もう一つの強さ
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それでは、どうぞお楽しみください。
ブラムとの模擬戦の翌日、俺とゼノはラグナードの北門を出た。
今回の目的地は、町から半日ほど離れた岩丘にある旧街道だった。数日前に岩壁の一部が崩れ、現在は通行が止められている。依頼内容は崩落の状況確認と、大型の魔物が入り込んでいないかの調査だった。
討伐が目的じゃない。
俺の役割も主戦力ではなく、痕跡や地形の確認と報告だった。
「久しぶりだな」
声をかけてきたのはヘクターだった。
以前、中央の木箱を守る訓練で何度も負けた相手だ。長い槍を背負った姿は変わっていない。
「今日は箱はないぞ」
「分かってる」
「少し残念そうだな」
「もう一回やりたい」
「帰ってからにしろ」
やってくれるらしい。
ゼノが横から口を挟んだ。
「今日は調査が先だ」
「うん」
旧街道へ向かいながら、俺はヘクターの動きを見る。
ブラムのステータスを見てから、強い人を見る場所が変わった。
歩幅。
足の運び。
武器の重さ。
呼吸。
身体。
そして、その動きを作っている数字と技能。
「ヘクター」
「なんだ?」
「ステータス見せて」
ヘクターが俺を見る。
ゼノが額を押さえた。
「お前、それが癖になる前にやめろ」
「でもBランクはまだ見たことない」
「ブラムに見せてもらったのか?」
「うん」
ヘクターは少し考えた。
「全部は見せないぞ」
「いいの?」
「主要なところだけだ。それに俺の戦い方は、お前もある程度知ってるからな」
本人が手を上げる。
半透明の表示が開いた。
⸻
ヘクター
Lv52
筋力 126
耐久 139
敏捷 118
魔力 47
精神 104
《槍術 Lv6》
《間合把握 Lv5》
《回避 Lv5》
《受け流し Lv5》
《観察 Lv4》
《気配察知 Lv4》
《走行 Lv4》
《登攀 Lv4》
《追跡 Lv3》
《野営 Lv4》
《応急手当 Lv3》
技:
《穿ち》
《流し》
《崩し》
⸻
「……すごい」
ブラムとは違う。
筋力126。
それも高い。
でも耐久139。
敏捷118。
精神104。
四つが100を超えている。
ブラムを見たときは、筋力112が最初に目へ入った。他の能力値との差も大きく、戦斧を振るうための身体を作ってきたことが分かりやすかった。
ヘクターは違う。
全部が高い。
「Bランクって、みんなこうなの?」
「違う」
ヘクターが表示を閉じる。
「ブラムからも聞いただろう。伸び方は人による。俺は槍を使うから、力だけあっても仕方がない。距離を保つための速さも、一撃を受け流す身体も、長時間戦うための耐久もいる」
「魔力は47」
「苦手だからな」
47で苦手。
俺は11。
まだ四倍以上ある。
「レオン」
ゼノが言う。
「数字を見るのはいいが、歩く場所も見ろ」
「あ」
前を見る。
危ない。
街道の端が崩れていた。
「ごめん」
ヘクターが笑った。
「《戦域把握 Lv3》持ちがステータス画面見ながら崖から落ちたら笑えんな」
それは嫌だ。
表示は歩きながら見ないようにしよう。
◇
昼前には旧街道へ着いた。
岩丘の間を縫うように作られた道で、片側には岩壁、反対側には急な斜面が続いている。
崩落地点はすぐに分かった。
大量の岩が街道へ落ちている。
完全には塞がっていないが、通れる幅はかなり狭い。
「ここから先は慎重に行くぞ」
ヘクターを先頭に進む。
俺は地面を見る。
足跡。
崩れた石。
擦れた跡。
古いものが多い。
その中に、大きな窪みがあった。
しゃがむ。
蹄。
大きい。
俺の手よりずっと大きい。
「ヘクター」
呼ぶ。
ヘクターが戻ってくる。
「これ」
「見つけたか」
知っているらしい。
「何?」
「クラッグボアだ」
知らない名前。
「猪型の魔物だ。肩まででも大人の胸くらいある。頭と肩が硬くて、正面からの突進なら岩も砕く」
「ランクは?」
「この辺りの成体なら単体でB相当だ」
俺はもう一度足跡を見る。
Bランク。
グレイファングとは全然違う。
「新しい?」
「どう思う?」
聞き返された。
土を見る。
輪郭。
石の動き。
周囲の草。
「古くはないと思う。でも今日か昨日かまでは分からない」
「俺も同じだ」
先へ進む。
少しして、別の痕跡を見つけた。
岩肌に擦れた跡。
高い。
俺の肩より上。
さらに進むと、糞もあった。
さっきより新しい。
近いかもしれない。
「いると思う」
「俺もそう思う」
ヘクターが槍を手に取った。
◇
崩落地点の先へ入ってから、道はさらに狭くなった。
右に岩壁。
左は斜面。
正面には曲がり角。
俺は周囲を頭の中へ置く。
岩。
亀裂。
落石。
逃げられる場所。
狭い場所。
そのとき、低い音が聞こえた。
正面。
地面を擦る音。
「来る」
ヘクターが槍を構える。
