8. 祐紀経、村を目指す
「おかしいわ。ユキツネが戻って来ない」
私は嫌な胸騒ぎを覚える。ヘタレのユキツネがこんなに長く外にいるなんて。
「まだそんなに経ってないだろう。きっとトイレだ」
カミルは楽観視するが、私ことエレノアはユキツネと何度か旅をした。ユキツネは自分が弱い事を認識している。
「ユキツネ様、平気かしら」
「私ちょっと探して来るわ。何かあったら困るし」
「じゃあ私も探します。二人で探せば早いもの」
私とエンジュで探す事にした。何もなければそれでいい。軽く周囲を探る。この穴からそうそう離れないとは思うけど。軽く探し回って穴に戻る。エンジュも何も見つけられなかった。
「仕方ない。私が出るから留守番してろ。全く手間の掛かる飼い主だ」
カミルがドラゴンになって出ていった。カミルなら広い範囲を探せるから見つかるだろう。そう思っていたのに。半刻(一時間)程経ってもユキツネは見つからない。私達は焦る。そこに霊獣様が帰って来た。
「ユキツネがいない?」
直ぐに飛び出して行った。霊獣様なら見つけられるだろう、と帰りを待ち望んだ。けれどもすっかり日が落ちても霊獣様も帰っては来ない。
「ユキツネ様………… 」
エンジュのお腹からギュルギュルと音が響いた。違うんですと赤くなるエンジュ。
「仕方ないわ。一旦私達だけでも食事にしましょう」
パンと干し肉をいれたスープ。ユキツネがいればもっと美味しい食事が出来るけど、私にはこれが精一杯。少し経ってから霊獣様が帰って来た。
「テオ様。ユキツネは?」
「見つからない。また探しに行く」
「霊獣様、お疲れでしょう?休んでいかれれば」
「俺は平気だ。気にするな」
私とエンジュの言葉も聞かずに再び探しに行った。私は焦る。ユキツネは普通の人より弱いのだ。夜になれば魔物だって多く現れる。カミルはスープを飲んだら、ドラゴンの姿に戻って寝てしまった。
エンジュも気にしているけど、私は付き合いが長い。年上だけど大きな弟みたいで、目が放せないんだ。無駄にチョロチョロして、厄介に巻き込まれて。とにかく無事を祈った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「で、あんたは誰?」
「やだぁユキツネったら。私の事忘れちゃったの?お姉さん悲しいわ」
かなり派手派手しいお姉さんは、知り合いのごとく振る舞う。だがこんな大きな胸を強調しまくった、ピラピラの衣装着ている美女は、一度出会えば忘れないだろう。何故か出会った気もするんだが。
「私の名前は******よ」
「え?」
「だからぁ。****、*******だって」
最初とニュアンスが違うぞ。それにどうしても聞き取れない。
「んもう。じゃあユキツネの呼びやすい名前をつけて。それで妥協するから」
妥協ってなんだ。正体不明の人物に名前をつけるって、どんな無茶振りだよ。
「あんた何者なんだ」
「やだぁ、ユキツネ解って無いの。私はセイレイよ」
セイレイ、セイレイ…… 精霊か。随分大きいな。ちっこいオッサンが三十センチ程度なのに、普通に人間の大人サイズだ。いや、考えれば普通の人間が日暮れの山奥に、こんなふざけた衣装を着て出歩かない。
「名前をつけてよ。話が進まないから」
名前をつけろと?この美女に相応しい名前か。ウチで飼ってた犬は華子で、野良猫はクロって呼んでた。うん、ウチの家系はきっと名付けのセンスはない。美女、精霊、ひらっとした衣装。精霊…… ティンカーベルとか。
「ベル、でどうかな」
「ベルね。オッケーよ。でね、私ユキツネの役に立ちたいの。だって面白いから」
面白い人認定だよ。何でだ?!
