後編
院長の部下、ジッドは孤児院の周りを見回っていた。
以前、ウェンディが逃げ出した時は大目玉を喰らったものだ。
子どものくせに生意気だと殴ってやりたかったが商品に傷をつけるわけにはいかない、
「だいたいなぁ、俺らもちょっとは楽しませて欲しいもんだぜ」
いい年ごろに育った娘は商品として『出荷』されてしまう。
たまにはおこぼれでもいいから欲しいものだ。
いや、実の所たまにつまみ食いはしている。
そういう時は適当にその娘と仲が良い年頃の男の子をぶちのめしそいつの仕業という事にしておいたりする。
前回『出荷』したメレディスなんかがその類だ。
「ていうかさっきのガキ、どうせならあれを俺達用にしてくれたらいいのよ」
そんな事を呟いていると暗闇の中、何か聞こえて来た。
ネコの鳴き声だった。
空を見ると三日月が出ていた。
「チッ、こんな夜にネコの鳴き声だなんて不吉だな……」
三日月の夜にネコの鳴き声が響くと死者を迎えに死神がやってくる。
そんな迷信が昔からささやかれていた。
まあ、三日月の夜にネコが鳴くくらい普通の事なので所詮は迷信だが今日は妙に気持ち悪い感じがあった。
さっさと見回りを終えて中に戻ろう。
そう考えたジッドは視線の先に何かが落ちている事に気づく。
近づいてみて、「あっ」と声を上げた。
先ほど、チェシアという少女に嵌めたはずの手枷と足かせが転がっているでは無いか。
「まさかウェンディ!あのガキふざけた真似を!!」
報告すべく走り出そうとした瞬間、またしてもネコの鳴き声が響き同時に頭上から何かが降り注ぎ首に巻き付いた。
「なっ!?」
それは鎖だった。
鎖は意思を持つ蛇の様に絡まり次の瞬間ジッドの身体は宙へと引き上げられる。
何が起きているかわからないまま頸動脈を絞められつつ上昇するジッド。
2階の軒下まで吊り上げられた彼が見上げるとそこには肩に笑うネコをアレンジしたような紋章が刻まれた当て物を付けた少女が鎖を持ち冷たい視線をこちらに向けていた。
腰には少女が持つものとは思えない一振りの刀が差されている。
「やあ、こんばんは。お兄さん。良い月夜だね」
「!!?」
身体を動かし逃れようとするが鎖はびくともしない。
声を出すことも出来ない。
というか状況が全くつかめない。
少女はジッドをからめとった鎖をその身体ごと『片手』で持ち上げていたのだ。
名前は確かチェシア。先ほど枷を嵌められた哀れな犠牲者だったはずだ。
それなのにこいつは何をしている?どんな怪力だ?
「あの世で君達が傷つけて来た子ども達に詫びてね。それじゃあ、さようなら」
チェシアはそう言うと鎖を短く持ち、大きく揺さぶる。
その衝撃でジッドの首の骨が砕け……彼は大きく体をけいれんさせ、その命を終えた。
□
院長室にて院長とバボスは酒を酌み交わしていた。
「とりあえずこれで元侯爵様にも少し猶予を頂けるだろう。しかしあの方の好色ぶりにも困ったものだな」
「本当ですな。まあ、それでもおかげで我々はこうしていい思いが出来ているのですがね」
「しかしあのメレディスがまさか年長のガキと出来ていたとはな。『出荷』の時随分と泣き喚いていたが商品に手を出すような奴隷は始末されても仕方の無い事だ」
院長の言葉にバボスは内心苦笑した。
実際にメレディスに手を出したのは始末されてしまった男の子ではなく自分達だが院長は疑ってすらいない。
まあ、その子はメレディスと恋仲だったので罪を擦り付けるには都合が良かった。
元侯爵様に卸す予定のチェシアとかいう娘も同じように楽しんでもいいかもしれない。
何せ外から来た娘なので何とでも言い訳は立つ。
とりあえず院長に一服盛るなりしてその後で仲間達と共に楽しんでみるか。
「院長、何かつまめるものを持ってきますよ」
「おお、気が利くな」
本当にお気楽なボスだ。
(おかげでこうやって甘い汁が吸えるのだがな)
バボスはほくそ笑み厨房へと向かう。
薄暗い廊下を歩いていると、ネコの鳴き声が聞こえた。
「気味が悪い鳴き声だな……」
そんな事を呟いていると急に足裏に激痛が走った。
「うおっ!?」
何かが靴を貫通して突き刺さったようだ。
床に倒れ込み血がにじむ足を抑えた。
すると突然目の前の床板が跳ね上がり一本の腕が伸びて来たかと思うとバボスの顔面を掴み凄まじい力でそのまま床下へと半身を引きずり込んだ。
訳が分からないまま床下に引き込まれた彼が見たものは正にこれから自分達が手籠めにしようと画策していた少女の姿であった。
少女の手には短刀が握られており次の瞬間、耳の後ろから短刀が突き刺される。
