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努力で生き抜くこの世界  作者: こっさむ
第四章 凡才と天才
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剣を持たない仕事

ご覧いただきありがとうございます!

よろしければ、この話の読み終わりにでも【ブックマークへの追加】や【★★★★★評価】をポチッと押していただけると、今後の執筆の大きなモチベーションになります!


それでは、どうぞお楽しみください。

翌朝、左腕の痛みはかなり弱くなっていた。


目を覚まして最初に指を動かし、次に肘を曲げてみる。昨日よりずっと楽だったので、これなら剣も振れるのではないかと思ったが、壁際に立てかけた剣へ手を伸ばすことはしなかった。


三日間は振るなと言われている。


昨日のダリオの話まで聞いて、一日で約束を破るほど馬鹿ではないつもりだった。


朝食を終えたあと、ゼノと一緒に冒険者ギルドへ向かう。昨日と同じ治療室へ入ると、年配の女性は俺の左腕から布を外し、傷の腫れや熱を順番に確かめた。


「悪くなってないね」


「剣は?」


「昨日言っただろう」


「確認」


「三日だよ」


やはり駄目だった。


女性は傷を洗ってから、昨日と同じように治癒魔法を使った。淡い光が消えるころには傷口がかなり狭くなっていたが、まだ強く握ったり、何かにぶつけたりすれば開く可能性があるらしい。


「明日もう一度見せな。それで問題なければ、日常生活はほぼ普通に戻していい」


「剣は?」


「明後日から。最初は軽く」


「何回?」


「回数じゃなくて、痛みが出ない範囲だよ」


答えになっていない気がしたが、隣にいるゼノを見ると、余計なことを聞くなという顔をしていた。


治療室を出る。


昨日より腕はずっと軽い。それでも明日まで何も振れないと思うと落ち着かなかったが、今日は宿に戻って地図の続きを見るつもりだった。


ところが受付の前を通ったところで、フィナに呼び止められた。


「レオン君、少しお時間ありますか?」


「ある」


「ゼノさんもお願いします」


受付の奥にある小さな机へ案内される。


そこには昨日見た周辺地図と、何枚かの報告書が置かれていた。


「昨日のお話について、今朝追加の報告が入りました」


フィナが地図の北側を指す。


「アルネリア北東の街道近くで、別の冒険者がグレイファング二体を確認しています。戦闘にはならず、そのまま北西へ移動したそうです」


「昨日の二体?」


俺が聞くと、フィナは首を横に振った。


「分かりません。距離を考えると同じ個体の可能性もありますし、別の群れの可能性もあります」


ゼノが地図を見る。


「死体は?」


「ありません。足跡だけです」


昨日、俺とダリオが逃がした二体がそのまま動いているのかもしれない。けれど、同じグレイファングだと決める証拠はない。


昨日ゼノに言われたばかりだった。


分からないものを、勝手に分かったことにしない。


「それで、北側を調べるんですか?」


「はい。ギルドから三人の冒険者を出すことになりました。ただ、その前に昨日の村周辺について、もう少し詳しく教えていただきたいんです」


フィナは新しい紙を広げた。


簡単な村の図だったが、家の位置までは書かれていない。


「ダリオさんからの報告はまだありませんし、昨日その場を見た方はレオン君とゼノさんだけです。どこで鹿を見つけたのか、グレイファングがどこから村へ来たのか、それから逃げた方向をできる限り正確に知りたいそうです」


