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努力で生き抜くこの世界  作者: こっさむ
第四章 凡才と天才
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訓練院

ご覧いただきありがとうございます!

よろしければ、この話の読み終わりにでも【ブックマークへの追加】や【★★★★★評価】をポチッと押していただけると、今後の執筆の大きなモチベーションになります!


それでは、どうぞお楽しみください。

翌朝、俺は宿の裏庭で千回の素振りを終えた。


昨日までは、エリオットの動きを真似することばかり考えていた。でも今日は違う。足を出す前に相手の肘を見ること、剣を振るときに肩へ力を入れすぎないこと、その二つだけを決めて一回ずつ確かめた。


数を増やすだけでは意味がない。


それはもう、何度も教わっている。


「終わったか」


裏口から出てきたゼノが聞く。


「千回」


「中身は?」


「昨日よりいいと思う」


「思う、か」


「自分では」


ゼノは木剣を受け取ると、俺がさっきまで立っていた場所へ移動した。


「十回振れ」


「もう終わった」


「今度は俺が見る」


それなら話が違う。


木剣を返してもらい、構える。いつものように振るのではなく、足、腰、背中、肩、肘、手首の順番を意識して動かした。


十回。


ゼノは途中で何も言わなかった。


「どう?」


「七回目から肩が上がってる」


「……分からなかった」


「だから見てやった」


自分では直したつもりでも、まだ崩れる。


でも以前なら、指摘されてもどこが悪いのか分からなかった。今は言われれば感覚を思い出せる。


「明日は七回目から直す」


「明日じゃなく次から直せ」


「分かった」


「飯だ」


木剣をしまい、宿へ戻った。



訓練院は、アルネリアの東側にあった。


高い塀で囲まれた広い敷地の中に、石造りの建物が三棟並んでいる。中央には大きな運動場があり、その周囲に剣術用の訓練場、弓場、魔法用らしい石壁で囲まれた区画まで見えた。


門を入った瞬間、掛け声が聞こえた。


子供の声。


一人や二人じゃない。


「多い」


「四回目だな」


「何が?」


「それ言うの」


また数えていたらしい。


入口の建物で受付を済ませると、灰色の制服を着た男が案内に来た。四十代くらいで、短く刈った黒髪に濃い茶色の目。背はゼノより低いが、首も腕も太く、左腰には訓練用らしい木剣を差している。


「見学希望のレオン君だな」


「はい」


「私はドラン・ハルベルト。ここで基礎剣術を教えている」


ドランは俺を見ると、腰の剣、それから背負っている荷物へ目を移した。


「冒険者だと聞いたが」


「Eランクです」


「九歳で?」


「うん」


一瞬だけ驚いた顔をした。


でも、それ以上は聞かなかった。


「今日は自由に見て構わない。ただし訓練中の区画へ勝手に入らないこと。質問があれば、授業の切れ目にしなさい」


「分かりました」


「模擬戦は?」


横からゼノを見る。


ドランが少し笑った。


「早いな」


「できるならしたい」


「まず見ろ」


ゼノに言われる。


昨日と同じ。


仕方ない。



最初に案内されたのは、基礎剣術の訓練場だった。


二十人ほどの子供が、二列に並んで木剣を振っている。年齢は俺と同じくらいから、十二歳くらいまで。服装もばらばらで、簡素な布服の子もいれば、上等な革靴や仕立てのいい訓練着を着ている子もいる。


