剣王の本③~秋博~
翌朝から俺は今日まで三ヶ月。ひたすたに歩きに歩いた。
旅車でもよかったんだが、鍛錬のためにそれはやめた。ちなみに旅車ってのは、馬と牛を足したような魔物、グアファクに幌をひかせたもののことだ。つまり幌馬車だな。
点滅する方へと旅をし続けたら一ヵ月半目で山脈を越えることになり、本当なら一ヶ月目でそこなんだが、やっぱ旅慣れてないし、戦いの経験も積みたいしで半月更にかかった。で、山脈越えに更に半月かかるとそこは雪国で。
(さみーなおい。キルトケン麓の村で防寒具買っといてよかったぜ)
『このサリダースは雪国だからな。特産品は鉱石で、主に魔法使いの媒介に使われている』
(魔法使いか。最初の頃に聞いたな)
魔法使いってのは、まあ説明すんのもめんどうなくらいそのままなんだが。ファイアとかブリザードとか、つまり攻撃系や生活系に補助系や癒し系、多岐にわたる魔法をそいつの向き不向きによって使えるんだと。
俺は実はまだ一度も会ったことはない。魔法使いはごく貴重で、大体は国に使えてるのがほとんだなんだそうだ。エリートってことだな。見つかると捕まって、保護という名の拉致監禁が始まるそうだ。おおこわ。そのうち洗脳されて、国の、というか王族の奴隷になるんだとか。
奴隷ってのも語弊があるか。いや間違いでもないんだが。頭にサークレットをつけられて、国から出ると締めつけられてそのままサクっと脳が真っ二つ。外せるのは人外な魔力を持つ者か、つけた本人だけだそうだ。
ちなみに俺に魔法使いの素養はない。だから、魔法使いが作った魔力石を使っての魔術しか行使できないそうだ。魔法使いは、魔力石がなくても魔法が使えて、魔力石を作ることもでき、魔術ってのは、その魔法使いが作った魔力石を素養のないものが使って魔法を行使することをいうらしい。
魔力石ってのは、魔法使いが付与した属性を持つ魔力の鉱石のこと。付与する前の状態の鉱石を無石、とよんだりもするそうだ。
生きとし生けるものや、その他生命のないものにも、この世界には魔力が宿っているらしいが、素養のあるものしか自由に構築して行使できないんだとか。それを、この世界に来て三日目に聞いた俺はがっくしきた。
だから魔法使いは、国お抱えで魔力石を生産する奴隷みたくなるんだとか。まあ、金のなる木ってことだな。流れの魔法使いってのもいるらしいが、そういうのは国の奴隷から逃れるために設立された、魔法使いギルドに所属しているのがほとんどだそうだ。
ギルドは世界各国にあり、俺の所属している冒険者ギルドと同じで、各国ともギルドには不干渉。だから、魔法使いギルド所属の魔法使いには手出しできないのだとか。
(キリトケンは秋だったのに、こっちは万年雪国、冬か。季節ってはっきり分かれてんのな)
『主の国は四季とういうのがあるのが逆に不思議だな。こちらでは役割がはっきりしているからな。秋は土。冬は水。他国にも別の役割があるが』
(大体想像つくし、それはまた後でいいや。最初の頃にも少し説明あったしな)
『わかった』
キルトケンは秋国で、俺が最初にこちらの世界に降り立った国の名だ。その右隣に縦に連なる山脈を越えると、今いるここ、サリダースの国に着く。腕輪の点滅も次第に強く、早くなってきてる。
地図を見たところによると、もう少し東に行ったところで王都サリダースに着く予定だ。
途中のイングスって街で買出しをして、また歩く。もうかなり近い。俺は少し胸が高鳴った。だってそうだろ。もうすぐで、初、俺外の本の所持者だ。どんなやつなんだか。それに、もう既に本は証に変わっているのかも気になる。本自体にそれぞれクセがあって、そうそう証には変わらないらしいが。
剣王の本いわく、俺は運が良いらしい。自分で言うなって感じだが、剣王の本は良い本なんだとさ。まあ、護衛依頼や討伐系を積極的に勧めてくるあたり、正義感の強そうな本だとは思ってたけどな。そもそも、今更だが、本に性格っていうか、自我があるのが面白い。
「ぎゃあ!」
(なんだ?)
『人の声だな。女。あの悲鳴からさっするに、何者かに襲われたか』
(女! じゃあ助けないとだめじゃん!)
『……主』
ここからそんなに遠くない。一〇〇メートルくらいか。剣王の本の声はほっといて、俺は声のする方へ駆け出す。一応、騒ぎの場所に近づくと、そっと木の陰に身を隠す。襲われているとは限らないからな。
……いや、女の子だ。女の子がガルムに襲われていた。しゃがみこんで何かをしている。
(あれって、本! まさか)
『襲われていたのは、本の所持者のようだな』
どうする。相手が本の所持者ならば話は別だ。助けずとも自力でなんとかするだろ。それに、もしなんともならなくても、その後本だけ回収すれな済む話だ。俺はこのまま隠れていればいい。
だけど。
(あの格好、もしかして俺と同じ?)
