ありがとう、サイゼリヤ【みんな、どこかで】
私は「京都グルメフェア」でのフードライターの仕事を終え、サイゼリヤで琴乃さんを待っていた。
琴乃さんはグルメフェアに芸妓として登場し、PR活動に引っ張り回されていた。かなりお疲れだと思うけど、だからこそサイゼに行きたいって言ってた。今日は客と芸妓ではなく、完全にプライベートで会うことにしたんだ。私たちはあれから、だいぶ仲良くなれた。
あ、琴乃さんが来た。芸妓さんは舞妓さんと違ってかつらを被るので、もう髪型は自由にしていいのだ。今日は髪をおだんごに結って、お着物を着ている。
「貴美子はん、えらい遅なってしまいました」
「いいのよいいのよ。何食べる?」
「喉乾いたから、とりあえずドリンクバー飲みたいどす」
「メニューは後から決めようか。とりあえずドリンク頼も?」
* * *
ちいはわのぬいぐるみが袋にぎっしり詰まっている。もう何体目だよ。
「並べてインスタに上げてたらねー、テレビ局に取材申し込まれちゃった。私、その番組で〝UFOキャッチャーの女神〟って呼ばれるんだって」
「えー……美琴にはあんまり目立って欲しくないなぁ」
「何でよマッキー。妬いてるの?」
含み笑いをする美琴に甘ったるい視線を投げかけられ、俺は真っ赤になる。
「なっ、何だよ?急に……!」
「ねえ、いつ告白してくれるの?私、ずっと待ってるんだけど」
「!?!?!?」
「何注文する?ミラノドリア?」
「え、ちょっと待って。告白……!?えーっと、美琴、俺……え?どーゆーこと!?」
* * *
いつもはひとりで来るサイゼだけど、今日は娘と一緒だ。
「お父さん、私、美大に行きたいんだ。そしたらお母さんやおじいちゃんおばあちゃんに反対されたの。女がそんなところに行ってどうするんだ、って……」
元妻の両親は、進学に理解がなかったからな。元妻もそれでとても苦労したと聞いたことがある。それがこの令和の時代にまさか孫へ飛び火するとは驚きだったが、相談された以上、娘の進学は叶えてやりたい。
「お父さんは協力するよ」
「……ごめん。都合のいい時だけ、金銭面で頼る形になるけど」
「遠慮するな、それとこれとは話が別だ。君は俺の、たったひとりの娘なんだから」
「……ありがとう」
いっときは俺を突き放した娘。時にそれを苦々しく思い出すこともあったけど、今はもうそんな感情とはサヨナラしている。孤独に苛まれた時、血縁はやっぱり大事だと実感したから──
* * *
「小坂先生です」
編集者の大石に紹介されて、俺はぺこりと頭を下げる。
「で、こちらが新人の苫米地先生」
苫米地先生もこちらに頭を下げた。彼はまだスーツ姿も初々しい社会人一年目だが、ライトノベルの新人賞で大賞を獲ったらしい。
「む、〝無限スライム〟の小坂先生に会えるなんて、夢のようです……!」
実は俺も別のペンネームを使い、苫米地先生が受賞したのと同じ新人賞の佳作に滑り込んだ。どちらにせよ出版は確約なので、これからはライバルになる。大石曰く……大石が俺の担当だったと聞いて、苫米地先生がどうしても俺に会ってみたいと頼み込んで来たそうだ。多分だけど、大石はこの機会を通して俺に何か伝えたいんじゃないのかな。初心忘れるべからず……的な、そんなようなことを。
「最近は現代を舞台にしたラブコメが花盛りですからね。読みましたよ、苫米地先生の〝君の眼鏡は全てお見通し〟を」
「あ、ありがとうございます!いきなりですけど……どうでしたか?〝君眼鏡〟は……」
俺は前のめりになった。
「あの〝旬さん〟とかいう主人公、最高でしたね!ああいうぶっ飛んでるけどどこかにいそうな主人公を書き切れるのは、先生に自力があるからですよ──」
* * *
「朔太郎さんは定食屋さんなのに、何でサイゼに来るようになったの?」
私と夫と朔太郎さんは三人でサイゼを囲んでいる。朔太郎さんは言った。
「サイゼリヤに……滅茶苦茶世話になったからな、俺は」
「?」
「だから……定休日の水曜にこうして感謝のサイゼ祭りを催しているっていうことだ」
「?」
「まあいい。佳代子さん、啓介さん、今度うちの定食屋に来い。味噌汁をサービスするぜ……」
* * *
「和義、一緒に撮ろ。はい、笑顔ー」
今もたまにこうしてサイゼで写真を撮る。今日は私と和義が付き合って三年目の記念日だ。
二人で「KAZU」デザインの服を着て写真を撮る。今日は髪をピンク色に染めたから、別のお店で眉も同じ色に染めて貰った。同色のアイブロウも買ったよ。
そのピンク髪に合わせたメイクもばっちりだ。全部「KAZU」の服を着こなすためだよ。
「愛良、今日は何食べる?」
「うーんと、スイーツバイキングしたい」
「サイゼはどの世界のスイーツバイキングよりもお得だからな……」
「あと、ドリンクバー!ここのカフェラテ、全カフェラテの中でも一番好き」
