浩平は何も言わず、ただハンドルを強く握りしめた。
信号のある交差点に差し掛かり、
『あっ…そこ右です…』
と彰宏が静かに言った。
『了解です…』
浩平はウインカーを出さずに右折する。その先は、区画整理された住宅地と耕作放棄地が入り交じるエリアへ続いていた。
無傷の住宅もあれば、庭側のサッシが破られたままの家もある。
その痕跡を見るに、それほど時間は経っていない様子だった。
『…やばいかもしれない…引き返すなら今だな…』
裕太が猟銃を片手に、ゆっくり臨戦態勢を取る。
『マ…マジっすか…』
その声色だけで、直樹は状況の深刻さを理解した。
『見えました。たぶん…あそこです』
住宅地の奥、耕作放棄地との境に、その建物はぽつんと立っていた。
『保育園…』
小さめの駐車場には車が収まりきらず、あふれた車が園庭へ押し込まれていた。それでも足りず、道路にはさらに車の列が伸びていた。
逢魔時の空の下、保育園の屋根やその周囲の電線に止まるカラスが黒い影のように連なっている。
軽トラを空いたスペースに停めると、いくつかのカラスが飛び立った。残ったカラスは鳴くこともなく、じっとこちらを見つめていた。
『……本当に行きますか?引き返すなら…今ですよ』
裕太が助手席の彰宏に問いかける。
『………』
直樹と浩平は、息を詰めて彰宏の返事を待つ。
『…資料によれば、この保育園には周辺の住宅地に住む、小さい子供のいる家庭が多く避難していたようです。他の避難所は既に満杯で……。
──とどのつまり、“子供たちが騒ぐと危険だ”と、一部の避難民から毛嫌いされていた人たちが集められた場所だったようです』
『そんな事って…許されるもんなんですか?』
直樹は言葉を失う。
『こういう例は他にもあります。子供やペットの鳴き声が動物を寄せつけたらどうする、と……心無い声が多かったようです。行政も、専用の避難所を急いで設けるしかできなくて…
………それがずっと心残りで…』
『だから…ここに…』
直樹が察するように呟く。
『俺の実家も犬飼ってます。もしかしたら今頃はペット避難所にいるかもしれないんですね…
俺は兄貴が結婚してからは、実家を出てずっと一人暮らしなんで、別にどこの避難所でもいいんですけど』
浩平がハンドルに置いた手を軽く握り直す。
『そうだったんですね…すいません…』
『謝らないでくださいよ。彰宏さんは悪くないんですから。それに、うちの犬めっちゃやかましいんで、誰かに迷惑かけるよりはマシですよ』
浩平は苦笑した。
彰宏は静かに頭を下げる。
『………』
少しの沈黙の後、裕太が荷台からおりた。
『!!…裕太さん…いいんですか?』
彰宏が驚いた声を上げる。
『俺も避難誘導に関わってた人間です。あの頃はとにかく逃がすことで必死で、誰がどこに集められてるかなんて考える余裕もなかった……。
……だからこれは、俺の責任でもあります』
『…ありがとうございます』
彰宏は深く息を吸い、ドアを開けて外へ出た。
直樹も浩平もそれに続く。
エンジンを止めた瞬間、周囲は完全な静寂に包まれた。




