反逆の奴隷 その2
次の日の夜中にダマスが護衛の傭兵を数人連れてヨハンネのもとを尋ねてきた。話を聞くとダマスは貴族にある特権を活かしていろいろと調べていたようだ。その調べた資料を山ほど脇に抱えて持ってきたのである。内容は最近の帝国軍の動き。外部からやって来た謎の騎士団の目的とプルクテスの会議、市場の変動、仮面の女、武器の大量購入事件など。目立つ出来事は全て集めた。その資料をヨハンネに渡す。彼は直ぐに自室で蝋燭の光に頼り、一つ一つ目を通した。
「――――――やっぱり気になっていたんだ。これは明らかに噂が拡がるのが早過ぎるよ」
ダマスは釈然としなかった。でもはっきりとはしなかったものの思い当たる事があったので言葉に出してみた。
「んーとあれか? 帝国による“奴隷解放戦争”ってやつ?」
それにヨハンネが深刻な顔で頷く。もし、それが本当ならミネルヴァは奴隷の烙印から解放される。それなら、彼女を帝国に逃がすことが良いかもしれない。
(――――――――でも彼女にとって嬉しいことなのに、僕はなぜか素直に喜べないでいる…)
そんな自分が不思議でしかたなかった。
「―――まるで、イズカの英雄伝説みたいな話だね?」
イズカとは百年前の作家である。
「どうせ情報工作だろ? 帝国はプルクテスを内部から潰そうと考えている。お前の予想通り、奴隷の一斉蜂起を狙っているんだよ」
ヨハンネはごくりと息をのんだ。一斉蜂起と言葉ではわかるが実際はどんな惨状になるのか、彼にはわからなかった。
「プルクテスは大陸一の奴隷大国。反乱が起きれば……国は崩壊し―――」
ダマスがヨハンネの言葉に割って入る。
「―――そして、タイミングよく帝国がやって来て俺らの国は滅亡する。仮面の女が出している本と同じシナリオだな」
ダマスはテーブルの上に置いてあるりんごを手に取り、それを勢い良くかじる。シャリっと音がした。
「まぁまぁだな、このリンゴ」
椅子の上にあぐらをかくその品の無い態度には、ヨハンネは苦笑いになった。前にも話したが、仮面の女とは、プルクテスの新人作家で、“反逆の奴隷”という書物を出している。ページ数は膨大で、とくにこの時代には珍しい挿絵が多い書物だった。内容は、主人公タルカガと言う剣闘士が中心となって、反乱を起こす。というものなのだが。そのタルカガはあまりにも強過ぎ、離れ荒野での合戦ではたった一人で、治安維持軍の死体の山を築いたとか。しかし、新たな勢力の介入によって結局は反乱が失敗する。
ヨハンネはミネルヴァを横目で見る。
(―――――――――タルカガは彼女のような人みたいな感じなのかな?)
この本はなんか怪しい臭いがするけど。ヨハンネが一枚の報告書に目を落とし手に取る。
「それにしても仮面の女とか謎の騎士団は気になるね?」
「あぁ。俺は仮面の女より。謎の騎士団だろ? あいつら、巡礼とか言って、各地を歩き回ってるらしいぜ。何を考えてるやら……」
謎の騎士団……偵察隊の報告では、黒檀の鎧を装備し、紋章として黒い馬と剣が描かれていたそうだ。ヨハンネは昔、読んだ書物に、そんな騎士団がいたと記されていた記憶があった。確か、イズカ作の“竜戦争”だった。それには、最前線で戦った彼らは竜に惨敗し国を失った。
(―――――――――関連性はあるのだろうか……?)
顎に手を当てて、記憶を辿る。
(―――――――――確か騎士団の名前は……ブラッド・ホースだったかな……)
故郷を負われたさまよう騎士団。彼らは一体、何を求めているのだろうか?
