エピソード04「子猫の散歩」
あっと言う間に一週間が過ぎようとしていたが、どうやらしおりは何処へも出かけた様子は無い。
正:「全く、君は一体何をしていたんだ?」
栞:「色々と、考えていたのよ。」
しおりは、ソファーの背もたれ越しに、人懐っこそうな顔を向ける。
栞:「そろそろおじさん、情が移って、私の事、手元に置いておきたくなったんじゃない? 私、部屋も汚さないし、残酷な悪戯もしないでしょ?」
正:「駄目だ、今週末には日本に帰るんだ、チケット売り場にまで付いて行って、ヒースローのセキュリティに入る処まできっちり見届けてやるよ。」
本当のところは、毎日朝夕と、可愛らしい女の子が、愛想良く話しかけてくれるシチュエーションに、全く未練が無いかといえば、嘘になる。
しかし、これはお互いにとって安全の問題なのだ。 彼女は、何時までも見ず知らずの男の部屋に入り浸るべきではない。
栞:「あら、おじさんは、とっくに見ず知らずの男性では無いわ。」
正:「こんな風に、男の部屋に引き篭もっていても、何も良い事は無いって事だ。」
私は、暇つぶしに開いたノートパソコンの買い物サイトで、電子書籍の新刊をチェックしながら、抑揚の無い声で叱責する。
栞:「ねえ、明日はお休みでしょう? 私を何処かに連れて行ってくれない?」
正:「一日観光して気が済むなら、連れ出してやるよ。 何処へ行きたいんだ?」
しおりは、途端に元気になって、…ダイニングテーブルの私のすぐ隣に来て、パソコンのモニターを覗き込む。
栞:「折角だから、何か美味しいモノを食べたい。」
正:「おいおい、此処はイギリスだぜ。無茶言うなよ。 美味い物が食べたいなら、一刻も早く日本に帰った方が良い。」
栞:「じゃあ、何か感動するモノは無いかしら?」
正:「演劇かコンサートでも聴きに行くか?」
栞:「ミュージカルなら日本でも見たわ、」
正:「やれやれだな、それじゃあ、ぱーっとニューボンドストリート辺りでショッピングでもして、気分転換したらどうだ?」
栞:「うーん、そうね、もしもおじさんが、女の子とデートするなら、何処に行く?」
正:「日本食レストランで飯食って、落ち着いたホテルのバーで酒でも飲むかな。」
栞:「お酒って、美味しいの?」
正:「大人にはクスリだが、子供には毒だよ。」
栞:「ねえ、私、お酒飲んでみたい。」
正:「高校生には勧められないな、」
栞:「シャンパン位なら飲んだ事あるわ、」
正:「駄目、」
土曜日の午後、結局、しおりと私は、ロンドンの街を「遠足」する事になった。
サークルラインのタワーヒルの駅を上がる。
ロンドン塔の周りをぐるっと一周して、タワーブリッジの橋が上がるのを見物し、テムズ川沿いをプラプラと西へ、
栞:「良いお天気になって良かったね、」
正:「そうだな、イギリスにしては珍しい。それより、ロンドン塔の中は見学しなくても良かったのか? 折角来たのに。」
栞:「良いの、おじさんとこうして散歩できるだけで十分よ。」
軍艦ベルファスト号を横目で見ながら、とうとうロンドンアイを通り越して、
栞:「テレビで見たのと同んなじだわ。」
正:「流石に、歩き通しで疲れたんじゃないか? 何処かでお茶でもして休んで行かないか?」
栞:「全然平気よ、そんな事言って、本当はおじさんがくたびれちゃったんでしょう、…しょうがないから、はい、手を引いてあげる。」
そう言うと、しおりは、行き成り私の手を掴んで、ぐんぐん歩き出す。
恐らく20歳以上も歳の離れた女の子と、手を繋いで歩くなんて、…正直、何だか恥ずかしい。
しおりは、そんな事少しも気にしないかの様に、何だか、楽しそうにさえ見える。
やがて二人の距離は、少しずつ、どちらとも無く寄り添う形に、歩幅を合わせて、
ビッグベンを超えて、ウエストミンスター寺院の周りをぐるりと一周してから、セントジェームスパークに入り、少し開けた芝生の上で、しおりは漸く立ち止まった。
公園の芝生の上に、二人並んで腰掛けて、しおりが、鞄の中から水筒を取り出す。
栞:「お湯を入れてきたの、紅茶を飲む?」
正:「ああ、有難う。」
栞:「おにぎりも有るのよ。」
正:「気が利くな、何時の間に作ったんだ?」
木漏れ陽が風に揺れて、二人の隙間に降り注ぐ。
栞:「おじさん、見て! リスが居るわ、ほら彼処にも!」
正:「意外に人を怖がらないんだな。」
しおりは、子猫の様な野生の眼差しで、好奇心満点に、チョコチョコと走り回る小動物を追いかける。
私は、ぼんやりとそんなしおりの姿を見ながら、ふと、自分の息子がまだ小さかった頃の事を思い出していた。
やがて、しおりは「狩りごっこ」を諦めて、私の下に戻って来ると、ペタンと芝生にアヒル座りして、悪戯そうに私の顔を見つめて、ニヤニヤ笑みを浮かべる。
栞:「ねえ、おじさん、私にも、おじさんの身体に触れても良い権利をくれないかしら?」
正:「ナンダイそれ、」
栞:「おじさんの「足首から先を触っても良い権利」が欲しいの。勿論、無料とは言わないわ、代わりに、おじさんにも私の「足首から先を自由にして良い権利」を上げる。」
正:「何だか、怪しい取引だなぁ?」
栞:「良いから、ねっ、」
正:「まあ良いや、それで、何がしたいんだ?」
栞:「おじさん、靴を脱いで、それから靴下も、」
しおりは両足を投げ出した私の前に正座すると、裸足になった私の踝から、踵を、…滑滑して、ちょっと冷たい指で、揉む解す、
正:「ああ、気持ち良いな、…いっぺんで疲れが、取れるよ、」
栞:「そう、良かったわ、」
正:「君は、本当は優しい子なんだな、」
途端に、しおりは顔を赤らめて、口をへの字に曲げる、
栞:「そうでも無いわ、代わりに、おじさんにも、私の踵を揉んでもらうもの。」
そう言うと、しおりは、今度は自分のパンプスと、フリルの付いた靴下を脱いで、可愛らしい足の指を、しなやかに屈伸させる。
正:「君のヘンテコリンなルールに一体どういう意味があるのか知らないけれど、もしかしてそれは、私に触ってもらいたいっていう、遠まわしなお願いなのかな?」
栞:「そうとも言うわ。」
今度は、いい歳をした大人の男が、芝生の上に腰掛けた美少女の前に膝を付いて、真っ白なスカートから伸びる細くて美しい少女の踵を、マッサージする。
何だか、私は、神妙な面持ちになり、
何だか、しおりは、うっとりとした表情で目を閉じる。