剣を使う話ではなかった。


それなら俺にもできる。


「紙、借りていい?」


「もちろんです」


椅子を引き寄せ、地図を見る。


昨日の景色を頭の中で戻していく。


砦から北東へ進み、森に入った場所。途中で静かになった鳥の声。血の臭いにゼノが気づき、その先で鹿の死体を見つけた。


俺は地図の上に指を置いた。


「砦から村に行く道はここ。鹿がいたのは、道から少し北に外れたところだと思う」


「どのくらいですか?」


「歩いて……二、三分くらい。真っすぐじゃなくて、少し下ってた」


フィナが書き込んでいく。


俺はさらに村の位置を見る。


「村に来た二体は西から見えた。でも、最初から真っすぐ西から来たわけじゃないと思う」


「理由は?」


「俺たちが北から村に入ったとき、見えなかったから」


フィナの手が止まる。


ゼノも俺を見る。


「続けろ」


「村へ着いてすぐ、ダリオは西、ゼノは北を見に行った。それからそんなに時間が経ってないのに、西側に二体が出た」


昨日の状況を思い返す。


俺は村の中に残り、《戦域把握 Lv2》で入口や家、柵の位置を確認していた。二体が姿を見せたのはそのあとだ。


「ダリオが西へ行ったのに会ってないなら、もっと南を回ってきた可能性がある」


ゼノが地図の西側を見る。


「ダリオが戻ったとき、別の二体と接触したと言っていたな」


「うん」


「なら、お前が見た二体が南寄りから回り込み、ダリオが見た二体が西か北西に残っていた可能性はある」


「でも、決まりじゃない」


「ああ」


ゼノが頷く。


少し嬉しかった。


昨日なら、同じ方向にいたというだけで全部を繋げていたかもしれない。今は可能性として考えても、それを事実にはしない。


フィナが地図へ二本の線を引いた。


「鹿の位置、村、複数の目撃地点を見ると、かなり広い範囲を動いていますね」


「群れが大きい?」


俺が聞く。


「それも考えられます。ただ、別々の群れが同時に南へ下りている可能性もあります」


フィナは報告書を一枚めくった。


「実は今朝、もう一つ気になる報告がありました。北の森で狩りをしている猟師が、大型の獣の痕跡を見つけています」


「大型?」


「まだ種類は特定されていません。木の幹にかなり高い位置まで爪痕があり、地面にも大きな足跡が残っていたそうです」


ゼノの目が地図の北へ向く。


「グレイファングが避ける程度か」


「その可能性があります」


つまり、グレイファング自身が何かから逃げているのかもしれない。


それなら、普段より南に出てきた理由にもなる。


ただし、これもまだ可能性だった。


「今日調べる三人は、その足跡も見る?」


「はい。戦闘が目的ではありません。種類と移動方向を確認して、危険度を判断するための調査です」


フィナがそう言ったところで、受付側から声がかかった。


調査へ向かう冒険者たちが到着したらしい。



来たのは男二人と女一人だった。


全員成人で、装備もこれまで見てきた新人冒険者より使い込まれている。先頭の男は短い槍を持ち、もう一人は弓、女は腰に剣を下げていた。


名前までは聞かなかった。


フィナが俺の描いた地図を三人に見せる。


「こちらが昨日現場にいたレオン君です。村周辺の位置関係を補足してもらいました」


槍を持った男が俺を見る。


「この子が?」


「はい」


左腕の包帯にも目が向いた。


「グレイファングに?」


「うん」


「よく帰ってきたな」


俺が何と答えるか迷っていると、ゼノが隣から口を挟む。


「こいつが倒したのは一体だ。もう一体は逃がした」


「ゼノ」


「事実だろ」


そうだけど。


槍の男は地図へ視線を戻した。


「鹿を見つけた場所はここで間違いないか?」


「たぶん、この辺。道から北に外れて、少し低くなってた」


「水場は見た?」


聞かれて思い出す。


「鹿の近くにはなかった。でも村へ行く途中、細い川を一回渡った」


「幅は?」


「俺が跳べるくらい」


男が少し困った顔をする。


ゼノが代わりに答えた。


「二メートル弱だ」


「最初からそう言え」


俺に言われても困る。


弓を持った男が笑った。


それからいくつか質問され、覚えている範囲で答えていく。木の種類までは分からなかったが、坂の向きや、鹿の頭がどちらを向いていたか、足跡が多かった場所なら思い出せた。


