【本厄の10】さよなら隣人
2023年、私は還暦を迎えました。でも、還暦は厄年でもあって、この年、私の身の回りで様々な厄介事が起きることになってしまいました。私自身にとっては今見ても頭痛の種でしかないのですが、他人が見たらちょっと面白いかもしれない。そう思って、日記をネタ帳に、私の還暦の年に起きた厄災をまとめてみました。還暦の厄年、あなたは大丈夫でしたか?
この話は、正直、書くかどうか迷った。
「還暦厄災記」の中で、ある意味一番きついエピソードである。
でも、これは他人事ではないかもしれない。そう思った。なので、ここに書き残しておくことにした。
あまり気持ちのいい話じゃないので、こういうのが苦手な人は、スルーして下さい。
事の始まりは、蝿である。
十二月の中頃、気が付いたら、部屋の中を見慣れない大きな蝿が二匹飛んでいる。黒い色で、腹部には金属光沢が見える。いわゆる「キンバエ」というやつではないか。発見した時、たまたま殺虫剤を切らしていたので、駆除ができない。そこで思いついて、「アース〇ーマット」を焚いてみた。
すると、翌日は姿が見えない。こんなもんで死ぬのか?
その日は現場があったので、そのまま出かけた。
現場から戻ってみても、やはりいない。キンバエ事件、これにて解決。そう思った。
翌々日、部屋の中で再びキンバエを発見する。すぐに「アース〇ーマット」のスイッチを入れる。今生はこの辺で諦めて成仏してくれ。もう十二月だぞ。
キンバエについて調べてみた。
キンバエの仲間は、人家近くにはあまりおらず、山の中とかに多いらしい。写真を見る限り、部屋に入ってきたやつはオオクロバエが近いか。
えーと、ん?何?・・・ええ!?
「成虫で越冬する」と書かれている。まじか。
事態は長期化の可能性が出てきた。とりあえず、以後は「オオクロバエ」と呼ぶことにする。頑張れアース〇ーマット。てか早く殺虫剤買え。
その翌日、またオオクロバエが出てきた。ああしまった殺虫剤を買っておくのだった。雑誌を手に持ち、目で追う。一瞬の隙をついて叩く。つぶした。ようやく解決。決着に二週間を要した。越冬なんかされてたまるかっつーの。
だが、その翌日も、またオオクロバエが出てくる。三匹目だ。つぶした。一応これで終了。だと思う。多分。
翌日もまた出て来た。四匹目である。ちょうど風呂を沸かしている所だったので、後で相手になってやる、と捨て台詞を吐いて、とりあえず風呂の準備を進める。準備が出来て風呂に入っていると、天井の換気扇から「ガガガ・・・」という音がする。何事かと思っていると、上から何やら黒い小さな塊が落ちてきた。良く見ると、あいつ、オオクロバエである。暖かい湯気につられて浴室へ入り、換気扇の所まで飛んで行って、回転するファンにやられたようだ。
すぐにトイペにくるんで流す。これにて一件落着、って本当か?まだ居たりしないだろうな?これで全滅したと思うことにしよう。とりあえず。大黒便所守蝿四郎、討ち取ったり。
でもその翌日も、またその翌日も出てくるのである。大黒一族は全部で七匹になった。それにしても侵入経路が謎だ。この辺では今まで見たことのない種類の蝿である。ひとつ疑ってみたのは、この間までやっていた下水管更新工事。その際に下水管の中にいた大黒一族が出て来た、という可能性はないか?などと考えていた。
真相は、その翌日に判明した。
アパートの前に警官が来ている。何だ?
ドア越しに聞こえてくる会話から想像するに、どうも隣の部屋の住人が亡くなったらしい。そのうちに目隠しのブルーシートが張られて、部屋の中から何かが運び出されていった。
もしかして、蝿はそこから?
そう言えば、ここしばらく隣の部屋の灯りが消えたままになっていた。普段は真夜中でも灯りが点いていたのだが。そんなに臭いはしなかった。真冬だったからだろうか?
大黒一族の乱、予想外の結末になってしまった。
ご冥福を祈ります。
この日を境に、オオクロバエの侵入はぴたりと止んだ。
数日後、特殊清掃会社の社員らしき二人が車でやってきて、防護服に着替えると部屋の中に入っていった。今日の仕事は見積のようである。車には社名など一切書かれていなかった。
今日は晦日。私は自分の部屋で、鯛とサーモンの刺身で一杯やる。
隣の住人にも、献杯。
来世で面白いことがありますように。私は、もうしばらく居るつもり。
その後、年が明けてから、何日もかけて特殊清掃作業と部屋の修繕が行われた。
死因については、私にはわからない。
いろんな状況から想像できることはあるが、ここには書かない。
正月の三日の晩、夢を見た。
どこかの立ち飲み居酒屋で、やせた白髪交じりの男と酒を飲んでいた。
何やら小難しい話をしていたと思う。
飲み終えて店を出る。男を近くのバス停まで送る。
誰一人居ないバス停で、私は男に「ここからなら何処にでも行けますよ。」と言った。
別れ際、「また飲みましょう。」と言って別れた。
そこで目が覚めた。