和義は「KAZU」一号店をこの近所にオープンさせるの。今日は、このあと店内のレイアウトを視察に行くんだ。
彼の夢が叶う瞬間……それが、すぐそこまで近づいているんだ。
* * *
今日も真尋ちゃんと待ち合わせる。
真尋ちゃんも今年は高校受験なんだ。勉強で分からないところがあるから教えてくれって頼まれた。私は中高一貫校に通っているから受験はない。だから、あの子よりちょっと時間に余裕があるよ。
真尋ちゃんは塾に行くお金がないらしい。だから通信教材で学校の復習を頑張ってるんだって。
「京香ちゃーん」
「あっ、真尋ちゃん。こっちこっち」
ドリンクバーを注文して、真尋ちゃんはノートを広げた。そしてペケのついている部分を私に見せる。
「ここでつまずいてるんだ。京香ちゃん、分かる?」
「ああ、これには公式があるんだよ。数学でつまずいたら教科書さかのぼって。絶対答えがあるから」
「公式あったの!?どこで見落としてたんだろう……」
「大丈夫、今やれば取り返せる。逆に今気づいてよかったよ」
それから、私は学校鞄から資料をどっさり取り出した。
「真尋ちゃん、はいコレ。前に言ってた、授業料免除がある学校の一覧だよ。ママが用意してくれたの」
真尋ちゃんは目を輝かせた。
「あー!前に私がちらっと言ってたやつ!」
「大抵の大学は成績トップになんなきゃ免除にならないらしいよ。けど、勤務すれば授業料が免除される医療系大学が結構あって、真尋ちゃんにはそこがお勧めだってママが言ってた!」
「へ~!医療系の学校にはそんな制度があるんだ……!」
そうだよね、真尋ちゃんだって進学を目指してるんだ。私も負けていられないな。
* * *
今の二人は、何も余計なことを考えずサイゼに行ける。
また高級ワインを開けちゃおう。エスカルゴだって頼んじゃうもんね。
「式場は決まったから、あとは親族顔合わせだね」
友章さんがそう言って、本当に嬉しそうに笑っている。最近の私たちは、結婚に向けて打ち合わせの日々だ。
友章さんが彼の親の病院を継ぐことになって少し結婚の時期がずれてしまったけど、ようやくここまで辿り着けた。
資料をどさどさと気兼ねなく開けるのも、サイゼリヤだからだ。だいたいゼクシィがぶ厚すぎるせい。何でブライダル関係って、資料をこんなに重くしちゃうんだろう。
「あと……こんなの貰って来た」
最後に広げられた資料は、婚約指輪のパンフレットだった。よかった~友章さんが勝手にデザイン決めて勝手に指輪作って来る派の男だったらどうしようって、心配してたんだ。婚約指輪のデザインは、絶対使う側の私が決めたかったの。男性側から指輪サプライズプロポーズなんて、もってのほかだよね!
「……どれにしよう」
「まずは行く店を決めようよ。ここは永年無料サービスで号数いつでも変えられるって。で、ここは……」
私はダイヤモンドの夢を見る。もうすぐそこに、その日が近づいているんだ。
* * *
「私ねー、ソーセージピザがいいなー」
「じゃあ私はリブステーキとライスにしちゃおっかな~」
今日は彩菜と私、ふたりで食べる。夫は今日も仕事らしい。
でも、彩菜はもう小学生一年生。すっかりお姉さんになり、日常で泣くことはほとんどなくなった。その代わり、口がめちゃくちゃ達者になったけど……
彩菜はドリンクバーのボタンを押すのが大好き。最初に連れて行ったときは「魔法みたい!」とはしゃいでいた。こんなことで魔法って言ってくれるなら、ママ何度も連れて来ちゃうよ。
「でね~茉優ちゃんに掃除しろって言ったんだけどぉ~ふざけてやってくんないの~ヤバくな~い?」
口調も立派なもんだ。本当に子どもって、成長著しいな。
二人で楽しく食事をすると、お会計に向かう。今日もサイゼリヤは混雑しているなぁ。大学生、中学生、お着物のお嬢さんに仕事終わりのサラリーマン、それから家族連れ、カップルにシニア。みんな、それぞれ好きなものを食べている。
サイゼの外に出ると、秋風がびゅうと吹き抜けた。彩菜の小学校の運動会が近づいている。この子はどんな走りを見せるんだろう。
「ママ、また来週サイゼ行きたい」
「また~?」
「いいじゃん、どうせパパ出張でしばらくいないしさ~」
「そういうことを言うんじゃありませんっ」
とは言ったものの、パパのいない日を見計らってサイゼ通いしているのは、彩菜と私だけの秘密。
だって美味しいし、安いんだもん……
「ママ見て!お月様キレイ!」
彩菜が夜空を指さしている。ああ、本当だ。満月のまんまるお月様だ。
「お月様、どこまでもついて来るね~なんでかな?」
二人、月の方角に向かって歩き出す。彩菜がそうっと手を繋いで来た。
この子はいつまで私の手を握ってくれるんだろう。本当に、あと少しの期間なのかもしれないな。
来週もこの子と手を繋いで行こう。
誰もが行ける、誰もが知ってる、どこにでもある、あのレストランへ。