01-01.<エピローグ>目覚め
鼻をくすぐるのは、ひどく乾燥した土の匂いだった。
遠くからはメェメェという羊と、うちで飼っているロバの鳴き声が聞こえてくる。
聞き慣れているはずなのに、なぜかどこか客観的に聞いてしまう言葉でのやり取りがうっすらと響いていた。
泥レンガで造られた壁のひんやりとした空気が、頬を撫でる。
起きたら、自分の家のいつもの知っている天井が見えた。
ここは家の子供部屋だ。
「あれ、家か……」
のっそりと起き上がろうとして、ズキリと頭が痛むことに気づく。
「…いててて……あれ、なんで僕、家で寝てるんだろう……たしか学校で、拝受の儀をしていたような……」
額を押さえながら、少しずつ記憶の糸をたぐる。
「ええと、ここは…そうか、僕はトッシュだよ…な?」
そう、オイアクス村の農家、トルスノフ家のプラートの子、トッシュだ。
去年の今頃、春頃から村の初等学校であるマクタブに通い始めて、1回冬を越したころだ。
先生からようやく待ち望んだ魔法の章に進めようと言われ、ついにずっと楽しみにしていた『拝受の儀』に進むことになったのだ。
それは、この辺の国で信仰されている宗教の、ある一節を神へ祈りを捧げながら読み上げることで、自分の魔法適性や属性を神から賜る大切な儀式。
「・・・思い出した。そうだ、僕はその一節を読み上げたんだ。そして魔法の適正があると頭の中で声がして……やった!!魔法が使えるぞ……」
「いたたた・・・」
腕を上げて喜んだら、また痛みが出てきてしまった……。
「そのあとどうなったんだっけ…」
魔法適性や属性の声が聞こえてきた後、たしか…自分の中に「たくさんの知識や記憶」が一気に頭の中へ流れ込んできたことがわかった。
一瞬のことでひどく驚いたのと、膨大な量に小さな脳が耐えきれなかったのか、僕の意識はそこでプツンと途絶えてしまったのだった。
・・・そして、今に至る。
窓の隙間から差し込む光の加減からして、どうやら丸一日以上、気絶して眠り続けていたらしい。
「たしか魔法の章の1節を読み終わった頃に色々頭に入ってきて……あれ、ぼくはオイアクス村の……プラートの子、トッシュ……だけど……」
そう自分のことを考えた瞬間、再び頭の中に「僕ではない誰か」の様々な知識や経験、考えがフラッシュバックのように入り込んできて、激しい頭痛に襲われる。
「痛っ、うう……」
布団の上で頭を抱え、再び意識が遠のきそうになるのを必死にこらえる。
改めて起き上がった僕は、自分が魔法を授かったことと同時に、別の男の考えや知識などが頭の上の方にモヤモヤと存在していることを理解し始めていた。
(別の男は……恐らく三十歳くらいの男性……名前は……よくわからない……でも、見たことも無いようなところで生まれ、生活をしていて、たぶん……『ニホン』というところだ……)
土の家も、羊の群れもない、天を突くような高い建物が並ぶ街。
夜でも太陽のように明るい光。
ギラギラしていて、なんだかちょっと怖い世界だ。
(都市というか……見たこともないようなすごく高度な生活を送っていた、というのは頭に入ってきてわかった……なんだこれは……)
僕は、トッシュという少年でありながらも、別の人格や知識が自分の中に居座ってしまったということを、なんとなくだが理解できていた。
その時だった。
部屋の隅でモゾモゾと動く気配がした。
食事を終え、寝るために入ってきた双子の弟たちだ。
彼らが、僕が起き上がっていることに気づいた。
「トッシュにい!」「兄ちゃん!」
「「起きたの! 大丈夫!?」」
左目の下にほくろがある次男のハッサンと、右目の下にほくろがある三男のフサンが、駆け寄ってくる。
「ごめんよ、二人とも。心配かけたようでごめん」
二人の顔を見ると、なんだかすごく安心した。
二人も、どうやら丸一日も寝ていた僕を見て、すごくセンチになっていたらしい。
二人の大きな目には、涙がすこし浮かんでいた。
「父さんやお母さんはいるよね……ちょっと呼んできてほしいな……」
まだ立ち上がるほど気力がない僕は、二人の頭を撫でながらお願いをした。
「「うん、わかった!」」
目をこすりながら、二人は元気よく階下に向かっていく。
「おかーさんーー!!」「こらあんまり大きい声を出すな!」
元気に大声を出しているフサンと、それを注意するハッサンの声が下から響いてくる。
ドタドタと慌ただしい足音がして、食事を終え就寝の準備をするところだったであろう父親のプラートと、夜ご飯の片付けをしていたであろう母親のムフバットが子供部屋に入ってきた。
「トッシュ! 元気になったの? 大丈夫なの!?」
母親が慌てて近寄ってくる。
「大丈夫、お母さん。心配かけたようでごめん」
「いいのよ。身体は大丈夫? お腹はすいてない?」
「うん……ちょっと頭がまだフラフラして、少し痛いかな……お腹はすいているけど……今はちょっといいかな……」
「わかったわ……じゃあ、お水くらいは飲んでちょうだい。いま下から水を持ってくるわね。あなた、ちょっとの間おねがい」
母親はそう言って、足早に階下へ戻っていった。
残された父親は僕の顔を覗き込んだ。
「トッシュ、お前が倒れたときのことを覚えているか?」
「……うん。たぶん、拝受の儀のときだよね……大典の魔法の章を読んでいたら、色々と頭の中に入ってきたんだ。そしたら頭が急に痛くなってきて……」
そう答えていると、下から水を持ってきた母親が近づいてきた。
「はい、トッシュ、お水よ。無理しないでいいからね」
「うん、ありがとう」
僕は差し出された茶碗を見た。
村の土で作られた、茶色の素焼き土器の茶碗だ。
水などの飲み物を飲んでいるいつものだ。
その中には、なみなみと水が注がれていた。
僕は無意識にそれを飲もうとする。
その瞬間――。
『この……水は……飲んではダメだ……!! 菌が……!!』
「っ……いたたたッ……!!」
水を飲もうとした瞬間、吐き気とともに強烈な警告の声が響き、急激に頭に激痛が走った。
水が入った茶碗を手から落としそうになる。
危ない、と横にいた父親がすかさず手を伸ばし、茶碗を支えて近くの床に置いてくれた。
今は、この水を飲まないほうがいいかもしれない。
なんとなくだが、そう確信した。
あの水を遠ざけた途端、頭の痛みが少し和らいだからだ。
「今日はまだ疲れてるんだ。どうしても水を飲まないとつらいというわけじゃないんなら、もう少し休みなさい」
プラート父さんが言った。
「今日ももう遅いし、明日、また話を聞こう」
「……うん、そうする」
そう言って、僕は再び眠りについた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
新しく小説を書いてみました。
現代でいう中央アジアの文化などが好きですが、あんまりそういうのをテーマにした小説は多くないので、もう自分で書いちゃえと思い書き始めた小説です。よろしくお願いします。




