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エピソード09 「子猫の逢引」

栞:「おじさん、朝食、終わっちゃうよ!」


したたか寝坊した私を、懐かしい声がゆり起こす。


あれからずっと、しおりの寝顔を眺めていた私が眠りに付いたのは、恐らくほんの2時間ほど前だったんじゃないか?


すっかり身支度を整えたしおりに急かされて、私はのそのそ顔を洗う。



正:「あら、歯ブラシが無いんだな。」


栞:「そうなの! 私もコッチへ来た最初の何日かは、ホテルに泊まってたんだけど、アメニティに歯磨きセットは着いてないのよ。 おじさん、持って来なかったの?」


ひょっこりと、しおりが洗面所に顔を出す。



正:「ああ、どうせ、空港に持ち込めないと思って。」


栞:「仕方が無いから、私の歯ブラシ貸してあげるわ。」


正:「いいよ、悪いから、」


栞:「何、遠慮してるのよ、それに、一日一回くらい歯を磨かないと、女の子に嫌われちゃうわよ。」


しおりは、そう言いながら、鞄から取り出した歯磨きセットを私に押し付ける。



私は、神妙な面持ちで、…さっきしおりが口をつけたばかりの、可愛らしい歯ブラシを口に含む。


何時もよりたっぷり歯磨き粉をつけて、ミントの香りで、諸々の雑念を有耶無耶にして、…



それからささっと、簡単にシャワーを浴びて、…


そう言えば着替えの一つも持って来なかった事に気が付いた。


やむなく脱いだばっかりの衣類に袖を通す、


部屋に戻ると、しおりは、ベッドの上で、何故だか、耳まで顔を真っ赤にして待っていた。



正:「どうしたの?」


栞:「何でもない!」





栞:「ねえ、おじさん、飛行機迄、どれ位時間あるの?」


正:「6時間くらいかな。」


栞:「ねえ、折角だからネルハに行って見ない? ヨーロッパのバルコニーって言われてる、有名な海岸があるのよ。」


正:「ふーん、」



バイキングスタイルに用意された料理の中から、缶詰フルーツとパックのヨーグルトを平皿の上にブチマケて、…大き目の桃をフォークで突付きながら、私は生返事を返す。


しおりは、ゆで卵の殻を剥いて、たっぷりと塩をまぶして、カブリツク。





グラナダの市街から、バスに乗って、ネルハの街へ、

真っ白な壁のお土産屋さんが並ぶ、ちょっとお洒落っぽい路地を歩き、


やがて南国の木々が立ち並ぶ、開けた広場に出る。



良く晴れた空から降り注ぐ強烈な太陽光線が、空と海を青く、建物を白く、映えさせる。


突端の展望台まで行って、崖の下の岩場を覗き見ると、、


大きな岩の上で、若い男女が日光浴していた。



栞:「おじさん見て!トップレスの人が居るよ!」


正:「良いヨ、別に。」


しおりは、好奇心満々に私の袖をひっぱり、

私は、恥ずかしがって、そっぽを向く、



岸壁に沿ってホテルが立ち並び、

猫の額の様なビーチには、沢山の男女が、アラレモナク寝そべっている。



栞:「男の人って、ああ言うの、好きなんじゃないの?」


正:「まあ、否定はしないけどね。じろじろ見るもんじゃないよ、恥ずかしい。」



何処と無く、熱海の海岸みたいな雰囲気なのだが、…海の向こう側は、もう直ぐに、アフリカ大陸らしい。



栞:「此処って、世界で一番夕焼けが綺麗な海岸なんだって、…見た事無いけど、」


正:「ふーん、夕焼けと言えば、ギリシャじゃないのか? …見た事無いけど、」


栞:「マダマダ、世界には、見た事が無いものがいっぱいあるのね。」


正:「そうだな、此処に来れて、良かったよ。 有難うな、」



私は、しおりの顔をしげしげと見つめて、


しおりは、一寸照れて、そっぽを向いて、



栞:「ねえ、さっきのお店で、ケバブが売ってたの、食べてみない?」


正:「ああ、何事も、経験だな。」


栞:「削りたて、焼きたてのドネルケバブをしゃきしゃきの野菜と一緒にピタパンに挟んで、スパイシーなソースをたっぷりかけるのよ、」


何時の間にか、しおりは、私の手を引いて、楽しそうに、どんどん歩きだす。








空港で、しおりを迎えに来たらしい、あの青年と合流する。


彼は、私に握手を求め、しおりには聞こえない様に、耳元でそっと囁いた。



白井:「自分、しおりの事、真剣に考えてますんで、…もう、あいつの前に現れないでもらえますか。」


正:「そうか、…」



確かに、妻も子供も居る中年の男の方が、余程、純粋とか真剣なんて単語から程遠い事位、…理解している。



セキュリティのゲートを潜ろうとする私に、…



栞:「ねえ、おじさん、もう一度、握手してくれる?」


最期にしおりが、近づいて来て、…

私は、もう一度、しおりの柔らかな指に触れて、きつく握手する。


伝わってくる、熱が、胸を、喉を焼いて、…


私は苦笑いする。



正:「馬鹿だな、私は、…」


栞:「そうでも無いわ、…」


しおりは、顔を赤らめて、口をへの字に曲げる



栞:「だって、私の方が、きっと、もっと、馬鹿だもの、…」


私は、求めた事、再び失う痛みを味わわなければならない事を悔い、…



正:「さよならだな。」


私が、精一杯の勇気で、思い出に変えようとしたモノを、…



栞:「これっきりお別れって訳じゃないでしょ、…」


彼女は、あっと言う間に、台無しにしてくれる。



でも、この次、私は一体、どんな顔をして、しおりに会えば良いと、言うのだろうか。



正:「そうだな、…辛い事があったら、何時でも訪ねておいで。」


栞:「そんなのは嫌よ、私、そんな事で、おじさんを頼ったりしないわ、」


一瞬、彼女の握った掌が、震えている様に、…感じた。



栞:「でも、ありがとう。」



そう言って、しおりは、今にも泣き出しそうな顔で、…微笑んだ。

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