《戦域把握 Lv2》を使っていたときの感覚も残っている。


昨日は戦うために覚えた情報だった。


今日は、それが別の人間の調査に使われている。


三人が出発する前、槍の男が地図を畳んだ。


「助かった。現地で探す範囲をかなり絞れる」


「俺、行かなくていい?」


言ってから、ゼノの視線を感じる。


槍の男は包帯を見て苦笑した。


「その腕で来られても困る。それに今日は戦いじゃなくて調査だ」


「見るだけなら」


「駄目だ」


ゼノと男の声が重なった。


諦めるしかなかった。


三人がギルドを出ていく。


俺はその背中を見送りながら、少しだけ変な感じがしていた。


「何だ」


ゼノが聞く。


「何もしてないのに、役に立った」


「昨日見たことを話しただろ」


「でも戦ってない」


「仕事は敵を斬ることだけじゃない」


昨日から、似たことばかり言われている気がする。


剣を振らなくてもできることがある。


戦わなくても役に立てることがある。


今まで知らなかっただけで、冒険者の仕事にもそういう部分があるらしい。



昼過ぎ、ギルドを出る。


今日はもう治療も報告も終わったので、宿へ戻るつもりだった。


大通りへ出たところで、正面から見覚えのある金色の髪が近づいてくる。


エリオットだった。


隣にはマルクもいる。


エリオットは俺を見ると、すぐに左腕へ視線を落とした。


「怪我をしたのか?」


「グレイファングに噛まれた」


「依頼で?」


「違う。村で」


説明すると長くなるので、それだけ答える。


エリオットは包帯を見たまま少し眉を寄せた。


「剣は振れるのか?」


「三日禁止」


「そうか」


思ったより普通の反応だった。


「エリオットは今日も訓練?」


「ああ。午前は剣で、午後は体術だ」


やっぱり訓練している。


胸の奥に、昨日と同じざわつきが少し戻ってきた。


俺が休んでいる間にも、エリオットは進んでいる。


「三日分、離される」


思わず言うと、エリオットが首を傾げた。


「何が?」


「剣」


「三日で?」


「三日もある」


エリオットは少し考えたあと、自分の右手首を見る。


「僕も去年、一週間振れなかったことがある」


「怪我?」


「手首を痛めた。先生に止められた」


横にいたマルクが笑う。


「こいつも最初は聞かなかったけどな」


「二日目からは聞きました」


「初日に木剣を持ってただろ」


「振ってはいません」


「持つ必要もないだろうが」


俺はエリオットを見る。


エリオットも休むのが嫌だったらしい。


才能があるなら、休んでも平気なのだと思っていたわけではない。ただ、俺よりずっと早く上手くなる相手が、止まることを怖がるとは少し意外だった。


「一週間、何してた?」


「最初の三日は休んだ。そのあと、先生の稽古を見ていた」


「見るだけ?」


「頭の中では動かした。自分ならどこへ踏み込むか、先生ならどう返すかを考えた」


マルクが肩をすくめる。


「治った初日にやりすぎて、また止めたけどな」


「……あれは失敗でした」


同じことをする人は結構いるらしい。


俺は少し笑った。


「何だ?」


「ダリオにも同じ話された」


「誰だ?」


「昨日会った人」


それ以上は説明しなかった。


エリオットは俺の左腕をもう一度見てから言う。


「治ったら、またやろう」


「手合わせ?」


「ああ」


前回は五回やって、一回しか勝てなかった。


次にやればどうなるだろう。


俺も変わっている。


でも、エリオットも止まっていない。


「次は二回取る」


「なら僕は五回取る」


「前も四回だった」


「だから次は五回だ」


そう言って、エリオットはマルクと訓練へ向かった。


俺はその背中を少しだけ見送ったが、昨日のような焦りは強くなかった。


エリオットは今日も強くなる。


俺は今日は剣を振れない。


その差はなくならない。


それでも、今やるべきことまで間違える理由にはならなかった。



夕方。


宿で地図を読んでいると、扉が叩かれた。


ゼノが入ってくる。


「調査隊が戻った」


俺はすぐに顔を上げた。


「何だった?」


「まだ確定じゃない」


ゼノは机の前まで来ると、俺が広げていた地図の北側を指した。


「大型の足跡は見つかった。グレイファングのものよりかなり新しい」


「何の魔物?」


「おそらくアイアンベアだ」


聞いたことがない。


「強い?」


「グレイファングよりはな。成体なら正面からやり合いたくない冒険者も多い」


ゼノはさらに北を指す。


「問題は、そいつが本来いる場所より南へ出てきていることだ」


「じゃあ、アイアンベアがグレイファングを追い出した?」


「可能性はある。ただし、まだ決めるな」


分かっている。


大型の足跡があった。


グレイファングが南へ来た。


二つは繋がっているかもしれないが、まだ証拠は足りない。


「明日、もう一度調査する?」


「ああ。ギルドが追加の人員を出す」


「俺は?」


ゼノが俺の左腕を見る。


「治療」


「終わったら?」


「治療」


「そのあと」


「休め」


やっぱり。


俺は椅子の背にもたれた。


「行きたい」


「知ってる」


「役に立てるかもしれない」


「今日もう役に立っただろ」


言われて止まる。


確かに、地図を描いた。


昨日見たことを話した。


戦ってはいない。


それでも調査隊は助かったと言った。


ゼノは机の上の地図を指で叩く。


「明日の調査で何か分かれば、次の動きが決まる。それまではお前が行っても邪魔になる可能性の方が高い」


「怪我してるから?」


「それもある。もう一つは、お前にできることがないからだ」


少し刺さる。


でも事実なのだろう。


「強ければ行ける?」


「違う」


ゼノは首を振った。


「強くても、必要ない奴は行かん。仕事は『できるか』だけじゃなく、『必要か』で決まる」


昨日の村でもそうだった。


ゼノとダリオが外を調べた。


俺は村に残された。


あのときは、自分だけ置いていかれたような気がした。


けれど、村には戦える人間が必要だった。


結果として、俺が残っていたからリクを守れた。


「必要なところに行く?」


「そういうことだ」


ゼノはそう言って部屋を出ていった。


俺はしばらく地図を見る。


北には、まだ知らない何かがいる。


グレイファングが動いた理由も分かっていない。


行けば、きっと学べる。


それでも今の俺は、そこに必要とされていない。


以前なら、それでもついていく方法を考えたかもしれない。強くなるためなら、見られるものは全部見たいと思っていた。


今も見たい。


でも、行かない。


俺は左腕を机の上に置き、傷を開かないように力を抜いた。


今日やったのは、治療を受けて、昨日見た景色を地図にして、覚えていることを調査隊へ伝えただけだった。剣は一度も握っていない。


それでも誰かが、その情報を持って森へ入った。


剣を持たない日にも、できることはある。


明日は明日で、必要なことをする。


そして腕が治ったら、また振ればいい。


壁際には二本の木剣と一本の剣が並んでいる。


俺はそれらに触れず、地図の北側へもう一度目を落とした。

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それでは、次回の更新でお会いしましょう!

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