「――――ご主人様? そろそろ就寝の時間です」
考えにふけっていて、時間を忘れていたようだ。
「うん。わかった」
明日は朝早くからグレイゴスが他社との商談がある為、それに彼も付き合う予定になっていた。グレイゴスは息子であるヨハンネに後継者にするつもりらしいが、商談を上手くいくための方法などを道中で毎回聞かされるのが嫌気が出ていた。
ヨハンネがため息をつく。
「んじゃあ俺は帰るぜ。あっミネルを護衛につけてくれないか?」
「えっ家隣じゃんっ!!!」
「ほぉ~俺に野党や盗賊に殺されても良いというのか?」
「そ、それは……嫌だけど……」
で、答えは? という顔をするダマスにヨハンネは眉を八の字にして、言った。
「わかったよ。ミネルヴァ、ダマスを家まで送ってくれるかい?」
「はい。かしこまりました」
ミネルヴァが一礼し扉の方へ向かう。夜道は確かに危険だった。特に上流階級は盗賊のターゲットになりやすい。ミネルヴァが扉を開けてダマスを誘導した。
「サンキューな、ミネル。ヨハンネ、またな!」
ダマスはなぜかミネルヴァの事をミネルと呼ぶ。理由は名前が長いからだそうだ。そうでもない気がするが。
「あぁうん。気をつけて」
扉がパタンと閉まる。廊下を歩く音が徐々に遠くなっていく。
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キンブレイト邸から出たとき、ダマスがミネルヴァの背中に話しかける。
「なぁ? ミネルにとって、“あいつ”はどんな存在だ?」
「私のご主人様です」
ミネルヴァは迷わず答えた。
「恨んではいないのか?」
「なぜです?」
「そりゃあ、こき使われているからだろ。俺は心配なんだ。お前みたいな強い奴は特に。信頼してないと言ったらいいか?」
ダマスは懐に隠していた護身用の短剣の柄に手を置く。ミネルヴァはそれに気がついてない。ヨハンネの脅威になるならここで、始末すべきだ。と彼はそう思った。こいつは危険すぎる。
(――――――――いろんな意味でな)
「私はヨハンネ様を守り抜くつもりです。如何なる相手でも打ち倒す自信があります」
ダマスはその言葉に疑問に思えた。ミネルヴァには従う理由も道理も無い。
(――――――――それなのに、なぜ?)
「そこまでする理由は? お前の力なら、ヨハンネを殺して、ここから逃げ出せるはずだ。しかし、お前はそうしない。わからないな。なぜ、ヨハンネに従う?」
ここで、ミネルヴァの言葉が詰まる。
「……私にもわかりません。ですが、ヨハンネ様はとてもか弱く、どうしても気になってしまうのです」
それにダマスは思わず笑ってしまった。彼自身、同じ事を思っていたからである。ヨハンネはいつ誰かに襲われないかとか、不便してないかとか。ダマスはそんな事を思った。彼が心配だった。まるで、弟の様に。ミネルヴァの答えを聞いた瞬間、自分の行動がバカらしくなったダマスはそっと短剣の柄から手を離した。
「そうか、そうか。ミネルは優しんだな。なら、あいつを守ってやってくれよ。そしたら俺は安心できる」
「言われずともそのつもりです」
振り返ると暗闇を照らすがダマスの顔に向かって来た。
「おい。ランタンが近いぞ……」
「着きました」
「……ありがとう。言っとくけど、この事はヨハンネには内緒だからなっ!!!」
そう言うと、自分の家の門の前に立つ。ミネルヴァから承知しました、と言ったのでダマスが振り返り指差した。
「絶対にだぞっ!」
言い捨てながらそそくさに門を開けて入っていく。ミネルヴァは門が閉まりきるまで待機した。ダマスが家の玄関先の扉に入った事を確認したミネルヴァは主人が待つ元へ真っ直ぐ方向を変える。少し歩いたとき、何かを感じた彼女はピタッと足を止めた。
(――――――――なに? この重々しい空気は?)
目を閉じる。
「……風と共に憎悪と復讐を望む声か聞こえる……?」
その方向へ視線を向ける。
(――――――――まさか……)
だが、そんな事はないと思った彼女は、止めた足を再び動かした。ミネルヴァのこの言葉が現実となることとも知らずに――――――――