『同じ、とは? そういえば主の世界の少女がよく似た格好をしていたな』
(ああ。あれは、制服だ。学校の)
俺の学校の女子の制服とは違うが。あれはセーラー服だ。おれのとこはブレザーだし。
どうする。こっちの世界に来てるってことは、少しは本と意思疎通しているってことか。見たところ、証にはなっていないみたいだが。
「ない、どこにもない、なんで!」
女の子が焦って本のページを捲っている。ないってことは、あの本、だんまりか? だが、本の所持者を連れてきといて、こんな時にだんまりって。
(なにしてるんだ、あの本は)
『あれは……悪魔の本だ』
(悪魔?)
『悪魔の本は、我ら本シリーズの中でも善悪でいえば、悪の方に位置している。あれの所持者になったものは、皆、非業の死を遂げているという。あの様子では、おそらく意思疎通もできていないだろう』
(マジで。なにもわかってないってのに連れてこられたってのか)
悪魔の本。非業の死。いいのか、本当にこのままで。
「どうしよう、どうしよう」
(くそ!)
俺は足元に落ちていた石をガルムの後頭部にむかって投げつけた。それはクリーンヒットし、警戒したのかガルムは逃げていく。女の子はほっとした様子で辺りを見回していた。
『主』
(言うな。俺だってわかんね。けど、つい手が出ちゃったんだよ)
それに。
(決めた。まだの本は奪わない)
非業の死を遂げる本なんて、すぐに奪うべきじゃないだろ。あれを手にして、俺が死なないとは限らない。なら。あの子に、奪う時まで持っていてもらうのが得策じゃないか。おそらくそれが最善のはずだ。
『ふむ。たしかに、相手があの悪魔の本となると、おそらく、こちらにも気づいていることだろう。それでいてなにも所持者に伝えていないとみたところ――』
(つまり、なんか企んでるってことか)
『だろうな』
やっぱあの本は危険だな。
(要、様子見、だな)
それから女の子は、一〇キロメートルほど歩いたところでテントを組み立て始めた。あれは結界付きのテント、魔法具だ。本の説明もなしに、よくあんな装備入手していたな。なにか違和感を覚える。あの子は本当になにも知らないのか。いや、知らないはずだ。でなければあんな場所でテントを広げるはずがない。
普通、結界付きのテントは木の上で使用するものだ。そうすると、空中に地面ができ、円形で結界が発動する。今のままじゃ、テント自体にしか効果がない。何かを知っているとすれば、あんな使い方するはずがないんだ。
じゃあ、なんなんだ、あの子は。
がさがさがさ、ざざ。
(ガルム!)
『囲まれたな』
女の子がいるテントがガルムの群れに囲まれた。ああ、あれではもうだめだな。いくら俺でも一〇匹ほどのガルムを一度に相手にするのは――。
「い、犬たちを殺す。犬たちを殺すイメージ!」
そう思って諦めかけた時。女の子がテントから飛び出してきて叫んだ。すると、女の子に飛び掛る寸前で、竜巻が起こり犬たちを吹き飛ばす。なんだ、あれ。何が起こったんだ?
『魔法使いか!』
(魔法使い? まさか、あの子がやったのか?)
それからも飛び掛るガルムに、女の子は二の腕をやられる。魔法使い。なら助けなくても。いや、でも怪我をしている。初めてみる魔法使い。しかも俺と同じ世界から来たと見られる女の子がだ。やはり助けよう。そう思ったら。
「しっ死んで!」
すると、ガルムが死んだ。鋭い刃で幾度も体中、一気に切りつけたかのように血が噴出して。その血は女の子に雨のように降りかかる。俺も今までたくさん殺してきたが、あれは、ひどい。思わず吐きそうになった。
『気を失ったな』
(あ? ああ、そう、だな)
剣王の本の声で気づくと、女の子が血まみれで倒れていた。ショックが大きかったんだろう。そりゃそうだよな。目の前であんな殺戮ショーが起きれば。しかも、やったのは女の子自身だし。
しばらく呆然と女の子を見ていたが、は、と気づく。今のうちだ。
(今のうちに核を取り出そう)
『さすが主。抜け目がない』
(いいんだよ。世の中は金で動いている)
魔物には核がある。いわゆる人でいう心臓だ。核は魔力の塊みたいなもので、俺たち人が魔力を使いすぎて補給するときに使う。つまり、ゲームでいえばエーテルだな。これも資金繰りにいい。自分でも使えるし。俺は一〇匹全部から核を取り出してバックパックにしまった。
それからしばらくして、女の子が服を着替えて出てきた。あれは男装だな。服まで入手していたのか。二の腕を見ると、応急処置はしているようだ。少しほっとした。
(あ? なんでほっとすんだ俺)
『どうかしたか、主』
(いや、なんでもない)
しかし、用意周到にみえて、結構間抜け、というか肝心なものの使い方を知らないんだな。あのテントとか。この先大丈夫なのか?
お、そういえば、この先は……ラルスムだな。あの街を通れば王都サリダースはもう目の前だ。先回り、しとくか。
(どうやらなにも知らないようだし、あの子をパーティに誘おうぜ。で、隣で見張るんだ)
『悪魔の本の動向が危険だが、今のところはそれしかないだろう』
(ああ)
爽やか系イケメンでやっていくさ。