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16 レビンの誘い

 レビンは幼なじみだ。


 だが、子どもの頃はともかく、年ごろになってからは男爵のガードが固かったので、あまり交流はなかった。


 再び交流するようになったのは、学園に行ってからだ。


 他に知り合いがいない全寮制の学校だったので、レビンとは会う度に話をした。

 といっても、治癒魔法を学ぶリリアナと騎士候補生であるレビンの講義は重ならないし、寮の場所も違う。

 だが何故か偶然会うことが重なり、その度懐かしさから交流を温めた。


 いま思うと、あれはゲームイベントだったのかもしれない。

 この乙女ゲームは最初に攻略対象を選ぶゲームだったが、乙女の飽くなき欲望に応えて、学園にいる間は、選ばなかった攻略対象とも会話イベントが発生していた。

 ルートごとにその内容も違うので、フルコンプに興味のないユーザーも好みの攻略対象との会話をコンプするため全てのルートを制覇してしまうという、ある意味鬼仕様だった。


「ここから、逃げないか」


 なにを言われたのか分からなくて、リリアナはぱちくりと目を瞬かせた。


「どういう事?」


「お前だって本当は分かってるんだろう。相手が公爵家じゃ、男爵だって庇いきれない。望んで、修道院に行くわけじゃないだろう」


 それはそうだ。修道院がどんなところか具体的には知らなかったが、なにごとにおいても厳しい場所だというイメージがある。

 だが攻略対象であるレビンに迂闊な返事はしたくなかった。


「レビン。心配してくれてありがとう。でも、なにもかも置いて、この家から逃げだしたりは出来ないわ。気持ちだけ貰っておくね」


『リリアナ』の記憶を総動員して『リリアナ』っぽい返事を返すと、レビンは怒り出した。


「何故だ。お前が悪いわけじゃないだろう。悪いのは、婚約者がいるのにお前を騙して手を出した王子の方じゃないか。なのにどうして、お前だけが罪を背負う」


 そんなこと言われても! 困るよ。


 言いたい事が多すぎて、胸が詰まって、言葉が中々出てこない。だがそんな事、レビンに悟られる訳にはいかない。


「私が、悪いの。殿下はエリーヌ様のことは名ばかりの婚約者だとおっしゃったけれど、そんな言葉を信じてはいけなかったの。名ばかりでも婚約者は婚約者よ。あんな風に、人前でエリーヌ様を貶めるような真似、してはいけなかった」


「それは!王子に騙されたからだろう」


「違うわ。違うの。殿下の事を、好きだったの。好きになってしまったの。婚約者のいる人だと分かっていたのに」


『リリアナ』の気持ちを、必死で思い出す。例えそれが予定されたイベントだったとしても、彼女は本気だった。本気で、あの恋に命を懸けた。

 その事だけは、否定しちゃいけない。


「あの時、エリーヌ様は殿下を誑かす毒虫だから排除するとおっしゃられて決闘を申し込まれたけれど、本当はそんな必要なかったの。身分が違うんだもの。エリーヌ様が、一言不愉快だとおっしゃられるだけで、私を学園から追い出すなんて簡単だったはず。でも、決闘をしてくれた」


