覚醒する番犬-2
次に目が覚めると頭全体を覆うように網状のガーゼが増えていた。頭の痛みが中からくる重い鈍痛ではなく、外側から傷を負ったときのような刺すような痛みに変わっていた。痛みのせいか頭の回転がいつもよりも遅い。ここが病院だというのはわかる。今度ばかりは視界がブラックアウトする前の記憶がしっかりしている。
家族を失っていることを俺は理解していた。
理解したくないことだ。だが、いずれ分かることを早めに分かっただけでも心のダメージは小さい気がする。でも、もう家族がいないことを思うと目から涙が溢れ出てきてしまう。どれだけ拭いても拭いても溢れてくる涙は枯れることはない。
そのとき、俺は自分の体の異常を感じた。家族を失った悲しみのほうが遥かに大きいことだ。自分の体の異常なんて無視してもいいくらいだ。だが、無視できなかった。
「・・・・・・・何?」
この臭いは?
これは消毒の臭いだ。のどの奥を刺すようなツーンとするような臭いがのどの奥を通って体中に薬品の効力が充満しそうだ。気持ち悪い。その臭いのせいかガーゼ越しからくる痛みとは別の頭痛に襲われる。のどの奥のほうが焼けるような感覚になる。胃袋の中身がひっくり返って逆流してきそうだ。それを必死に手で押さえてこらえる。咳き込めば、ここで息を吸ってはけばすべてを吐き出して白いベッドの上にぶちまけてしまう。
その体の異常を押さえ込むのに家族を失ってしまった悲しみと孤独に浸っている場合じゃなかった。
なんだ?どうした?消毒の臭いがどうしてこんなに不快なんだ?消毒ってこんなにのどが焼けるような胃袋がひっくり返るような臭いをしていたか?いや、違う。これは変だ。異常だ。臭いだ。こんな臭いがするのはおかしい。学校の下駄箱に風邪予防のためにおいてある消毒液は原液を何百倍にも水で薄めたものだ。きっと、どこかで看護婦さんが消毒の原液ぶちまけてしまって病院中に充満してしまったんだろう。だから、こんなに消毒の臭いを嗅いだだけで気分が害するなんてありない。すぐにこの状況をどうにかしてもらうために看護婦さんを呼ぼうとナースコールを吐きそうな体調をぎりぎりのところで堪えながらボタンを掴んだときだった。
「おはようございます。あ、賢治くん起きたんですね」
のんきな若い看護婦さんが入ってきた。
瞬間、それはまるであのデパ地下の爆発のときのように汗の臭い、血の臭い、消毒の臭い、いろいろな生活臭が悪臭という壁になって俺に迫ってきた。その臭いが鼻を押さえている指の間をすり抜けて鼻の穴の中に入る。途端に世界が俺の見える世界がすべて汚れてしまった。




