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エピソード03「迷子の子猫」

北ロンドンのフラット(アパート)に帰ってくる。

私の直ぐ後ろを、トコトコと可愛らしい女の子が付いてくるのが、何だか変な感じだ。



正:「ウチには何も食べるモノが無いからな、何か食べに行くか。」


栞:「当分お世話になるのだから、私が何か作りましょうか? 簡単な料理なら出来るわ。」


正:「折角だが、ウチには調理器具が無いんだ、私は普段料理しないからな。 それに、もう一度確認しておくが、此処に泊まっていいのは一週間だけだ。 一週間、ロンドン見物したら、それで家に帰るんだ。 良いね。」


栞:「おじさんは、この出来事ハプニングを、もっと前向きに考えるべきだわ、」


しおりは、ムスッと口を尖がらせて、…



正:「鍵は、一つしか無いから、明日、合鍵を作ってやる。其れ迄は家で大人しくしていてくれ。」


私は、少女の甘い匂いから逃げる様に背を向けて…



正:「この部屋を使って良いぞ、」


掃除の行き届いていない副寝室の固いドアを開ける。



栞:「何にも無い部屋ね、」

正:「家族が尋ねてきた時に使ってる部屋だ。」


畳んで、積上げたきりのマットと、シーツを、ベッドの上に敷き詰めて、



栞:「おじさんと一緒のベッドでも良かったのに、」


正:「私だって、何処迄も人畜無害って訳じゃないぞ、いい加減思わせぶりな冗談は止めにしてくれないか?」


それから、閉め切っていた窓を開けて、春の風を迎え入れた。





近くのパブで、ドラフトビールとミートパイを注文する、しおりはオレンジジュースとフィッシュ&チップス、


薄暗い照明と、歴史的建造物の様な内装、一寸がたがた言う、分厚い木のテーブルの上で、しおりはコッドの衣と格闘していた。



栞:「ところで、イギリスって、何が良いの?」


正:「さあね、考えた事も無かったな。 別に好きで来た訳じゃないし。」


私はきっちり1パイントに目盛り線の入ったビールのグラスを飲み干して、少女から目を逸らす様に、窓の外を眺める。



栞:「ロンドンって、楽しい?」


正:「どうだろうな、学生なら美術館か、博物館に行ってみたらどうだ? 全部無料で見られるよ。」


栞:「ふーん、面白そうね。 おじさんが案内してくれるの?」


正:「悪いが仕事を休めそうにも無い。 ガイドブックをあげるから、自分で見て回ってくれ。 地下鉄さえ乗れる様になれば、大抵の場所には行けるよ、これも人生経験って訳だ。」


栞:「おじさんって、人生の半分は無駄にしてるわね。」


私は、少し意地悪な微笑みを少女に手向けて、

しおりは、少し拗ねた様な膨れっ面で、私の顔をスマホで撮影する。



正:「そのスマホは、イギリスでも使えるのか?」


栞:「海外ローミングって言うのをやれば、使えるって聞いたけど、」


正:「そう、じゃあ、私の電話番号を教えておく。 それで、何か困った事が起きたら私に連絡するんだ。 それ位は面倒見てやる。」





次の日、

4月も終わりとなると、20時過ぎでもイギリスの空は昼間の様に明るい。 私は仕事帰りにセインズベリー(大手スーパーマーケット)で、暖めるだけで食べられる冷凍食品を幾つか買って、ついでに合鍵をこしらえる。


全く、自分でも変な事をしているのは十分に実感している。



正:「ただいま、」


返事は無く、…勿論期待した訳では無いし、案の定と言うか、しおりの姿は何処にも見当たら無かった。


特段、部屋から無くなったモノも無いし、

もしかすると、ふらっと、散歩にでも出かけたのだろうか?



正:「全く、何を考えてるんだ?」


まさか事件に巻き込まれるような事は無いだろうし、いざとなれば此処の住所も知っているから、慣れない土地で迷子になったとしても、何とか辿り着く事は出来るだろう



正:「結構、流暢に喋ってたしな、」


それでも、何だかソワソワして落ち着かない。 平静を装う為に、冷蔵庫からビールの小瓶を取り出して、栓を抜く。


それとも、別の飼い主を見つけて、さっさと此処を引き払ってしまったのだろうか?



正:「まあ、それならそれでも構わないさ、」


昨日、しおりが眠ったベッドに腰掛けてみる。 置きっぱなしのスーツケースの端から、バラバラに詰め込んだ衣類が零れ出していた。


どうやら此れっきり居なくなるつもりでは無いらしい。


探しにいこうか? いや何処へ? それ程遠くへは行っていないだろう。


それに、帰って来た時に、入れ違いで鍵が掛かった侭だと、困るだろう…


何だか、甘ったるい少女の匂いが、鼻を付いて、…思わず大人気無い事を、やってしまいそうになって、



正:「全く、面倒臭いな!」


私はビールを一気に飲み干して! 頭を冷やす為に、バルコニーへ出る。


ロッキングチェアの上で、子猫の様な女の子が、…寝息を立てていた。



どっと、疲れが、…降りて来て、

気付くと、改めてしげしげと、まるで黄昏のそらに朧げに輝きを放つ様な、その少女の顔に、見蕩れていた。



正:「君はどうして、こんな所に居るんだい?」


その時、しおりの瞳から、…一筋の涙が零れて、頬を伝う。


私は、何故だか急に怖くなって、出来るだけゾンザイに、女の子の肩を揺すって起こし、


しおりは、驚いた様に目をぱちくりさせる。



栞:「…ああ、…おじさん。」


それからしおりは、じとっと、私の顔を見つめる。



栞:「女の子の身体に、許可無く触るのは、…どうかと思うのだけれど、」


正:「あっ、ごめん!」


それからしおりは、全てお見通しよ、という風にやんわりと微笑んだ。



栞:「でも、お礼を言うわ、…実を言うと、怖い夢を見ていたの。」


正:「そうみたいだな。」


栞:「何処か、知らない街で、迷子になった夢、…」


正:「何だ、そのまんまじゃ無いか、…」


栞:「違うわよ、だって、現実ココには、おじさんが居るもの。」


しおりは、私に向かって、長くて細い、綺麗な指を差し伸ばす。 その仕草は、まるで子猫の、欠伸あくびみたいにしなやかで、…



栞:「忘れたの? おじさんは、私の指になら、何時でも自由に触れても良いのよ。」


私は苦笑いしながら、しおりを引き起こす。



正:「こんな処で寝てると、風邪を引くぞ。」


夕風は、まだまだ寒い

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