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第17話 消された行き先


『はぁ……はぁ……全然動かないっすね……』



直樹は白い息を切らして言った。


四人はガソリンスタンドの出入り口を塞ぐ車を、手当たり次第に押してどかそうとしている。


『くそ……じゃあ次だな。あっちの車なら出入り口の傾斜もあるし、少しは動くかもしれない』


浩平はそう言うと、向こう側の出入り口を塞いでいる不動車を指さした。


『これで無理だったら……いよいよ軽トラで無理やり押してどかすか、高校に戻って使えそうな道具かき集めて牽引するしかねぇが……

……いくぞ、せーのっ!』


『うおおおあああ!』


四人は息を合わせて後ろから車を押した。


ギシッ、と音を立てて車体が大きく揺れる。

それでも車はまだ動かない。


『ぬおおおお! もっと押せぇぇ! 死ぬ気で押せぇー!』


浩平が顔を真っ赤にして他の三人に檄を飛ばす。


『ゔぐっ! うおおお……!』


他の三人も声を漏らしながら懸命に押すが、雪で濡れたアスファルトに靴が滑り、うまく力が入らない。


『くっそ……動かねぇ……!』


『靴が……滑って……んあああ! これ以上は……無理っすよ……!』


いくら押しても車体が揺れるだけで、一向に前に進まない。


そんな状況に焦りや諦めの色が滲み始めていた。



そんな四人の様子を見守るかのように、オーブのような光の球体が、彼らの頭上をふわふわと漂っている。



『諦めないでください! やっとここまで来たんです! 

避難所で……助けを待ってる人がいるんです!』


その声は彰宏だった。

三人はその声にハッとしたように彰宏を見つめる。


『闇雲に押してもダメです……もう一度“せーの”で行きましょう! 行きますよ? ……せーの!』


『うおおらあああ!!』


『もう一度! ……せーの!』


『ぬおおおああああ!!』


彰宏の掛け声と共に、車体は何度も大きく揺れる。


はらはらと降り続く雪が、四人の身体に触れては溶けて消えていった。




──その時。




四人の上空を漂っていたオーブが、彼らの掛け声に呼応するように淡く瞬いた。


その瞬きは繰り返される掛け声と共に、徐々に強く、大きくなっていく。


そして、いくつかの粒子のような煌めきが、オーブから零れるように落ちた。


それは雪に紛れて四人へと舞い降り、身体に触れて消えた。




その瞬間、四人は車体がふっと軽くなったように感じた。




さっきまで滑っていた靴が嘘のように、アスファルトをしっかりと踏みしめている。


身体の内側から、腹の底から、力が込み上げてきた。



……ず……ずず……じゃり……じゃり……



タイヤが地面を擦る音を立てて、車がゆっくりと前に押し出されていく。


コンクリートの地面には、黒いタイヤの跡が刻まれた。


『……動いた! おっしゃー! このままいけいけー!』


車は鈍い音を立てながら、じわじわと前へ進んでいく。


そして出入り口と路肩との段差に差し掛かると──



ガタンッ!