そのまま数回中でかき回し、短刀が抜かれた。
「紅茶美味しかったよ。ありがとうね、お兄さん」
少女・チェシアはそう告げると絶命したバボスの身体を完全に床下へと引きずり込んでいった。
□□
「バボスの奴、遅いな……」
酒の入ったグラスを煽っていると背後で扉が開く音がした。
「遅いでは無いか。何をやって……」
瞬間、胸に激痛が走り見ると自分の身体から刃が生えている。
「な、何が……」
「それが末期の酒になるからさ……しっかりと味わってね」
その声は先ほど捉えた哀れな娘のものであった。
酒の入ったグラスが床を転がる。
「こぼしちゃったんだ?勿体ないなぁ」
院長の向かいの席に少女・チェシアが腰を下ろす。
「お、お前は……」
「本当はさ、囮になって君達の悪事を暴くのがボクの役目なんだ。あと1時間もすればボクの仲間が突入して君達を捕まえる予定。だけど……」
少女の声はただひたすらに冷たかった。
「ボクは君達みたいなやつを生かしておきたくない。君達みたいに女の子をモノ扱いする連中がいるからさ。だからボクの大事な人がひどい目にあったんだよね……」
一瞬だけ燃え盛るような激しい怒りがその顔ににじむ。
だがすぐに元の冷たい表情に戻り……
「だからさ、ボクは死神になるって決めたんだ」
「こ、こんな事をしても、私みたいなやつは他にもいるぞ?女神信仰があろうがそういう需要が、この世には……」
「じゃあ、そいつらも全部殺せばいいよね?」
チェシアは冷たく言い放った。
「ボクは死んでも天上の女神様の元へは行けないだろうね。でも、それでもいいと思っている。だから……さようなら、院長さん。地獄でまた会おう」
その言葉を聞き終える前に、院長はこと切れた。
そして1時間後、チェシアが所属するルイス猟団が孤児院へ突入した。
そこで発見したのは院長を含む男4人の死体と、明らかにまともな暮らしをさせてもらっていない子ども達だった。
□□□
「おい、アリス」
後日、首都ノウムベリアーノ内にある自然公園内。
ベンチに寝そべるチェシアことアリスに声をかける男があった。
ルイス猟団の団長、ドードーと呼ばれる男だ。
「なーに、団長?」
面倒くさそうにアリスが身を起こす。
「先日の孤児院の件だが……」
「ああ、年齢詐称しちゃった事だよね。ごめんね団長。本当は21なのに18だなんて嘘ついて潜入しました」
「そういうことじゃねぇ。わかってんだろ?」
その言葉にアリスは唇を尖らせる。
「だからさ、あれは襲われそうになったから仕方なく反撃しただけだって。あのままじゃボクは悪い人たちにひどい事されちゃってたよ?怖かったなぁ……」
「それで仕方なく皆殺し、か……」
無茶苦茶な嘘だ、とドードーはため息をつく。
現場の状況から見るに明らかに一人ずつ殺意を以て別々に惨殺されていた。
それに、そもそもアリスの腕があれば全員を一度に相手しても簡単に制圧できる。
「俺のミスだな。お前がああいう連中に対して冷静さを保てない可能性がある事がわかってたのに囮を任せてしまった」
昔からそうだった。
普段は屈託のない笑顔を見せる可愛い妹分のアリスだが時折マグマの様な怒りを噴出させることがあった。
麓の村を襲い略奪やら女性に対してひどい事をし回った山賊の根城に一人で乗り込み連中を皆殺しにした事もあった。
その怒りは学生時代に姉が上級生から酷い目に合わされた事に起因しているのだがドードーはその辺の詳しいところまでは知らなかった。
「んー、そうかな。ボクはいつも冷静だよ?」
それは感情のこもっていない声だった。
「アリス…………」
「メレディスちゃんの無念、晴らせたかな?」
露骨に話題を変えられた。
今回の孤児院での人身売買の件は元侯爵に卸されたが結局放逐されたメレディスと少女をルイス猟団がたまたま保護したところから始まった。
孤児院で行われている人身売買の実態などを証言した後、残念ながらメレディスは静かに息を引き取ってしまった。
「有力者であった元侯爵は失脚した。表向きには療養ということになっているがまあ、わかるよな?」
「まあね」
「それでさっきの話の続きだが……」
「何かボク疲れちゃったなぁ。もうちょっとお昼寝するね」
アリスはドードーの背を向けベンチに再び寝そべる。
明らかな拒絶をその背中が語っていた。
「アリス……俺はいつでも相談に乗るからな……」
そう告げ、ドードーはその場を後にした。
「……ありがとうね、団長。でもボクは決めたからさ。いつか『あいつ』も見つけ出してこの手で……」
アリスから伸びる影。
その影の口元が三日月の口をして嗤っていた。