「一、二! 一、二!」


指導役の声に合わせて、全員が同じ動きを繰り返す。


前へ。


振る。


戻る。


それだけ。


簡単に見える。


でも、見ていると差が分かった。


身体がぶれる子。


腕だけで振っている子。


足と剣が合っていない子。


逆に、最初から滑らかに動く子もいる。


俺は端から順番に見る。


一人。


二人。


三人。


十人。


「どうだ」


ドランが聞いた。


「みんな同じ練習してるのに、全然違う」


「当然だ」


「教え方も同じ?」


「基本はな。そこから個別に直す」


同じことを教わっても、同じようにはならない。


当たり前のこと。


でも、こうやって並んで見るとよく分かる。


「真ん中の赤い髪の子」


俺が言う。


「足が速い」


ドランがそちらを見る。


「カシアか。よく見てるな」


赤い髪の少女は、俺と同じくらいか一つ年上に見えた。髪を短く切り、薄い茶色の訓練着を着ている。身体は小さいが、踏み込むときだけ他の子より一歩が大きい。


「剣は普通?」


「まだ粗い」


「でも足がいい」


「そうだな」


少し嬉しい。


見方は間違っていなかった。


次を見る。


列の端に、背の高い少年がいる。


十一歳くらい。


黒に近い青髪。


細身。


顔立ちは整っているが、表情がほとんど変わらない。


振る。


速い。


でも、それより気になったのは止まり方だった。


振り切ったあと、剣先が揺れない。


「……あの人」


ドランが先に言った。


「セイル・アーヴェルト。十一歳。ここでは上の方だ」


「剣が止まる」


「そこを見るか」


ドランが少し笑った。


「振る速さより、止める方が難しい。腕だけじゃなく身体全体で制御してる」


俺もやってみる。


頭の中だけで。


足。


腰。


振る。


止める。


たぶん俺なら、まだ少し流れる。


「強い?」


「お前はそればかりだな」


「知りたい」


「同年代ではかなり」


同年代。


それだけで胸が少し熱くなる。


エリオットだけじゃない。


やっぱりいる。



剣術の次は、魔法訓練だった。


石壁で囲まれた区画へ入ると、十人ほどの子供が並んでいる。全員が掌を前へ向け、それぞれ小さな火や水、風を出していた。


リナより小さい子もいる。


七歳くらいに見える。


「魔法は危なくない?」


俺が聞く。


「だから壁がある」


ゼノが答えた。


「それに最初は出力を制限する」


ドランが補足する。


子供たちの前には、白いローブを着た女性教師が立っていた。長い黒髪を一つに束ね、丸い眼鏡をかけている。杖は持っていない。


「もう一度。魔力を押し出さない。先に形を作ってから流しなさい」


子供たちが集中する。


火。


水。


風。


土。


それぞれ小さい。


でも。


一人だけ違った。


列の右端。


白銀の髪を肩まで伸ばした少女。


俺と同じくらい。


目は薄い紫。


肌が白く、細い身体に紺色の訓練服を着ている。


その少女の前には、水の球が三つ浮かんでいた。


三つ。


同時に。


しかも、止まっている。


「……」


見てしまう。


一つの水球なら俺も出せる。


でも小さい。


形を維持するだけでも集中が必要。


三つ。


少女が右手を動かす。


水球も動く。


一つ目が上。


二つ目が右。


三つ目が左。


全部別々。


「何それ」


声が出た。


ゼノが横目で見る。


「知らん」


「できる?」


「俺に聞くな」


ドランが笑う。


「あれはミレイユ・セレスティア。九歳だ」


九歳。


同じ。


「ずっとできた?」


「最初からじゃない。だが覚えるのは早い」


少女が手を閉じる。


三つの水球が一つに集まった。


大きくなる。


そのまま前へ飛ぶ。


石壁に当たり、弾けた。


音が響く。


「……すごい」


素直に出た。


剣とは違う。


これは、たぶん真似できない。


俺の魔力は少ない。


《魔力操作 Lv2》。


《水生成 Lv1》。


同じことをやろうとしても、そもそも魔力量が足りないかもしれない。


「悔しいか?」


ゼノが聞く。


「少し」


「剣じゃないぞ」


「でも同じ九歳」


それだけで比較してしまう。


少女は自分の結果を確認すると、教師に何か言われて頷いた。


嬉しそうでもない。


普通。


できて当然みたいな顔。


昨日のエリオットと少し似ている。


