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第16章

 検査結果が出たとの連絡があったのは次の週だった。純哉と絵美は二人、車で大学病院へ向かった。元々、父親も行く予定だったのだが、その前夜、母親が不調を訴え、一日安静にさせようと父親がついていることになった。限られた時間が、どんどんリミットに近づいている、純哉はそう感じていた。

 絵美は自宅から大学病院までの地図や、走行距離、かかるガソリン代、高速代などをまとめた資料を用意していた。純哉は助手席でその資料を眺めながら、つくづくしっかり者の姉だと思った。もう少ししっかりしていなければ、恋愛だとか、結婚だとかは、随分楽なことなのかもしれないのに、そんなことも思ったが、当然のことながら口にはしなかった。そんなこと口にしたらサービスエリアで置いてきぼりの刑をくらいかねない。

 純哉たちは、ほぼ絵美の資料に記載されている予定時刻通りに病院に到着した。総合受付は通らず、直接移植外科の外来受付で検査結果を聞きに来た旨を告げた。純哉も絵美も、しばらくは待たされるだろう、と思いながら長椅子に腰かけたのだが、今回は少しもしないうちに名前が呼ばれた。

「早いね、やけに。こんなにいっぱいいるのにね」

「きっとほら、県またぎでやって来てるから、優先的に案内してくたのよ」

 診察室では教授と、その後ろに学生らしき男子が一名、女子が二名座っていた。ここが大学の付属病院である、ということを思い出させる光景だ。女子学生は「少しでも何か学ぼう」というような姿勢が見えていて、背筋を伸ばし緊張気味だったが、男子学生は明らかに露骨に眠そうだった。夕べ遅くまで友人と飲みにでも行っていたのかもしれない。純哉は多少気を悪くしたものの、とりあえず無視することにした。しかし絵美を見ると、これまた明らかに露骨に不機嫌な顔をしていた。ともすればツカツカと詰め寄り頭をはたいてしまいそうだ。思いもよらぬ緊迫のシーンに純哉は少し焦ったが、タイミング良く教授が、「体調にお変わりはないですか?」純哉にそう尋ね、絵美に向かって微笑んだ。多少ずるいようではあったが、何にせよ絵美は怒りを静めた。それを確認して教授は一瞬学生の方に振り返った。どんな表情をしたのかは分からないが、男子学生は気まずそうな顔をして、ぎこちなく背筋を伸ばした。

 それから教授は検査結果についての説明を始めた。相変わらず教授の説明は分かりやすく、時折、「心の中が透けて見えているんじゃないか」、などと純哉に思わせた。疑問を感じると説明のスピードを緩め、違う言い方で同じ箇所について解説してくれたり、興味を持ったことがあると、そのことについてさらに詳しく説明してくれた。

 純哉のドナー適合検査結果は「適合」だった。心臓の血管に微小な逆流が見られるが問題は無い、とのことだった。純哉の肝臓の大きさ、母親の体重双方から、肝臓の左葉、つまり小さい側を移植することになった。大きい側である右葉を移植したほうが安定することは否めないが、それをしてしまうと純哉に残る肝臓の量が少なくなりすぎ、ドナーの体に危険性があるとのことだった。教授は純哉と絵美に「あくまで肝移植はドナーの安全性を優先して行います」と言った。左葉を移植した場合、現在の母の体重だとギリギリのラインであるとのことだったが、腹水が五リットル近くあると想定されており、その上での確定であった。五リットルの腹水。生まれるときの赤ちゃんの体重などを考えると、その重さが異様であることが分かる。純哉も絵美も、改めて母の体に起きていることを感じずにはいられなかった。

 母親と父親不在のため、二回目のインフォームドコンセントは手術の前夜に行われることになった。「ただし説明前であっても気が変わったりした場合はお伝えください」、そう教授は言った。しかしもう純哉の気持ちに揺らぎはなかった。

診察室を出てから、担当看護師と手術予定日についての話になった。昨夜母親の容態が悪くなったこともあり、絵美がなるべく早い日程で手術を行えるようお願いした。

「分かりました。できる限り早い日程で調整させていただきます。純哉さんもよろしいですか?」純哉は頷いた。

「それではお電話で手術予定日についてご連絡させていただきますね。手術日が決まったらお母様は検査等がありますので約二、三週間前に入院していただきます。ドナーさんは通常一週間前の入院になるのですが、もしかすると二、三日前の入院になるかもしれません。純哉さん、煙草は大丈夫ですか?」

「あ、おかげさまで止めたけど何ともないです。看護師さんの脅しが効きました」

「え?私脅しましたか?それは大変申し訳ございませんでした」

「あ、冗談です」

「はい、知っています」

 絵美が純哉の肩をポンポンと叩き、「負けぇ」と言った。

 それから純哉たちは、看護師から入院に伴う各種資料についての簡単な説明を受け、併せて二回目のインフォームドコンセントの同意書を受け取った。入院してから渡すこともできる、と言われたが、純哉も絵美もその場でもらうことを希望した。絵美が持ってきていたピンクのクリアファイルに同意書を入れ、何か願いを込めるように大事に鞄にしまった。そして純哉と絵美は看護師に礼を述べ、午前十時過ぎには病院を後にした。

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