9. 今日の日はさようなら
皆とはぐれてしまった俺は辺鄙な場所の村へと辿り着いた。新たな仲間となったベルのおかげだ。随分寂れた感じの村だ。しかし周囲にはボロいけど柵がある。入り口らしき所にカウベルみたいのが付いている。その紐をひっぱってみた。
ゴロンゴロン。かなり鈍い音がする。少しして中から男が現れた。扉の内側に鎖が付いている。
「誰だ?こんな辺鄙な村に何用だ」
「こんにちは。俺は旅の者なんだけど、仲間とはぐれてしまったんだ」
男は俺を上から下まで見回すと、扉を開けて中に入れてくれた。
「万が一盗賊だと困るからな。お前さんが盗賊って可能性は無いだろう」
うむ。俺の貧弱ボディーを見て、安全だと思ってくれたようだ。複雑な気分だがよしとする。
「俺の名前はムアル。ここは何処の国にも属さない辺鄙な村だ」
ムアルの話では山の付近には何処の国でもない、小さな村が多いんだそうな。不便過ぎてわざわざ税金を、取りに来る人がいないから。各家で畑を作ってひっそり暮らす。それがこの村の人達だ。
「取り敢えず村長に挨拶しろ。泊まりたいなら空き家を貸してやるが、金はあるか?なきゃあ物々交換だな」
俺は村長に紹介され、村に宿泊することになった。手持ちの果物を幾つか出すと、それで手を打ってくれた。
「果物を一杯持っているなら、明日村人にも分けてくれ。各自に交換する物を用意させる」
俺が持っている果物は滅多に取れないそうで、村人が喜ぶだろうと、話を持ちかけられた。元はタダだし異論はない。
空き家はボロかったが、ワラとシーツを用意してくれた。夜が明けると村長の家に向かう。
村長の家の前に長細いテーブルが置いてあって、そこには噂を聞きつけた村人が既に並んでいる。かなりの人気に俺は少し引いている。
「おお、旅の人。すまんのう。皆が勝手に期待してしまって。出せる分だけで良いぞ」
ベルが一杯取ってくれたが、まさか行商人の真似事をするとは思わなかった。袋から出した果実は五種類。
「先ずは俺からだ。このキャベツとこれを三個交換してくれ」
柑橘系のやつを三つ。後ろのおばちゃんはマンゴーみたいのを五つ。他の村人からそんなに持っていくなとヤジがとぶ。その後も順調に交換されて、最後の一個を持って行って終了。
「ねえ、果物以外は持ってないのかしら。買い物は滅多に行けないのよねえ」
そんな言葉を受けて岩塩を出してみた。倉庫に入れておいたやつだ。
「わあ、お塩があるのね。これは銀貨を出すわ」
都市部では塩は普通に出回っているけど、田舎では調味料も厳しいらしい。塊を八個出して他の人も銀貨で買ってくれた。大きさはまちまちなので、村人の目分量で金を出してきた。思いがけぬ収入だ。
ここから森を抜けるとここよりも大きな村がある。そう教えられて俺はその村を目指す事にする。少しでも大きな街に近づいて、帰れるようにしなければ。
ここにはとっても頼りになるテオがいない。口うるさいが色々気の回るエレノアもいない。俺は一人でヒ・イズル国に帰らなければ。帰れるのか?いや、帰る。村人に別れを告げ次の村を目指す。少し歩くとベルが出てきた。
「ユキツネ、また乗り物を作るわ」
村に来たときと同様に亀の形をした物に乗る。そのまま森で就寝。翌日の昼過ぎに村へとついた。最初の村よりも柵がしっかりしている。最初の村と同様に鐘を鳴らした。もっさりしたお大男が出てきた。
「なんじゃい、誰だお前」
「こんにちは、旅の者ですが仲間とはぐれてしまって。此方に入れて貰えませんか」
「なんもねえ村だ。入れ」
ここも最初の村と同様に物々交換で空き家に泊まる。道中にベルが果物を少し取ってくれていた。ここから三日も歩けばやっと、商人とかがいる町になる。夜にベルと話をする。
「ユキツネ疲れているの?」
「ああ、まさかインドアな俺が一人旅とはな。馴れない事はするもんじゃないな」
「ユキツネは何時も気を張っているものね。私が昔気に掛けた人間も、最後は疲れていたわ」
「最後って不吉な話か」
「そうね。もう三百年は経っているわね。ユキツネ国を造る前に、あの近くに大きな国があったの。この世界のどんな国よりも、発展していたのよ」
「国って、もしかして滅びた国?」
「そうよ。大きな建物を建てて、不思議な乗り物を開発して、今と比べ物にならない位には発展したの」
「どうして滅びたんだ」
「まあ、噂通りかしら。精霊を怒らせたのよ。精霊の力を借りて栄えたのに、人は精霊の存在を忘れてしまった」
不意に俺がちっこいオッサンに出会った時を思い出す。小さな村で忘れられ、滅びかけていた。今は生き生きしている。
「ユキツネが聞きたければ、ある男の話をするわ」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ユキツネ、どこ行っちゃったのよ」
「霊獣様が見つけられないなんて。まさか」
「ユキツネは弱かったからのう」
不安な気持ちが広がる。ヒ・イズルにたどり着く前に、仲間を引っ張ってくれていたダルカス。エルフの中でも体格の良い彼は、皆に信頼されていた。彼がいれば大丈夫って思っていたの。
だから怪我をして遅れた仲間を、必ず連れて行くって。猿の群れに襲われた時に、その言葉を信じて彼等と別れた。彼がいれば大丈夫って。
だけどそれが彼を見た最後だった。怪我をした仲間も彼も追っては来なかった。ユキツネの街にいる間も、ひょっとしたらまた会えるかもって。
怪我をしたのは幼いユアラちゃんの両親だった。彼女は今も辛い思いを抱えている。昨日まですぐそこに居たのに、何で手の届かない場所へ行ってしまったのだろう。私はこの旅を反対するべきだったのだろうか。
霊獣様は殆ど休まずにユキツネを探しているみたい。カミルが一旦私達に戻った方が良いって。大事なエルフの秘術の転移門を、この山に設置した。ユキツネがすぐに戻れるように。
ユキツネは精霊に愛された人間だ。きっと特別な人間だから、だから、無事でいて欲しい。きっとあの国にはまだ必要なんだよ。
また下らない話をして、知らない世界の映像を見て、笑っていたい。それで美味しいモノをたべようよ。
変わらないものなんて無いって、長老が言っていた。大切な物も場所も、失うのはほんの一瞬だって。だけど私は絶望なんてしない。またユキツネに出会って両親とも出会う。
それまでは村で待っている。