「あの人は決闘が趣味なんだ」


 決闘が趣味の『悪役令嬢』? そんなの聞いた事がない。


「そうだったの? レビンはエリーヌ様の事、よく知っているのね」


 素直に感心すると、レビンが言葉に詰まった。

 地雷だったのかもしれない。


「決闘で、誰の目にも明らかな敗者となったから、私は無事に学園を出る事が出来たのだと思うの」


 多分、そういうことだったんだと思う。本当にリリアナを邪魔な毒虫だと思っていたのなら、危険を教えたりしない。


『お父さま』の言う通りだ。本当なら、謝罪だけで済むはずなんてない。『公爵令嬢の敗者』という看板が、他からの手出しをしりぞけていたんだ。


『家に戻りなさい。貴女にとって、ここは危険です』


 決闘に勝った公爵令嬢は勝利を宣言し、リリアナの謝罪を受けると、野次馬達に釘をさしていた。


 この決闘を汚す事のないように、と。


 あれはリリアナに手を出すな、という意味だったんだろう。


「レビン、ありがとう。家まで付き添ってくれて」


 それでもリリアナが一人だったら良からぬ事を考える輩が出てもおかしくなかった。リリアナのように弱い娘が、あの混乱した状態で無事に家にたどり着いたなんて、奇跡だ。

 あんな馬鹿な真似をしたリリアナを見捨てなかったレビンには感謝してもしたりない。


「お礼なんて言うな。俺は、なにも出来なかった」


「そんな事ないわ。私一人ではきっと、無事には帰れなかった。感謝してるの。だから、思いつめないで」


 レビンはきっと迂闊な幼馴染が心配なんだろう。記憶の中で『リリアナ』は結構おっちょこちょいだった。それがヒロインの資質なのかもしれないが、我ながら心配になってしまう。


「リリアナ?」


「修道院に行こうと思う。ううん。行きたいの。この家から逃げだしたりしないわ」


 あの言葉は聞かなかった事にするね、と言うと、レビンは強い光を目に宿してリリアナを睨んだ。


「お前は馬鹿だ」


 そうかもしれない。だがレビンの手を取る気にはなれなかった。


「レビン。私の事は、もう忘れて」


 レビンは唇を噛みしめて、最後にリリアナの姿を目に焼き付けるようにじっと見ると、踵を返しバルコニーから飛び降りた。

 リリアナの部屋は二階にある。けっこうな高さがあるはずなのだが、騎士見習いともなると身体の作りが違うのかもしれない。すんなり着地すると、振り返る事なく駆けていった。




 レビンの姿が見えなくなるまで見送ってから、リリアナはホッと息を吐きへなへなと崩れ落ちた。


 レビンが帰ってくれて良かった。


「レビンと逃亡ルートなんて、死亡フラグだよ。王子ルートのリリアナの治癒魔法は上級魔法までなんだから」


 ゲームでは、リリアナと逃亡したレビンは、リリアナを庇って大怪我をする。


 レビンルートのリリアナは、騎士候補生として頑張っているレビンを見習って治癒魔法を研いていたけど、王子ルートのリリアナは才能を研くなんて地道な努力、してなかったもんね。

 うっかりレビンと逃げ出してたら、ラスボスのところで詰んでいた。


 でもどうして、王子ルートなのにレビンが誘いに来たんだろう。


 この世界は、ゲームの世界じゃないのかな。

 悪役令嬢は決闘をするし、王子は悪役令嬢に負けるし、王子ルートなのにレビンが誘いに来るし、ひっちゃかめっちゃか。ピースの合わないジクソーパズルみたい。


 これからどうしたらいいんだろう。

 婚約破棄イベントでゲームの記憶が戻っても、なにも出来ないよ。せめてもっと早く思い出していれば、学園なんか行かないで田舎で大人しくしてたのに。


 はぁぁ、と大きくため息をついて、リリアナは見えない未来を前に途方に暮れた。


 いくら『リリアナ』の記憶があっても、こんなおかしな世界でやって行ける自信なんてない。


「やっぱり、修道院かなぁ」


 修道院に行けば、少なくとも静かに暮らせる。ゲームのような、現実のような、おかしな世界からは逃げ出せる。


 でも。

『ここは危険』ってどういう事だったんだろう。

 エリーヌ様はなにかを知っているんだろうか。


 考えてみれば、悪役令嬢があんな風にシナリオを外れるなんておかしい。もしかして、彼女は…。


「ないない。そんな都合のいいこと。やっぱり修道院かな」


 それしかないよね、と呟いて、リリアナは部屋に戻って行った。


 彼女の部屋の、窓の外。木の陰に隠れるようにして枝に寝そべり、そんな彼女を監視している黒衣の男がいることに、リリアナは気づかなかった。





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