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反逆の奴隷 その3

――――――――この日、曇り空、太陽の光が遮っていたが涼しい風が吹いていた。街中を一台の馬車が走る。グレイゴスとヨハンネは昼間にあった商談を上手くまとめる事が出来た。ヨハンネは馬車から降りると帰路で手に入れた本を手に自室へ直行する。使用人が上着を脱がせようとそれを追いかけていく。ミネルヴァはヨハンネが帰って来るまでに部屋を綺麗にしようと隅々まで掃除していた。


 ヨハンネが頼んだ訳ではない。ロベッタがそうさせた。何度も掃除はしなくて良いと言っているがその度に彼女に睨まれる。だから彼は今は何も言わないようにしている。彼女が気が済むまで―――――――ヨハンネもそれが妥当だと考えた。彼女は奴隷として働かなければならない。でないと噂を聞きつけた奴隷監視委員がやって来る。監視員たちは優秀な人材で構成された忠実な犬だ。しかも、ジャバ王の近衛隊よりたちが悪い。ロベッタもそれに警戒していると思った。


(―――――――――と言っても、か弱い彼女を形式的に、こき使うのは………)


 どうもヨハンネにとって悪いような感じがし、罪悪感に苛まれているようである。


(それでも…彼女は言う事をきいてくれない……)


 ヨハンネが諦めて頬杖をつきながら本を読んでいると、突然、本に影が映った。不思議に思い見上げると、ミネルヴァが上から覗きこんでいたのだ。


「うわっ?!!」

「ご主人様。お願いがあります」


(――――――――ミネルヴァからのお願い?!)


 ヨハンネは驚きのあまりに戸惑いを隠せないでいた。


「えっ、あっ、えっと……お願いとはなんでしようか…?」


 ヨハンネが思わず敬語になってしまう。


「ある場所に私を連れて行ってくれませんか?」


 ミネルヴァは奴隷であるから一人で出歩くわけにはいかない。ヨハンネには拒む理由はなかった。


「別に良いけど……」


 数分後、言われた場所にヨハンネはミネルヴァを連れて行った。彼女はメイド服を着ているのに剣を提げるという変わった身なりをしている為、かなり目立っている。


(――――――あぁ人目が………)


 しかも、ヨハンネが買った服はまだ一度も着ておらず、大事にしまっている。ミネルヴァ曰く、“着たら汚れてしまう”からだそうだ。


「ここは……」


 辿りついた場所にヨハンネは驚いていた。が、予想も出来ていた。


(―――――――――まーでも、彼女らしいと言ったら彼女らしいけど……)


 ヨハンネはある店の前に立ち見上げた。看板には“武具はなんでも揃う世界一の店”とでかでかと書かれており、いかにも、自分の店が素晴らしいと誇張している様だった。彼は思わず、苦笑い。でも不思議に思えた。ミネルヴァは剣奴隷であったから、外を歩いた事がないはず。なのに、この場所を明確に知っている。


 その理由をヨハンネには知る余地もなかった。ミネルヴァは剣奴隷だった頃、相手に対して容赦ない。激しい戦いに身体がもっても、剣も鎧も直ぐにダメになる。そんな時に、剣と鎧を買いに行く。それがこの店だった。剣奴隷は自分に合う武器や防具を買うことが許されている。もちろん、逃げられないように看守と衛兵に取り囲まれながらだが。


 ヨハンネが看板を見上げている間にミネルヴァは品物を見定めていた。


「……ご主人様。これはどう思いますか?」


 言われたので、見上げた目を下ろし、ミネルヴァが手にする品物を見た。


「あ――心からのお願い。露出度の高い防具だけはやめて……」


 それに、キョトンとした顔する。


「しかし、私はこの革製の鎧で闘技してしましたが」


「うん。知ってる。それはね、つまり観客を喜ばせる為の防具。だから、もっと頑丈な奴がいいよ。お金はいくらでも払うから……」

「……嫌です」

「頼むよ」

「……嫌です。ご主人様、私は軽装がいいんです。だ、め、で、す、か?」


 ミネルヴァは目を細めて見つめた。それは無表情でもヨハンネには身の危険を感じた。悪寒? 寒気? がしたのだ。


「わ、わかったよ。好きな物を選んで!」


 軽く脅迫されたような感じになった。ミネルヴァは丁寧なお辞儀をし、また防具を探し始めた。そんな姿を背中から見つめる。ヨハンネには何故か楽しそうに見えた。


(―――――――――普通の街娘はお花屋とか服屋とかに行くんだけど……)


 来店しているのは屈強な男達とアマゾネスと言えば良いのか筋肉ががっちり付いた女達が武器を選んでいた。ヨハンネには近寄れない世界だ。下手すれば、一瞬で握りつぶされるかもしれない。そんな中にミネルヴァがぽつんと居る。違和感があり過ぎる。その客達も不思議そうな顔をしてミネルヴァを見ていた。そして、彼女は吸い寄せられるように店の奥に入って行った。


(――――――――とりあえず、僕は外で待っておくか)


 数分後ミネルヴァが戻ってくる。彼女の姿にヨハンネは懐かしい感情になった。そして、すこし呆れてしまった。


(―――――――――結局、こうなるのか……)


 ミネルヴァが装備していたのはヨハンネが初めて彼女に出会った闘技場の雰囲気を残した感じである。盾は彼女には必要ない。長剣が一つあればそれで十分。


「お待たせしました。ご主人様」


 肩に垂れ下がっていたヒモを結びながら来た。


「せっかく、血生臭い鎧からおさらばしたのに……」

「まだ新品ですが」

「……そりゃあそうだけど。それよりどうして、またそんな鎧が必要なんだい?」

「来たる日に備えてです」


 力強く拳を握った。


「あぁ来たる日か……」


 それは何を表しているのだろうか。自分と同じ奴隷達が反逆を起こした時に仲間に加わるためか。それともその逆で僕を守るためか。


「ですから、ご主人様の外出の際にはこの格好でいさせてもらいます」

「別に構わないよ。君の好きなようにして欲しい」


 そう言うとヨハンネは頭をかいて、店主にお金を渡し家の方向に歩いて行った。


「ありがとうございます」


 ヨハンネの後を追った。歩いているとミネルヴァが後ろから尋ねてきた。


「ご主人様?」

「ん、何だい?」


 言いながらも家路を急ぐ。夜遅くなると危険だ。面倒な事には巻き込まれるのは二度と御免である。


「ご主人様は、剣術とかは出来ないのですか?」

「……うん」


 言葉に詰まった返事をした。実はヨハンネは剣術などはド素人である。鋭利な刃物を持つことすら怖い。


「では、私が教えましようか?」

「えっ、あっ……考えとくよ……」

「はっきりとして下さい」


 強気で言われた。


「つぅ……わ、わかったよ。じゃあ明日、剣の稽古して。でも、手加減はしてよ? ミネルヴァは普通じゃないんだから」

「はい。承知しました」


(―――――――あー多分、明日は地獄になる…)


 予見するヨハンネは下手したら、死ぬかもしれないと最悪なシナリオが頭に浮かんでくる。ミネルヴァの力ならば腕とかもげるかもしれない。いや、足の可能性もあるな。


(――――――さて遺言書でも書いておこうかな……)

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