第15章
翌週、純哉はひとり大学病院を訪れた。絵美が「会社休んでついていこうか?」と言ったが、「子供じゃあるまいし、ひとりでいいよ」と断った。「あ、子供じゃなかったんだ、純くん」、からかわれて純哉は赤くなった。
病院に着くと受付で担当看護師が待っていてくれた。
「遠かったでしょう、大変でしたね」
彼女はとても感じがよく、純哉は安心感を憶えた。命に近づけば近づくほど、「人」の大切さを感じていた。総合受付を済ませ、一旦移植外科の外来受付を経て、検査の一日が始まった。
広い病院の地図を元にルートを説明され、純哉はひとり、エレベーターを上がったり、下がったりしながらいろいろな科を回った。こんなに調べることがあるのか、と思わせる量の検査で、急いではいたもののスケジュールに対してオンタイムで時間は過ぎていった。夕方の三時を回ったころ、やっと最後の検査に辿り着いた。最後はCTという検査で、体を輪切りにした画像を映し出す検査だった。しばらく待合室で雑誌のページを繰りながら待っていると、担当医がやってきて検査の説明を始めた。
「この検査ではですね、造影剤という薬を使います」
ゾウエイザイ?またこれも聞きなれない言葉だった。担当医は、その薬が肝臓をくっきりと映し出す効果があることを伝えた。そして一枚の紙が純哉に手渡された。
「まれにですが合併症が発生することがあります」
「が、合併症・・・」
まさかこんな場所で出会うとは思わなかった言葉。渡された用紙は検査に関する同意書だった。人によっては軽く目を通してサインをするのだろうが、純哉はしっかりと一言一句漏らさずに読んだ。そこには軽度のものから重度のものまで合併症がリスト化されていた。純哉はまるでこの世の見えない基礎の部分が、全て合併症によって支えられているような、そんな気持ちになっていた。しかし、ドナー検査に至るまで、とことん不安になり、怖がり、混沌の中で考えてきた純哉は、そういったものたちと上手く付き合うことができるようになっていた。不安をしっかり認めて、その不安と一緒に時を過ごすのだ。
検査前、準備室のような所に招き入れられて、点滴を受けながら天井の模様を眺めていると、純哉は随分遠くまでやってきたような気持ちになった。そして、ふいに東京で暮らした四年間のことを思い出していた。思い出はひとつずつ繋がり、純哉を今いる場所へと運んでくれた。いらない過去なんて何ひとつ無い、純哉はそう思った。
それから少しして、純哉はベッドに寝たまま検査室へ運び込まれた。そのままの姿勢でCT装置の上に移され、検査が始まった。レントゲンと同じようなやり方で息を吸って止めたり、吐いて止めたりしながら、体の内部を映し出していく。
「では造影剤を入れていきます。体の中がカーッと熱くなりますが、それは造影剤の効果なので問題ありません。もしそれ以外で異常を感じたり、気持ちが悪くなったりしたらすぐにナースコールを押して知らせてください」
純哉はナースコールを握り頷いた。そして造影剤注入の合図。言われた通り体の中がみるみる熱くなっていく。次の合図で息を吸うと、さらに熱さが広がった。これまでに無い体験に、純哉はまるで自分が実験用のモルモットになったような、そんな気がしていた。
検査後、軽いアレルギー反応でアゴのあたりが少し膨らんだが、それもすぐに収まった。ふらつきもせず、検査終了を報告するために純哉は移植外科へと向かった。
「長い時間お疲れ様でした」、移植外科の外来受付で、担当看護師が純哉を出迎えてくれた。
「CTで少しアレルギーが出たと聞きましたが大丈夫ですか?」
「あ、はい問題無いです」
「良かった。ではこれで検査は全て終了になりますね。結果についてはまたコチラへ来ていただくこととなります。結果が出ましたら純哉さんにお電話しますね」
「分かりました。じゃあ連絡待っています。あ、これ、持って来ました。」
純哉はレシピエント、ドナー双方のインフォームドコンセントに対する同意書を手渡した。同意書が純哉の手を離れたとき、新たなステージでの、新たな物語が始まったような気がしていた。




