シュッペルハイト号 その3
ヨハンネは大切な父親を失ったが自分にはまだやるべきことがある。ミネルヴァの励ましもあり、久々に太陽の光を浴びる気分になれた。中庭に出る。そこで椅子に座り、本を開いたが、間に挟んでいたしおりがあのときのページで止まっていた。それは父親が死んだ日だった。それには少し辛くなってしまったが、自分の後ろに控えているミネルヴァに悟られないように、装う必要があった。彼女を心配させたくない。平常心を保つため、息を大きく吸い、ゆっくりと吐いた。
いつもの日常をヨハンネは取り戻そうとした。そんな彼の姿をミネルヴァは見つめるだけだった。
ハルトはロベッタにこき使われていた。理由は、ミネルヴァがロベッタに告げ口をしたからだ。ハルトが以前、ぶどうを盗もうとした事をバラしたのである。ハルトはミネルヴァが嫌がらせしていると言っていたが、ヨハンネから見ると彼女はそんな気はなく嘘をつくのが苦手なだけ。
ヨハンネ妙な違和感を感じ、本を卓上に置くと、市街地が見下ろせる場所に移動した。ニブラスの街から、どんよりとした空気が風と共に流れて来た。普段は海の潮風と緑の匂いだったが。今日は違う。ミネルヴァも何かを感じ取って、眉を顰め、訝しむ。
(――――――――ちょうど、新しい本も買わないといけないし、ついでに市街地の様子でも見に行くこうかな)
心の病で数日間、寝込んでいたため、足元がおぼつかない。思わず、倒れそうになった。ミネルヴァが歩み寄り、すかさず、受け止める。ヨハンネは申し訳ないような顔で謝辞する。
「ありがとう」
「ご主人様。大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。少しふらついただけだよ……。それよりこれから市街地に行きたいんだけどいいかな?」
「それはなぜですか?」
「少し街の様子を見たいんだ」
ミネルヴァは外出は止めさせようと考えたが口を噤んだ。彼女も街が気になっていた。
「……畏まりました。ではハルトも連れて行きましょう」
「なんで、ハルトまで?」
「彼の役目です。いざという時には、ご主人様の囮か、矢避けくらいにはなりそうですから」
ヨハンネはハルトが人盾としては使われるのを頭の中で想像する。苦笑いでミネルヴァを見た。
「そんなこと、よく平気な顔でいえるね……」
「なにか問題でも?」
「いや……ないよ……」
ヨハンネとミネルヴァそれとハルトはニブラスの中央市街地に向かい行きつけの本屋に足を運んだ。
「これは、これはヨハンネの坊ちゃん。具合を良くなったのですね?」
「えぇ。まぁね」
ヨハンネはそれに素っ気ない返事で会釈する。
(――――――――――カエア戦記か……)
英雄王の死後、それを支えた女騎士の話。新しい書物だった。ヨハンネはなかなかの興味をひかれる。
(――――――――――他には、これは古文書?竜の生態は実に面白そう)
ヨハンネが本を選び始めたときは、誰からの話しかけにも聞く耳を持たない。というより、聞えていないのだ。ミネルヴァはそれを知っているので、彼の背後で怪しい者が近づかないように警戒をする。彼女は無言で主を待つ。だが、ハルトは詰まらないのか、足がだるいのか、そのままその場でしゃがみ込んだ。
それを無視るミネルヴァは何かを感じ取り辺りを見渡し始める。それに気がついたハルトが怪訝そうに尋ねた。
「どうした?」
「……街の様子がおかしい。重々しい空気が流れている……息が詰まりそう」
そう言うと、近くにある大通りから隊列を組んで、ものものしい雰囲気を出している兵士らが通り過ぎる。
「もたもたするな! 敵は待ってはくれんぞ」
「全体駆け足!」
兵士らに号令がかかる。足踏みが速まった。先頭列を馬に跨り進むのはローズ騎士団だった。赤いマントをまとい、誰もが立派な口髭や顎鬚を蓄えていた。鎧も他とは比較出来ないほど、差があった。まさに、完全武装である。ミネルヴァが目を細めた。
「あれはプルクテスの第一軍団。鎧は鋼鉄、剣は鋼、盾は青銅で出来ている。それに続くのは守衛の重装甲兵。まるで、竜の討伐遠征にでも行くみたいだな」
「……彼らは何処へ行くのですか?」
「さぁ。情報統制が掛かってて、プルクテスから外の情報が入って来ないからなぁ。城門も堅く閉ざされてるし、一般人の出入りも許されない。しかも、街を出て行った兵士達は二度と帰って来ない」
「帰って来ない?」
ハルトに茶色の双眼が向けられた。ハルトは手を顎に置き、自分の考えを言い出した。
「推測だけど、多分、帝国と大規模な戦いをしているんだろ。最近では、二級国民にも召集命令が出されてるし。劣勢なのは間違いない。兄ちゃんもそろそろ王宮から使者が来ると思うよ」
「ご主人様には闘いは無理です」
ミネルヴァが否定する。
「そりゃあそうだけど……仕方ない。王の命令なんだから」
ミネルヴァは自分より小さな子供から“王の命令だから仕方が無い”という言葉が出てくるとは思わなかった。そんな話をしていると、ヨハンネが本を大量に持って近づいて来た。
「お待たせ。さっ帰ろう」
「いいのですか? 街の様子を見なくても」
それにヨハンネは微笑みながら、手の平を小さく振る。
「大丈夫。ある程度、わかっ……たから……」
重たそうにするヨハンネを見かねたミネルヴァはため息を吐いた。彼が持っているその書籍と古文書を手に取る。ハルトは手伝うつもりはなかったが、ミネルヴァに睨まれたので、渋々手伝う。
「はぁ……普通、一冊とかだろ……」
珍しくミネルヴァもそれに同意する。
「そうです。荷馬車が無いんですから考えて買って下さい」
「アハハハ……ごめん、ごめん。これだけなら自分で持れるかな、と思って……」
ヨハンネは後頭部を掻いた。帰る道中、ヨハンネは街の様子を目に焼き付けながら、三人仲良く、邸宅に戻った。