曲がり角から大きなものが現れた。
でかい。
今まで見たスモールボアとは比べものにならない。
肩の高さだけで俺より高い。全身は岩肌に近い灰褐色で、特に頭から肩にかけて硬そうな隆起が重なっている。
クラッグボア。
魔物がこちらを見た。
前脚が地面を掻く。
来る。
俺も剣を抜いた。
「レオンは下がれ」
ヘクターが言う。
「俺がやる」
悔しくはない。
今の俺が正面から戦う相手じゃない。
だから見る。
クラッグボア。
ヘクター。
道幅。
岩壁。
斜面。
逃げ道。
全部を見る。
クラッグボアが走った。
速い。
身体の大きさから想像したよりずっと速い。
ヘクターは動かない。
まだ。
まだ。
距離が縮まる。
槍がわずかに動いた。
《間合把握 Lv5》。
俺には分からない距離を、ヘクターは知っている。
あと少し。
そのとき、視界の端に違和感があった。
岩壁。
亀裂。
さっきより大きい。
クラッグボアの足音で、小さな石が落ちている。
その位置。
ヘクターが避ける方向。
まずい。
「右に流さないで!」
ヘクターの目だけが動いた。
クラッグボアが届く。
槍が接触した。
正面から止めない。
穂先ではなく、槍の側面と身体の動きで頭を逸らす。
《流し》。
ヘクターが左へ動いた。
クラッグボアの巨体もわずかに左へずれる。
直後、右側の岩壁が崩れた。
岩が落ちる。
さっきまでヘクターがいた場所へ落ちた。
でも、もういない。
クラッグボアも巻き込まれていない。
突進を外された魔物が前脚を踏ん張る。
止まる。
振り返ろうとする。
ヘクターが踏み込んだ。
速い。
槍が伸びる。
《穿ち》。
狙ったのは頭じゃない。
首。
硬い肩のすぐ内側。
槍が深く入った。
クラッグボアが暴れる。
ヘクターは握ったまま耐えない。
すぐ抜く。
離れる。
魔物が向きを変える。
血が出ている。
まだ動く。
二度目の突進。
今度は少し遅い。
ヘクターは正面に立ったまま、ぎりぎりまで引きつける。
外す。
流す。
そして同じ場所へ槍を通した。
クラッグボアの脚が崩れた。
大きな身体が地面へ落ちる。
しばらく動いていた。
やがて止まった。
俺は剣を握ったまま、何もしていない。
でも目を離せなかった。
「……強い」
ブラムを見たときにも思った。
でも違う。
ブラムは硬いものを壊した。
ヘクターは、まともにぶつからなかった。
筋力126。
耐久139。
敏捷118。
精神104。
高い。
それでも、今の戦いで一番印象に残ったのは数字じゃない。
どこまで引きつけるか。
どこへ流すか。
どこを突くか。
一度で倒れなければ、どう離れるか。
数字を使う技術。
それが強い。
「レオン」
呼ばれた。
「うん?」
「助かった」
ヘクターが崩れた岩壁を見る。
「お前が言わなきゃ、最初は右へ流すつもりだった」
俺も見る。
落ちた岩はかなり大きい。
「当たってた?」
「避けられたかもしれん」
少し考えてから、ヘクターは続けた。
「だが、魔物と落石を同時に相手にする必要が出た。少なくとも面倒にはなってたな」
俺は何も倒していない。
クラッグボアには一度も触っていない。
でも、役に立った。
ガイウスとの護衛。
オルドとの森。
エドから教わった痕跡。
ヘクターたちとの訓練。
全部が少しずつ繋がっている。
「Bランクになったら、あれ一人で倒せる?」
「相性にもよる。BランクだからB相当の魔物に必ず勝てるわけじゃない」
ヘクターが槍についた血を拭う。
「俺はこいつと相性がいい。突進が単純だから間合いを読みやすいし、柔らかい場所も知ってる。狭い道じゃなきゃもっと楽だった」
まただ。
ランクだけじゃない。
ステータスだけでもない。
技能だけでもない。
相性。
地形。
知識。
判断。
全部が戦いに入ってくる。
だから同じ数字になれば、同じ強さになるわけじゃない。
俺は倒れたクラッグボアを見る。
今の俺なら勝てない。
たぶん、かなり頑張っても無理だ。
でも。
ブラムの112を見たときと同じだった。
怖いより先に、知りたいと思う。
「ヘクター」
「なんだ?」
「Lv52だったよね」
「ああ」
「俺、17」
「知ってる」
「あと35」
ヘクターが黙った。
少し離れたところで、ゼノがため息をついた。
「ブラムと同じ反応するな」
「……なるほど。あいつが言ってた意味が分かった」
何を話したんだろう。
「次はAランクのステータス見たい」
「レオン」
ゼノが俺を見る。
「はい」
「今日は調査を終わらせろ」
「はい」
先に仕事だ。
俺はクラッグボアから視線を外し、崩れた旧街道を見る。
Lv17。
筋力27。
耐久29。
敏捷33。
まだBランクは遠い。
でも、どこにいるのかは少しずつ見えてきた。
遠いなら、進めばいい。
一歩ずつ。
今までと同じだ。
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