自分にできることが、他人にとって難しいと分かっていない。


いや。


分かっているかもしれない。


でも俺には、そう見えた。



午前の訓練が終わると、広場に子供たちが集まり始めた。


休憩らしい。


水を飲む子。


話す子。


木剣を振り続ける子。


走っている子もいる。


俺は少し離れた木陰で見ていた。


「混ざらないのか?」


ゼノが聞く。


「知らない人ばっかり」


「昨日は知らない相手にいきなり戦えと言ってたが」


「戦うのは別」


「何が違う」


自分でも分からない。


戦う方が話しやすい。


そのとき、さっきの赤髪の少女がこちらへ来た。


足が速かった子。


カシア。


近くで見ると、頬に小さなそばかすがある。目は明るい緑色で、木剣を肩に担いでいた。


「さっきから見てるけど、誰?」


「レオン」


「それだけ?」


「レオン・アルヴェイン」


「私はカシア・ロンド」


知ってる。


さっき聞いた。


「見学?」


「うん」


「冒険者なんでしょ?」


どうして知ってる。


「先生が言ってた」


なるほど。


「九歳でEランクって本当?」


「本当」


カシアが俺の腰を見る。


「剣使う?」


「使う」


「強い?」


来た。


俺がいつも聞くやつ。


少し考える。


「分からない」


「何それ」


「強い人には負ける」


「当たり前じゃん」


その通り。


カシアが笑う。


「じゃあ私とやろうよ」


「いいの?」


「休憩中なら先生に聞けばできる」


俺はゼノを見る。


「見るな」


「まだ何も」


「顔で分かる」


また。


でも止められなかった。


ゼノは広場の向こうにいるドランを顎で示す。


「聞いてこい」


許可。


カシアと一緒に走る。



ドランは条件付きで認めた。


「一本だけ。今日は見学だ。それ以上は授業の邪魔になる」


「分かった」


「はい!」


カシアの返事は大きい。


木剣を借りる。


俺はラウルの木剣。


向かい合う。


距離は三歩半。


カシアは剣を両手で持っている。


構えは高い。


少し肩に力が入っている。


剣術だけなら。


たぶんエリオットより下。


でも足。


それだけは速い。


「始め」


ドランの声。


カシアが来る。


速い。


一歩目から距離が一気に消える。


知ってた。


見てた。


だから先に剣を置く。


正面。


カシアが止まる。


止まれた。


そのまま右へ。


速い。


俺も回る。


カシアがさらに踏み込む。


剣。


上から。


受ける。


強くない。


流す。


できる。


その瞬間、カシアが一歩下がった。


すぐまた来る。


今度は左。


速い。


追う。


剣を向ける。


また止まる。


カシアが笑った。


「見てるね!」


返事する余裕はない。


次。


来る。


右。


違う。


途中で左。


足が速いから、変化も大きい。


でも。


剣は追いついてない。


身体だけ先。


そこ。


俺は半歩下がる。


カシアが踏み込む。


剣を振る。


まだ遠い。


一歩足りない。


《誘導歩》。


届くと思う距離を作る。


カシアが選ぶ。


前。


来た。


俺は横へ。


カシアの剣が空を切る。


身体が流れる。


その肩へ、木剣を置く。


当たった。


「一本。そこまで」


止める。


取れた。


カシアが振り返る。


「うわ、やられた!」


悔しそう。


でも笑ってる。


「もう一回!」


「一本だけと言っただろ」


ドランに止められた。


「えー」


昨日の俺みたい。


「次やればいい」


俺が言う。


「次いつ?」


「分からない」


「じゃあ今日!」


「駄目だ」


今度はゼノ。


カシアがゼノを見る。


「誰?」


「ゼノ」


「それだけ?」


「うん」


同じこと聞かれた。



休憩が終わると、俺はまた訓練を見た。


今度はさっきまでと少し違った。


上手い子だけじゃない。


できない子も見る。


剣を何度振っても足が合わない子。


魔法を出そうとして何度も失敗する子。


弓を外し続ける子。


でも、その中には繰り返している子もいる。


先生に直されて。


またやる。


失敗。


直す。


もう一回。


それを見ていると、少し安心した。


全員がエリオットじゃない。