タイヤが落ち、車体が大きく揺れて止まった。


『はぁ……はぁ……はぁ……やったぁぁぁ!』


四人は喜びの声を上げ、ハイタッチをし、抱き合った。


『やりましたね! これでどうにか通り抜けられそうです!』


彰宏は少し息を切らしながら、嬉しそうに三人の顔を見回した。


『ですねー! 早速軽トラ動かすんで、ぶつからないか見ててください!』


浩平は興奮を抑えきれず、軽トラに乗り込んだ。


『オーライ、オーライ……ちょっと右! はい、そのまま……!』


彰宏が手を挙げて誘導する。




『……この感覚、前にもあったような……』




─身体の底から力が溢れるような、あの感覚─




裕太は二人の様子を見つめながら、一人静かに呟いた。


『あのー……裕太さん?』


『ん? どうした?』


直樹が裕太の背後から、そっと小声で話しかけてくる。


『今思ったんですけど……携行缶やポリタンクあるなら、それにガソリン入れて運んで、軽トラにそのまま入れたら良かったんじゃないですか……?』


『………直樹……お前……』


裕太は真顔で、コツンと直樹の頭を小突いた。


『ちょぉぉっ! だってそうじゃないですか!』


『そういうことはもっと早く言え。──あ、あの二人には言うなよ? 立ち直れなくなるから』


裕太はニヤニヤと直樹の顔を見つめる。


『どうかしました……?』


誘導を終えた彰宏が、きょとんとした顔で尋ねた。


『な、なんでもないっす! あっ! 俺、荷物下ろしますね!』


直樹は慌てて取り繕うと、軽トラから携行缶やポリタンクを下ろし始める。


『ありがとう、助かるよ!』


彰宏もそれに続いて、荷台から携行缶やポリタンクを下ろした。


給油機の正面パネルはすでに取り外され、内部の機械が剥き出しになっていた。


『えーっと……たぶんこのハンドルを回せば、手動給油できるはず……』


浩平が給油機を操作し、試しにハンドルを回し始める。

キュルキュルキュル……と音を立ててハンドルが回転し、しばらくするとノズルからガソリンが少しずつ流れ出た。


『来たぁぁ! これで燃料は何とかなった!』


ここに来れば燃料が手に入る──その事実がわかった瞬間、四人は歓喜の声を上げ、同時に安堵の表情を浮かべた。


交代でハンドルを回し、手動給油を終えた四人は、次の目的地──他の避難所の安否確認へと移ろうとしていた。



太陽は傾き、辺りを徐々に黄色く染めていく。



『ここから一番近い避難所だと、三区の公民館ですね。手元の情報だと定員は三十人……市街地の工業団地からも近いので、そこで働く単身者が多く集められたようです』


彰宏が忠司から渡された資料に目を落とす。


『陽が傾いてきましたね……少し急ぎましょう』


裕太が周囲を警戒しながら言った。

四人は静かに頷き、軽トラへと乗り込む。エンジン音が雪の静寂を切り裂いた。


彼らはガソリンスタンドを後にし、バイパスへと出る。

少し走ったところで、封鎖されていない枝道に入った。


民家がまばらに立ち並ぶ道をしばらく進むと、道路沿いに少し大きめの建物が見えてくる。


駐車場には車が所狭しと並べられていたが、人の気配はなく、静まり返っていた。


正面玄関に軽トラを停め、車を降りる。


玄関のドアには鍵が掛かっておらず、開けると中から冷んやりとした空気が流れ出た。


『すいませーん! 市役所の者ですー! 高校の避難所から来ましたー! 誰かいませんかー!』


彰宏が声を張り上げる。しかし、応答はない。


『誰もいないのかな……』


直樹が呟いた。


玄関フロアには脱ぎ捨てられたスリッパが不揃いに並び、下駄箱には外靴が一足も見当たらない。


『中を確認しましょう。動物が侵入した形跡は玄関にはありませんが、どこかの窓を破って入ったかもしれません。念のため、武器を構えてください』


裕太が猟銃を構え、先頭に立つ。

直樹と浩平は手製のボウガンを持ち、彰宏は裕太から借りた盾と改造高枝切り鋏をぎこちなく構えて後に続いた。


四人は会議室や大広間、台所などを一つずつ確認していく。


物資の入った段ボールにはまだ食料が残されており、未開封の箱もある。

台所や大広間には、大人数が寝食を共にした形跡がそのまま残っていた。



『……少し前までは、ここにいたんだな……』



浩平が静かに呟く。


『そうですね………でも、誰もいない……食料もまだ残ってるのに』


彰宏が段ボールを覗き込みながら言った。


二階の各部屋やトイレの中までくまなく調べたが、人の姿はどこにもない。

窓も無事で、動物が侵入した形跡もなかった。


四人は一階の大広間に戻り、現状を整理する。


『中の様子を見るに……恐らく二、三週間前まではここで生活していたことは間違いないでしょう。問題は、その人たちがどこに行ったのか……』


裕太が腕を組みながら彰宏に話す。


『荒らされた形跡もないし、中でトラブルがあったようにも思えないな』


浩平が言った。


『水や食料も残ってますし……』


直樹もそれに続く。


『……てことは、ここにいた人全員が一斉に移動したってこと以外、考えられませんね。しかも食料も持たずに移動したってことになると……』


『……誰かがここに来て、バスかなんかに全員を乗せて移動したってこと……?』


裕太と彰宏が顔を見合わせる。


『それってつまり、助けが来たってことですよね? 自衛隊とか警察とか消防とか!』


直樹が悟ったように言った。


『そうだね……この状況だと、そうとしか考えられない』


彰宏は外部からの避難誘導があった可能性に少し希望を見出し、表情を明るくした。


『でもそれっておかしくないか? どの車も動かないのに、なんで自衛隊とかのバスだけ無事なんだ? 今の車はどれも電子制御なんだろ?』


裕太が浩平に尋ねる。


『うん……バスと言えど例外じゃない。この辺を走る市バスやスクールバスなんかもガッツリCPU制御だからな。ここまでの道中にも、不動車になったバスが何台か放置されてたろ』