「前にも言ったと思うけど、ずっと見てたの。ユキツネの国には精霊が既に住んでいるから、姿を出すタイミングを伺っていたの」
「前にもって。ヒ・イズル国の事知ってんの」
「ずっと見てるって前に言ったでしょ。ユキツネは忘れっぽいのね」
え、初対面だよな?うっすらと何処かで会った気もするんだけど。
「で、ベルは何が出来るんだ?俺は皆の所に帰りたいんだけど」
「それは難しいわね。あそこの上に行くならうんと遠回りになるわ。それまでにお仲間も、移動しているのじゃないかしら」
それは困った。現在俺はアイテム袋を腰に付けていて、他の荷物はおいてきてしまった。コンロや金貨も。
「ベルは俺を見つけたんだろう。仲間も探せないかな」
「あら。ユキツネはずっとマークしていたけど、他は興味無かったしね。だから無理よ」
ストーカーか。でも絶望的な気持ちから少し救われた。
「このままじゃ魔物のエサだ。どうにか出来ないか」
「そうね。日も暮れたから寝床を用意するわ」
ベルの案内で少し開けた場所に移動すると、ベルは俺の足下に手をかざした。魔方陣が浮かび上がる。
「土壁」
目の前を黒い壁に囲まれた。吃驚したけど上に小さな穴が幾つも空いていて、月明かりが差し込む。いつの間にかベルは中にいた。
「ここで寝れば襲われる心配は無いわ。安心なさい」
「おお、有難い。助かるよ」
するたベルは小さく縮んでいった。手の平サイズにまでなった。背中に羽がついている。
「ユキツネのイメージする姿になったわ。可愛いかしら」
イメージする姿って。頭の中を覗かれたのか。アニメの妖精をイメージしていたけど、見た目はダイナマイトなままだ。土で出来たベット、と呼べるか分からない場所に腰かける。ひょっとしたらテオが見つけてくれるだろうか。不安がよぎる。
アイテム袋に入っていて、口に出来るのは水だけ。水を飲んでいるとベルはちょっと待ってて、と出ていってしまった。少し経ってからベルが戻ってきた。
「ユキツネ、これを食べて」
ベルが両手を広げると、細長い果物らしきものと、木の実が出てきた。
「おおっ、一杯ある。凄いなベル、有り難う」
「フフッ、人間は不便ね。しょっちゅう食事をしなければいけないなんて」
幸い今は秋だから山は食料が豊富みたいだ。だが異世界の植物は見慣れない物が多い。俺には食べられる物が分からない。これだけあれば暫くは平気だ。残りを袋にしまっておく。
朝になって土壁を崩すと、周囲に大きな足跡があった。夜中に彷徨いていたらしいが、壁が壊せなくて諦めたようだ。
「さあ、周囲に魔物がいないうちに歩き出すわよ。食べられたくなかったらね」
ベルに促されて歩き出す。大きな生き物に遭遇しないように、あっちこっちを歩く。ベルは俺を人間の暮らす場所まで、誘導してくれるみたいだ。他の皆は俺を心配しているだろうか。
歩いている途中にも美味しい果実のなった木があった。ベルが飛んで取ってきてくれる。木の上の方だから、普通は手が届かない場所だ。本当に有難い。
「このベリーも取っておくと良いわ。精霊も大好きな味よ」
そう言ってベリーにかじりついた。精霊も気分次第で食事をする。うちのオッサンが食べている姿は、見たことがなかったけど。前に精霊王のお祝いで呼ばれた時、食事とかも出たのかな。
「ベルは精霊王の誕生祝いに行ったのか?」
「私が?私には関係無いもの。くだらないわ」
王の誕生だってのに興味ないんだな。精霊はあんまり上下関係が無いっていってたな。王と言っても人間みたく他を縛る存在ではないって。最上位の精霊が精霊王と呼ばれる。
「人のいる場所へはまだ時間が掛かるのか?」
「そうねえ。乗り物を用意するわ」
そう言ってベルが土に手をかざすと、大きな亀の形になった。
「ロックタートルに似せて作ったわ。これに乗りなさい」
ロックタートルってそのまんまだな。実際にいる生き物みたいだけど。亀の背中にまたがると、亀は思いの外早く歩き出す。
「これは快適だな。ベルは凄いな」
「また夜になる前にたどり着きたいわね。魔物を避けていなければもっと早く行けるけど」
戦闘力皆無の俺が魔物に出会いたくはない。ベルのお陰で夕方には村が見えてきた。