全員がミレイユでもない。


当たり前だった。


「何笑ってる」


ゼノが聞く。


「笑ってない」


「少し笑ってた」


「普通の人もいる」


「失礼だな」


言われて気づく。


確かに。


でも、悪い意味じゃない。


「俺と同じ人もいる」


「本当に同じか?」


「……分からない」


また言われた。


俺は自分の手を見る。


才能がない。


それはゼノも言っている。


《剣術》はLv4で止まった。


魔力も少ない。


覚えるのも遅い。


でも。


同じように苦戦している子がいるからといって、その子と俺が同じとは限らない。


その子にはその子の得意なものがあるかもしれない。


逆もある。


「比べるの難しい」


「今さら気づいたか」


ゼノは歩き出した。


俺もついていく。


「でも比べないと分からない」


「何が」


「自分がどこにいるか」


「半分正解だ」


「半分?」


ゼノは前を向いたまま答える。


「他人を見れば、自分に足りないものは分かる。だが他人だけ見てると、自分が何を持ってるか分からなくなる」


俺が持っているもの。


考える。


《剣術 Lv5》。


《格闘術 Lv2》。


《回避 Lv5》。


《観察 Lv3》。


《戦域把握 Lv2》。


《誘導歩》。


それだけじゃない。


戦った回数。


負けた回数。


魔物。


人間。


救助。


逃げる判断。


仲間と動いた経験。


九歳として多いのかは、よく分からない。


「俺、何持ってる?」


「自分で考えろ」


教えてくれない。


でも、たぶんそれでいい。



帰る前、訓練場をもう一度通った。


セイルがまだ剣を振っていた。


午前中と同じ。


振る。


止める。


戻す。


何度やっても剣先がほとんど揺れない。


少し離れたところでは、ミレイユが教師と話している。掌の上には小さな水球が一つだけ浮かんでいた。


カシアは友達と走っている。


速い。


三人とも違う。


剣が上手い。


魔法が上手い。


足が速い。


分かりやすい才能。


俺は。


何だろう。


「ゼノ」


「何だ」


「俺にも才能ある?」


ゼノが足を止めた。


少しだけ考える。


「あると言えばある」


意外だった。


「何?」


「諦めが悪い」


「それ才能?」


「知らん」


またそれ。


「でも技能じゃない」


「そうだな」


「強さでもない」


「今はな」


今は。


その言葉が残った。


ゼノは歩き始める。


俺も追う。


「レオン」


「何?」


「エリオットを見て、ミレイユを見て、セイルを見た。それで自分には何もないと思うなら、それは違う」


俺は黙って聞く。


「お前はあいつらより遅い。たぶん、この先も何度もそういう奴に会う」


「うん」


「一回で覚える奴もいる。十回でできる奴もいる。お前が千回やっても届かないことを、最初からできる奴もいる」


嫌な話。


でも事実。


「それでもやるんだろ」


「やる」


「なら今はそれでいい」


訓練院の門を出る。


朝に来たときより、少しだけ景色が違って見えた。


強い子供はいる。


才能のある子供もいる。


俺より速く伸びる奴もいる。


たぶん、これからもっと会う。


そのたびに負けるかもしれない。


追いつけないこともあるかもしれない。


でも、それを知ったからって、やることがなくなるわけじゃない。


むしろ増えた。


止め方。


足。


魔力操作。


判断。


まだ見ていないものも、たくさんある。


「明日も来れる?」


俺が聞く。


「駄目だ」


「何で?」


「別の場所へ行く」


また。


「どこ?」


「冒険者向けの訓練場だ」


子供じゃない。


今度は大人。


「強い人いる?」


「いる」


少し歩いてから、ゼノが続けた。


「お前じゃまだ勝負にもならない奴もな」


胸が高鳴った。


今日、自分と同じくらいの年齢の壁を見た。


明日は。


もっと高い壁を見る。


それでいい。


壁が見えなければ、越える方法も考えられない。


俺はもう一度だけ訓練院を振り返り、それからゼノの隣へ追いついた。

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それでは、次回の更新でお会いしましょう!

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