浩平が答えた。


『だよな……それに今までだって、物資調達作戦が始まる前から、狩りや探索ついでに周囲を見てきたけど……自衛隊や警察、消防の姿なんて見たことないし……』


裕太は考え込むように言った。


『あの軽トラみたいに旧式の単純な作りのバスなら動きますよね? もしかしたら、それを整備して走らせてるんじゃないですか?』


彰宏が窓の外に停めてある軽トラを指さす。


『確かに旧式のバスなら太陽フレアに耐えられる可能性はあるけど……あの年代のバスなんて、もうどこ探しても見つからないと思いますよ…

あー……でも、自衛隊なら基地の方で古い車両を保管してるかもしれないな……』


『そうそう! 大型車両じゃないにしても、旧車なら太陽フレアでも動くんですから、昔のランクルとかジムニーとか、未だに乗ってる人いますし。そういう車で少しずつ地道に運んだのかも!』


彰宏が少し興奮気味に言った。



『……運ぶって……どこにですか? どこも安全じゃなさそうですよね……?』



直樹が恐る恐るツッコミを入れる。


『そ……それは……自衛隊の基地とか……なのかな……』


彰宏は言葉を詰まらせ、それ以上続けられなかった。


『なんにせよ、ここに人がいた。そしてどこかに移動したってことは事実だ。

せめてどこに行ったのか、メモでもいいから残っていればいいんだけどな……』


『確かに……! 探してみましょう!』


四人は状況をまとめ、手分けして周囲の手がかりを探し始めた。

大広間や会議室のテーブル、台所の冷蔵庫の張り紙など、情報がありそうなところを見て回る。


『あ! すいませーん!』


玄関ホールから彰宏の声が響いた。


『何かありました!?』


他の三人が集まってくる。


『見てください……これ……』


彰宏は玄関ホールに出ていたホワイトボードを指さした。

使い古されたホワイトボードには、この地区の催し物の張り紙などが残っている。


一見、特に目立った情報はなかったが──


『……どれですか?』


直樹が身を乗り出して尋ねる。


『ほら、ここ。何か文字が書かれて、消されています』


『あ……ほんとだ』


浩平が目を丸くして呟く。


『よく見つけましたね』


裕太が驚いたように彰宏を見る。


『いやぁ……何かメモとか残すなら、玄関とかの目立つところに置いたりするかなって思いまして』


彰宏は少し照れくさそうに頭を掻いた。


『えーっと、なになに……』




─……へ行ってきます みんな無事です─




ホワイトボードには、消された文字の跡がかろうじて残っていた。


『肝心なところが読めませんね……でも、“みんな無事です”、か……』


『でもよかった……取り敢えず無事なら一安心です』


彰宏が安堵の表情を浮かべる。


『……でも、なんで消したんですかね?』


浩平が呟いた。


『確かに……なんで消したんだろう』


裕太が反応する。




『誰かがここに来て……消したってこと……なんて、ないですか……?』




直樹が三人の顔を見渡しながら言った。




『それって……一体誰が、何のために……?』




彰宏の表情が一瞬、暗くなる。


『いや……わかんないです……でも、大切なメッセージなのに消すだなんて……

ごめんなさい、ただの妄想なんで気にしないでください……』


直樹はそう言って、少し怖くなったような表情を浮かべ、押し黙った。



『…………』



しばらく無言の空気が流れた。



『取り敢えず、陽が暮れる前にもう一箇所、避難所を見て回りましょうか。

ここにいた人たちは、どうやら無事にどこかへ避難したみたいですし……』


裕太が外の様子を見ながら言う。



いつの間にか外は夕暮れに近づいていた。



『分かりました……行きましょう』


彰宏がそう言うと、四人は軽トラへと乗り込み、疑問を抱きつつも公民館を後にした。



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