第三十五話
ポールアームに着いて二日間のロス。だけど魔法使いギルド的には九〇日の猶予を得て、私は今ポールアーム山の登山道に来ていた。魔力石の納入依頼はすぐ終わるからいい感じ。
「ここに来るのも二回目かあ」
前はアキアースと一緒にここを登ったんだよね。
あの時は私は初登山で途中で疲れ果てて眠っちゃったんだった。今回はそんなことがないようにしっかりと歩いていこう。どうか神の本がシグルドさんの手に渡っていませんように。
ええとたしか、歩幅は三〇ルジレで足は余り高く上げずにゆっくり歩いていくのがいいんだよね。
「きょ~うのて天気はいーいてんき~。あっさからお散歩楽しいな~っと」
本日は快晴。雲も一つないすばらしいお天気だ。この分なら半日頑張れば夕方過ぎには着くかなあ。
私は前にアキアースに教えてもらったとおりにゆっくりと歩いていった。前はそんな余裕がなかったけど、周りをよく見てみると結構薄暗い。木が密集してるからなんだなあ。あ、あの葉っぱ大きい。あっちのはギザギザしてる。
今が一番余裕のない状況なのに、なんだか不思議。心が落ち着いてくる。森林浴みたいな。私は大きく深呼吸をする。森の香りってこんなにいい匂いだったんだ。はあ、落ち着く。あ、そういえば登る前に体操するの忘れたよ。しちゃくちゃ。
今は私の他に誰もいないからラジオ体操にしちゃおう。腕を前から上に上げて大きく背伸びの運動から。いち、に、さんし。次は手足の運動。いち、に、さんし。腕をまわして外回し、内回し。う~ん、気分いいなあ。こんな大自然の中でラジオ体操なんてなんか得した気分。よし、最後は深呼吸。深~く深く。すーは~すーは~。こんなもんかな。
じゃあ登山を頑張ろう。
太陽が真上にきた頃、私は何事もなくおよそ半分辺りまで登ってきていた。そろそろお昼食べようかな。この辺りでよく休憩をする人が多いのか、ちょうと木々がぽっかりと空いたところがあった。
「はー疲れた~」
念のために魔道具のテントを出して上へぽんと投げると、ばふんとテントが組み立った。ふわふわと浮いているそれから1本のロープが垂れていて、私はそれを掴んで登りきる。これで魔物の心配はないね。
シグルドさんの廃墟の隠し地下室から貰ってきた簡易携帯食料をぼそぼそと齧る。あ、これはドライフルーツ入りなんだ、美味しい。
簡単な食事を終えて、私はテントを畳んで魔法使いギルドの証ににしまうと、また歩き始める。
だけど、数リも経たないうちからなんだか雲行きが怪しくなったきた。山の天気は変わりやすいっていうけど、もしかして降るのかな。
どんどん集まってくる雲がなんか憎たらしい。結局三〇〇ジレくらい登ったところでぽつぽつと雨が降り出してしまった。
ああ、まだあんなに距離があるのに。
仕方ないか、今日はここまでにしよう。雨の中を進むのは危険だし。これで魔物に遭遇しちゃったら、戦うのに足を取られたりするかもしれないし大変だもんね。
「ふああ、眠い」
まだ時間は十四リレくらいなのに歩きどおしで予想以上に疲れてたみたい。私はまた魔法具のテントをだして、テントの中に入るとすぐに眠ってしまった。
翌朝。
雨はすっかり上がって空は快晴。今日中にポールアーム山の山頂につかないとね。
ゆっくり歩きつつもなんとか山頂に着いたのはお昼をまわったころ。食事とってないけど、ここで食べたら見つかっちゃうかもしれないし我慢しよう。
そうっと登山道を外れて森の中から祭壇を覗いてみると。
アキアース! が祭壇周りをぐるぐるしているところだった。シグルドさんの姿は見えない。もしかしてもう神の本取られちゃったのかな。うーん。
しばらくアキアースの様子を見ていると、彼は登山道とは逆方向に道なき道を歩き始めた。なにかあるのかな。私は跡をつけようと思ったけど、まずはアキアースがいなくなった祭壇を調べてみようとそっちに先に行くことにした。
「やっぱりなにもないか。来たのか来てないのかどっちなんだろう。シグルドさんはどこに行っちゃったのかな」
その時。
「てめえ、シグルド! さっさと姿を現しやがれっ。でないと殺すぞ!」
怒声が聞こえた。
あれ、あの声ってアキアースだよね。なんか人が変わったみたいに柄が悪い。
私は急ぎ足で声の聞こえたほうに向かうことにした。なんだろう。シグルドって言ってた。もしかして喧嘩してるのかな。
だけど殺すとか大げさな……ううん。違う、これ、本気だ。だってアキアースはアマンダさんのことも。だめ、止めなくちゃ。これ以上誰かを殺して欲しくないよ。
だけど。
「がぁ……は、あ」
聞こえてきたのはシグルドさんの苦しそうな声だった。
ああ。そんな。アキアース。
「ふん、最初から証を渡していれば死ぬこともなかったのにな、可哀想なやつだ。ああ、お前がさっき言ってたことだけど、天使の本が自らの力で人を死に追いやることを許すと思うのか。俺の予想じゃそんなことはしないはずさ。そうだろう。どうだ、天使の本さんよ。これでもうシグルドはお終いだ。世界の維持をするためにはわがままを言ってる場合じゃないんじゃないのか……よろしく、天使の本。じゃあ俺はカナのところへ戻るか。今からじゃ戻っても二月経っているだろうからどうなっているかはわかならないけどね」
「そ、そんな……ばかな……」
「おやすみ、シグルド」
まるで別人みたいなアキアースがそこにいた。シグルドさん……止められなくてごめんなさい。
「それで、悪魔の本はこれか。あ? 持ってるだけじゃだめ? なら尚更カナを探さないといけねえじゃん。まあどっちにしろ探すつもりだったからどっちでもいいが」
なんだか誰かと話してるみたい。会話しているんだけど、相手の声が聞こえない。一体誰と話しているんだろう。
「ん? へえ、なるほど。なら試してみるか。箱を開けるぞ……と、わ! しまっ!」
アキアースが箱を開けるとそこには悪魔の本が! やっと見つけた……え、え? 消えちゃった。どこに行ったの悪魔の本。
これじゃまら探さなきゃいけないじゃない。しかも今回は手がかりなし。ああ、がっかり。私は深い溜息をついた。
だけど。
あれ、なんかくる感じ。なんだろう。
『よお! 俺の所持者、カナ。元気だったかあ』
「えっ、なに」
私は小声で声を上げた。
『ばあか、しゃべるんじゃねえよ! あいつに気づかれるだろうが、といってももう感知されてるかもしれねえが念のためだ』
「そんなこと言っても、どうすればいいのかわからなし」
『声に出すんじゃない。頭で考えるんだ』
頭で考える? 頭の中で話すようにすればいいのかな。
(頭でって……こう?)
『そうだ』
(うわ、なんか変な感じ)
『そんくらい我慢しろよな。で、だ。あいつから逃げるぞ』
(どうして? 逃げる必要なんてないじゃない。私はアキアースに聞きたいことがあるんだから)
『ああ? ばっかかお前! さっきの見てなかったのかよ。天使の本の所持者が殺されたんだぞ。こんなとこにいりゃあお前も殺されんぞ』
(そんな、こと。そんなことないよ。だってアキアースは私のこと探すって言ってたじゃない。きっと何か用事があるんだよ)
そうだよ、私のことをアキアースが殺すなんて考えられない。そんなこと、あるはずないんだ。




