73. くよくよしてる場合じゃない
ヒ・イズル国にいや、大陸全土に災厄が訪れた。穀物が食い荒らされ、大地は無惨な姿を晒している。活気をなくした民衆も何とか平常を装う。隣国リンドガルディアも散々な結果で、守れたのは僅かな田畑のみ。国庫を開き半年分は小麦があるとか。後は割高な輸入品に頼るのみ。
田畑を開墾して間もないヒ・イズル国では蓄えがない。急遽海産物の仕込みを強化する。エルフは奴隷解放により数が増えた事で、家にいる女性が増えた。以前は総出で狩りをしていたが、その必要がなくなり内職が増えた。その人材を生かし海産物の加工を手伝ってもらう。
あのバッタが襲来して間もない。ちっこいオッサン、ドノム達はまだ帰らない。農民は畑を整え次の作物を育てるのに備える。今は城の屋上にある家の裏の小さな畑だけが、無傷で残されている。自分の畑だけ野菜が採れるのは心苦しいが、全てを賄える量ではない。せめて食堂にだけは僅かでも持って行こう。
俺が相変わらず呑気に構えていた。
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その頃隣国リンドガルディアでは 不穏な話し合いが持たれていた。
「やはりヒ・イズルも大きな被害をうけたか」
「はい、あれだけ精霊の力を見せつけていた国が、成す統べもなく被害を被ったそうです」
「精霊は元々気紛れな存在。ユキツネ・ヒヤマに興味を失ったか?」
「その可能性は十分にあります。それからバッタの大群にドラゴンが立ち向かったとの情報もございます」
よもやドラゴンまでもがかの国に関係しているとは思えないが………… どのみち最近では霊獣の目撃情報もない。運だけで大国に育ったような国だが、まだその価値はある。だが他の国はどう見るだろう。
「他の国の動向に注意しろ。簡単に攻め入れられるとは思えないが、確実に狙われるであろう」
今回の出来事で各国は大きな被害を受けた。他国から奪えば良いと安易に考える輩もいる。ヒ・イズルは今や結構な規模に発展し、兵力は弱い。精霊さえ居なければ制しやすいと。
「良いのですか?いっそ我が国に取り込むという手も在りますぞ」
「まだ精霊の力を失ったと決まった訳ではない。それに異民族も大勢いるし、周辺は罪深き帰らずの森だ。忘れるな」
罪深き帰らずの森。かつてあの森は大規模な国が栄えていた。魔法を原動力とした文明も栄え、他国を寄せ付けぬ国力を誇ったと言う。だがある日突然姿を消したのだ。十万人を越す人々とその建物さえが忽然と。他国からの使者が国を目指したが、そこには今まで無かった大森林が広がっていた。
何があったのか真相は誰にも分からない。いつの頃からかある噂が流れた。 ━━━━ かの国は精霊を怒らせたのだと。
人知を越える規模の大国の消失は他に説明がつかない。あれよと言う間に森に囲まれ、そこには強力な魔物が栄えた。あの森にしかいない白い猿は、かつては人であったとの見解もある。
どれもこれも推測の域を出ない。何故ならば目撃者である国民が全て消え去ったのだから。何時しかあの森は罪深き帰らずの森と呼ばれるようになった。決して人が手を出してはいけないと。
その場所に精霊が国を興したのだ。ユキツネの存在が特別で精霊に許されたのなら、そこへ手出しをしては成らないだろう。リンドガルディアは消えた国になってはいけない。
見守るだけだ。何かあっても静観し続ける。その上で何が起こるのか見極める必要がある。
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「ユキツネー!お疲れ大変だね」
「エレノアか…… 相変わらずお気楽そうだな。野菜が全部やられちまった」
「大変よねぇ。エルフは森の恵みで生きていけるけど。小麦も全滅だもの」
そうなのだ。今は土に栄養がなくなってしまっているから、直ぐに次を育てる訳にも行かないだろう。ちっこいオッサンだって万能ではない。俺は俺に出来る事を全力でやるのみだ。
「ユキツネ様ぁ!!大変ですよ、食料が、食料が奪われるなんて」
獣人のエンジュが食堂に駆け込んできた。なにやら興奮している。
「今日からパンは三つまでですって。お代わりも禁止だなんて耐えられません」
大食らいのエンジュには死活問題のようだ。耳がピコピコ動くのが可愛らしいが、エンジュは相変わらずしょうもないな。
「そうか。まあこれからもっと厳しくなるかもな。肉ならあるから料理したらどうだ」
うちには肉食の獣であるテオがいる。冷蔵庫には常に肉が常備されており、頻繁に狩りに出かける。商業ギルドに卸したあと、切り分けられた塊を持ち帰るのだ。食堂にも時々持ってくる。
「生を貰っても焼くだけになってしまいます」
おおう、なんという事でしょう。ここにいる女子二人は料理が出来ません。まあしょうがない。エレノアはエルフではまだ若い子供扱いだし、エンジュはおばあちゃんと暮らしてた。たった一人きりの孫を甘やかして育てたのだろう。
「じゃあ今夜だけは何か作ってやるか。一階の部屋でテオとカミルも一緒に」
「わ、私も参加する。今日はお城に泊まるわ」
エレノアがすかさず手を挙げる。エンジュはテオが一緒と聞いて少し戸惑う。テオが霊獣であると聞いてからは、どう接して良いのか分からないみたいだ。獣人にとって霊獣は神にも等しい存在らしい。普通に接しているように見えるエレノアも、テオには様を付けて呼ぶ。
城の一部屋はすっかり俺の調理部屋と化した。エルフの子供が増えたからとても六畳間に収まらない。料理もしやすいように改造されて、いい感じだ。
エレノアの呼び掛けでメイド教育係のエルフ美女三人も加わる。なんだか凄く期待されているようで、肉野菜炒めだけでは満足してもらえなさそうだ。エンジュに食わせるだけのつもりだったのに。
オムレツとトマトサラダに味噌汁。テオとカミルの好きなステーキも出しておくか。大皿に盛って好きに取ってもらえば良いだろう。
「わあ一杯作ったねえ、お腹ペコペコだよ」
エレノアがお気楽に言う。こいつ俺のこと飯作る人って思っていないか?エンジュは相変わらず良く食うな。カミルも対抗するんじゃないよ。ほら、むせた。人化している時は食欲も人並みの癖に、何故か張り合おうとするんだから。
食後に梅のジュースを出してやる。
「わあユキツネ、この果物は初めて見たわ。まるごと水に浸けてあるのね」
エレノアが感心したようだ。梅を浸けたシロップを水で割った素朴なものだ。
「初めてじゃないぞ。前に梅干しを食べさせただろう」
「ええ!あのしょっぱくって酸っぱいの」
「あれは塩で浸けたんだが、これは砂糖で浸けたものだ」
梅の木は屋上にあるから他の人はとったりしない。エレノアは恐る恐る口に運ぶ。
「はぁ、酸っぱくてでもまろやかで不思議な味ね」
皆も梅ジュースを飲む。全員口に合ったようだ。各々が満足して帰っていった。
そしてまだ気付いていなかった。悪意が間近に迫っているのを。




