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前編

 ナダ共和国の東端。

 深い森の中に小さな孤児院が建っていた。

 その一室で初老の男が紅茶を飲みながらぼやいていた。


「やれやれ、元侯爵様も困ったものだよ。『出荷』にはまだしばらくかかるというのに……」


「昨年メレディスを卸したばかりというのに……随分とお盛んな方ですね」


 部下のひとりで腹心であるジッドがため息をつく。


「随分と反抗的だったので壊してしまい放逐したそうだ。まあ、おかげで新しい『注文』が来たのだが……しかしなぁ」


「一番年長のウェンディでも育つのにあと2年はかかりますよ、院長?」


 もうひとりの部下、バボスの言葉に院長も唸る。

 ここは孤児院である。親を亡くした子を引き取って育てている。

 ただ、この孤児院にはもう一つの側面があった。

 年頃の若い女の子を好き物の有力者相手に密かに『出荷』するという側面が。


「いっそのこと、前みたいに適当な年の子を持つ親を始末して『入荷』させるというのはどうかの?」


「それもありですね……」


 そんな物騒な話し合いをしている中、孤児院の扉が叩かれた。


「こんな場所に一体誰が?」


 院長が首を傾げなら玄関へと向かい扉を開ける。

 そこには綺麗な栗毛色を肩まで伸ばした少女が困り果てた顔で立っていた。

 

「あの……森で迷ってしまって……そしたらこの建物が見えて……もう何日も歩き続けて何も食べてないんです……」


 院長は少女をじっとしばらく観察していたが……


「おお、それはかわいそうに。さあ、中にお入りなさい」


 少女を中へと招き入れた。

 その際、少女に見せていた人の良さそうな顔が嫌らしく歪んだ表情にと一瞬だけ変化していた……



 少女は『チェシア』と名乗った。

 片田舎の小さな村で過ごしていたが両親が病気で亡くなり親戚も居ない事から一念発起して大きな街へ行き冒険者になろうと思ったはいいのだが道に迷い何日も彷徨っていたらしい。

 

 年齢を聞くと18歳だという。

 院長は思った。これはちょうどいい。

 出荷する年齢よりは少し上だがこの際構わない。

 

 ウェンディが育つまでの『繋ぎ』として卸すとしよう。


「大変だったね。ここには君みたいに親を亡くした子が大勢暮らしている。よければ一緒に暮らしてはどうかね?」


「え、でもボクなんかがいいの?」


「構わないさ。私はね、かわいそうな子に手を差し伸べたくてこの孤児院を作ったんだ」


 そこまで言った所でバボスが紅茶の入ったカップを運んできた。


「美味しい紅茶だよ。どうぞお飲み」


 チェシアは礼を言うと勧められた紅茶に口をつけた。


「うぇへへ、ボク、ついてるなぁ。こんな優しい人たちに出会えるなんて」


 嬉しそうに笑っている彼女だったがやがて眼がトロンとしてきて……


「あれ、おかしいな。疲れてるのかな……何だか眠くなって……」


 そのままソファにもたれかかりすやすやと寝息を立て始めた。

 院長はその様子を見てニヤリと顔を歪めるのだった。


 間もなくジッドとバボスが入ってきてチェシアを担ぐと出ていく。

 そしてもうひとり、若い少女が入ってきた。


「ウェンディ、あの子はお前の『代わり』だ。『出荷』までお前が面倒を見なさい」


「でも……」


「年少の子達がどうなってもいいのか?お前達が『出荷』されるからこうやってあいつらも処分もされず飯を食わせてもらえてるんだぞ?」


 その言葉にウェンディは顔を歪めた。


「変な気を起こすなよ?自分の責任についてよく考えろ」


□□


 ウェンディは薄暗い部屋に脚を踏み入れた。

 床には先ほどの少女が転がされ手と足に枷をはめられていた。

 その姿をいたたまれない表情で見ていた。

 こんな場所に迷い込みさえしなければ……


 ウェンディは親を野盗に殺されそいつらによってここに連れてこられた。

 自分の世話をしてくれた年長の女の子は一人、また一人と『出荷』されていった。

 それが何を意味するのかを知り逃げ出そうとしたこともあったが結局は逃げきれず連れ戻された。

 そして、年少の子ども達の生活を人質に取られ今に至る。


「ふわぁ~~」


 不意に、大きな欠伸をしてチェシアが目を覚ます。


「え?」


 おかしい。薬を盛られたなら数時間は眠ったままのはずだが……


「うぇ~、何あの安っぽい薬。ちょっとしか寝られなかったよ~」


 少女は呑気に呟くと拘束された状態のまま器用に体を起こし床に座り込んだ。


「あなた、何で……」


「うぇへへ、あら不思議、摩訶不思議、残念だけどボクはね、『睡眠強耐性』スキル持ちだからね。そこらの女の子とは違うんだよね。ねぇ、教えてよ。この建物には『何人』悪い大人が居るの?」


 ウェンディは訳も分からず立ち尽くしている。


「ねぇ、教えてよ……」


 ニヤリとゆがめた口の端。

 ウェンディはその笑みに背筋を詰めたいものが流れる感覚を覚え……


「よ、4人……院長の他に4人」


「そう。さっきの連中と別にひとりって事か……ありがとうね、よく出来ました」


「おい、何をしゃべっている!」


 声がして部屋に大柄な男が一人入って来た。

 チェシアが知らないあと一人の様だ。


「ねぇ、お兄さん。これって凄く刺激的だよね?ボクってイケない娘だからこんな風にされたらちょっと色々と我慢できなくなっちゃうんだ。静めてくれないかなぁ」


 妙に色っぽい声と共に見つめられ、男が息を呑む。


「ボク、ちょっぴり乱暴なくらいが好きなんだけどなぁ……このままでいいからさ、ね、いいでしょ?」


 明らかに誘っている言葉に男は舌なめずりをする。


「お、お前はもういいぞ。後は俺が見てやるから部屋に戻ってろ」


 追い払う様にウェンディは部屋に外へと出された。

 男の下卑た表情。今からここで何が行われるのか、想像しただけでも寒気がする……が。


 バキッ!

 何かが壊れる音と共に『ぐぇっ』とうめき声が聞こえて来た。

 そして……


「あー、何か肩が凝るなぁ」


 扉が開くと出て来たのはチェシアのみだった。

 嵌められていた枷はどこにも見えない。


「中、見ない方がいいよ?」


 チェシアは涼しい表情で髪を後ろでくくりながら首を鳴らしていた。


「あの、あなたは……」


「チェシア、そこらの女の子とは違う摩訶不思議な子で……」


 静かに笑った。


「死神だよ」


 その言葉にウェンディが目を見開き震える。


「さあ、君は部屋にお帰り。大丈夫、皆と一緒に少し目を閉じていれば朝にはこの地獄も終わっているから、さ」


 そう告げるとチェシアは薄暗い孤児院の闇へと消えていった。

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