10. 今や昔の物語①
昔、昔在るところに一人の男が住んでいました。新帝国ベルギニオン。その政治の中枢に彼はいた。
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「またここに居たのか。本ばっかり読んでいるから、目が悪くなるんだぞ」
「エドガー。余計なお世話だ」
俺は幼馴染のエドガーを一瞥する。俺は貴族の三男坊でクレイヴ・レトラー。貧乏貴族の三男だが、運良く国家試験に受かり、宮勤めをしている。世界で一番高い建物の中枢に職場がある。
この施設は最新の技術が詰まっている。高速で三十階まで移動できる浮遊円盤。素早く並行移動出来る並行歩行装置。初めて施設を訪れる人は目を見張る。自分もその一人だったが。
魔術とドワーフの技術。これらが融合した文化は、かつて見たことのない、人類の理想を叶える都市に発展した。その技術は他国に知られる事はない。仕組みを知る技術者や魔術師は、魔法の賃約で縛られている。
皇帝の側にいる精霊はそれを気に食わない様なのだ。精霊によるとこの世界全体の総称はグリフィールワーナ。そのグリフィールワーナ全部の発展に、技術を使って欲しいみたいだ。
技術は人間のもので精霊のものではない。他国に無駄に力を付けさせると、調子に乗る輩が出てくる。精霊を見たことはないが、少年の姿をしていて無邪気に振る舞う。精霊とはそんなものらしい。
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「ねえねえシルヴァール、遊ぼうよ」
「今は執務中だ。そこいらの精霊と遊んでこい」
「ちえっ、こんな都市に精霊なんかいるかよ。シルヴァールは冷たいなあ」
「お祖父様は遊んでくれたみたいだが、皇帝は忙しいんだ」
「ヴィルは優しかった。ヴィルも皇帝だったよ」
まとわりつく精霊を鬱陶しく思う。子供の頃は良い遊び相手だったが、大人になった今は、無邪気なままの精霊を煩わしいと考える。
「ちぇーっ。詰まんないの。こんな国滅びればいいよ」
「滅多な事を言うな。水飴をあげるから大人しくしてくれ」
侍女を呼び出しておやつを用意させる。精霊のご機嫌を損ねてはならない。昔からの教えだ。自身が幼いうちはよかったが、この頃精霊の存在を煩わしく感じる。彼が成長することはない。
精霊が見える人間は数が少ないので、精霊が見える俺は遊び相手に選ばれる。だが俺は皇帝だ。大勢にかしずかれ敬われる筈の存在が、子供の相手とは。私が幾つになっても彼は子供だ。その中身さえも。
「シルヴァールが遊んでくれないなら、他を探す」
そう告げると光の玉になり飛んでいってしまった。精霊は精霊を信じない人間には見えない。精霊と共に育ってきた私は見えるが、文明の進んだ帝国ではきっと少数派であろう。
そう考えて放置しておいた。
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「遊ぼうよ」
それは幻聴かと思った。小さな少年の囁きがきこえたから。図書室は誰にも邪魔されない、心安らぐ空間だ。この施設に出入りするのは大人ばかりで、子供がいるはずがない。
頁をめくろうとすると、何かが端を押さえている。
「遊んでくれなきゃ読ませない」
目を凝らせてそこを見ると、徐々に小さな子供の姿が浮かんだ。
「クレイぶ、ってんだろう」
「クレイヴだ」
「クレイゥ“う?」
周りを注意深く観察する。多分これは精霊だ。見える人間は殆どいないはず。もしも第三者がきいていたら、間違いなく変な人だ。
「驚いたな。こんなところに精霊か。初めて見るぞ」
「クレイ。シルヴァールが遊んでくれないんだ。遊ぼうよ」
俺は息を飲む。皇帝を呼び捨てにする精霊。この国の元を創った精霊か。俺は故郷にいた頃は精霊が見えていた。皆に嘘つき呼ばわりされて、その事は内緒にする様になった。都会に来てからは精霊には出会えていない。
「陛下の精霊か。凄いな、はっきり見えるし、声も良く聞こえる。この国の創始者、とでも呼ぶべき存在か」
「僕はルーク。シルヴァールはちっこいのとか呼ぶんだ」
「ルークか。想像よりよりも可愛らしいんだな。もっとゴツいのだと思っていたよ」
「精霊に見た目は関係ないよ。僕くらいなら好きに姿を変えられる。でも、この見た目が一番馴染んでいるからね」
ルークは色々お喋りをした。現在の皇帝の愚痴、遊び相手がいない不満。皇帝が皇帝になるまでの話。
「シルヴァールのお爺さんに当たる、ヴィルは優しかった。平和な国を望んで、僕が手助けをした。便利な道具を創ったら、小国の集まりだったこの場所に、集まって来たんだ」
ヴィルバール様は皇帝の座を望んではいなかった。でもルークが創った便利な道具に、近隣の国は驚愕した。元々大きな力を持たない小国はその傘下に入りたがった。皆に祭り上げられてヴィルバール様は皇帝になった。それは決して彼の望みではなかった。
「ヴィルはさあ、結局皆の幸せを考えてトップに立ったんだ。魔物に脅かされない、立派な都市を創ろうってね」
ルークは精霊石と魔法を組合せる事で、僅かな魔力で発動する装置を創った。それを元にヴィルバール様は、便利な道具を考えたのだ。地面から少し浮く事で、早く移動する乗り物。この建物に使われるエレベーターとやらも、その原理で上下に移動出来る。
「僕はこれでグリフィールワーナが発展して、もっと人類が増えると思っていたのさ。なのに」
権力を持たない小国の集まりだった場所は、一つに纏まり大国に発展した。同時に権力を持ち始めた人間はその技術を、絶対に他所に漏らさないよう、魔術で縛りを作った。
人類が発展する技術は他に伝わる事なく、帝国だけに留まった。
「僕はもっと世界に伝えて欲しいのに、皆は反対したんだ」
それは仕方ないと思う。折角手に入れた技術を広めてしまえば、帝国の権威は薄れる。対等な技術を持てば逆に、それを用いて攻め込んで来るかもしれない。人類は争いが好きなのだ。
これまでの歴史でも人類の発展の兆しはあった。魔術があってスキルがある。日々便利な道具は開発されているが、やれ異民族だなんだと、争う輩は絶えない。
もの造りの得意なドワーフや、知識の豊富なエルフの知恵を借りれば、とっくに便利な世界になっているだろう。しかし地上で最も多い人族は、自分達こそが最高の種族であると信じている。それが争いの種を生み、発展を妨げている。
「実はこの世界と似たような場所が、幾つもあって凄く発展しているんだ。ここは遅れているのさ」
世界は停滞している。ここ千年程はあらゆる文化や文明が滞っているのだ。人族のちっぽけなプライドによって。
「クレイ、またお話聞いてね」
何時の間にか長く話し込んでいた。精霊は気紛れだ。この時の俺はそれが帝国の崩壊の足音だったとは、気付く由もなかった。




