追いついてきた背中 ―ラウル視点―
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それでは、どうぞお楽しみください。
最初に見たときは、変なガキだと思った。
黒い髪に黒い目。顔立ちは特別目立つわけでもなく、身体も小さい。剣を持たせれば年齢相応どころか、最初はこっちが力を抜かないと危ないくらいだった。
なのに、目だけは妙だった。
怖がってないわけじゃない。
負けて悔しくないわけでもない。
ただ、負けたあとにこっちを見る目が、普通と違った。
どうすれば次は届くのか。
そんなことばかり考えている目だった。
最初の十本は、全部俺が勝った。
当たり前だ。
年齢も違う。身体の大きさも違う。剣を握ってきた時間も、冒険者として動いてきた時間も違う。
あいつは弱かった。
本当に弱かった。
少なくとも、俺よりはずっと。
それでも次の日にまた来た。
その次の日も。
その次も。
何度倒しても、また木剣を持って立っていた。
最初は面白かった。
途中から少し気味が悪くなった。
普通、一度も勝てない相手と何十回もやりたいとは思わない。
俺だって嫌だ。
勝てる見込みがない相手に毎日挑み続けるなんて、何が楽しいのか分からない。
でもレオンは違った。
十八本目くらいだったと思う。
初めて、お互いに一本ずつ取った。
俺の剣が入った直後、あいつの剣も届いた。
たったそれだけだ。
勝ったわけでもない。
なのにレオンは、その一本を忘れなかった。
そこからだった。
少しずつ。
本当に少しずつ。
俺の剣を避けるようになった。
受ける場所が変わった。
距離の取り方が変わった。
俺が右から入れば、次は左を警戒する。
同じことをすれば、その次にはもう少しだけ上手く対応してくる。
天才なら、一度見れば覚えるのかもしれない。
レオンは違う。
何回も失敗する。
何回も同じところで打たれる。
俺が「そこだ」と言ったことを、すぐ直せないこともある。
それでも。
百回後には直っている。
千回後には、前より自然になっている。
気づけば。
できなかったことが、できるようになっている。
だから怖い。
速いからじゃない。
遅いのに、止まらないからだ。
◇
四十本を越えたころ。
初めて、ちゃんと負けた。
言い訳できない一本だった。
あのときは腹が立った。
本気で。
自分よりずっと年下のガキに負けたこともそうだが、それ以上に、俺が知っている相手じゃなくなっていたことが気に入らなかった。
昨日まで通じたことが、今日は通じない。
昨日まで見えていた隙が、今日は消えている。
それでも一度勝てば終わりじゃなかった。
俺が変えれば、レオンもまた変える。
だから俺も考えるようになった。
次はどうする。
何を潰す。
どこを見せて、どこを隠す。
気づいたら俺の方も、あいつとの訓練を楽しみにしていた。
認めるのは癪だが。
たぶん、かなり。
◇
少し前。
十本やって、あいつが二本取った。
二勝八敗。
普通なら十分すごい。
年齢差を考えれば、なおさらだ。
でもレオンは納得していなかった。
「次は十勝する」
そう言った。
二十本やって十勝。
つまり半分。
俺は笑った。
無理だと思った。
その時点では、本当にそう思っていた。
それから少しして。
あいつの剣術がLv5になった。
最初に聞いたときは、意味が分からなかった。
俺はLv4。
レオンもずっとLv4だった。
そこまで来ただけでも異常だったのに。
先に行きやがった。
口から出たのはそれだった。
「……先に行きやがった」
悔しかった。
かなり。
俺の方が長く剣を振っている。
年上だ。
冒険者歴だって俺の方が長い。
それなのに、技能の数字だけなら抜かれた。
でも、不思議と嫌じゃなかった。
むしろ。
ようやく来たか、と思った。
ずっと後ろにいた背中が。
いつの間にか横に見え始めていた。
◇
石切り場の件で、二十本勝負は一度流れた。
あいつが「明日なら」と言った次の日に、朝から任務へ出ることになったからだ。
戻ってきたあと、こっちから言おうと思っていた。
約束、忘れてねえだろうな。
そう言うつもりだった。
なのに。
先に言われた。
しかも、その前に。
「レベルも十五になった」
あいつは平然と言った。
一瞬、聞き間違いかと思った。
俺と同じ。
Lv15。
八歳で。
もうすぐ九歳とはいえ、そんなの誤差だ。
しかも剣術は向こうがLv5。
俺がLv4。
それを聞いたとき。
本当に一瞬だけ。
嫌な感じがした。
追いつかれた。
そう思った。
でも、二十本やってみれば分かった。
まだ全部じゃない。
俺には体格がある。
腕力がある。
間合いがある。
二年分の実戦がある。
あいつが持っていないものも、まだいくらでもある。
結果は八勝十一敗、一相打ち。
俺の勝ち。
ちゃんと俺が勝った。
なのに。
全然安心できなかった。
二勝八敗だったガキが。
もう八本取ってきた。
しかも一本目なんか、完全に持っていかれた。
最初の打ち合い。
俺の剣を受けたと思ったら、力を流して懐に入られた。
気づいたときには脇腹に木剣があった。
あの瞬間。
身体が先に理解した。
こいつ、もう前のレオンじゃない。
そこから俺も変えた。
待つ。
間合いを押しつける。
誘導に乗らない。
剣術だけで勝負させない。
そうしないと、普通に取られる。
それが腹立たしくて。
同時に、少し嬉しかった。
◇
あいつは自分がどれだけ変わったのか、たぶん分かっていない。
いや。
数字では分かっている。
Lv15。
剣術Lv5。
《戦域把握 Lv2》。
《誘導歩》。
そういうものは見えているはずだ。
でも、外から見た自分を知らない。
レオンが見ているのは、いつももっと上だ。
ガレス。
ゼノ。
第三環。
自分より強い奴ばかり見ている。
だから自分が弱いと思っている。
実際、そいつらと比べれば弱い。
それは間違っていない。
でも。
俺から見ると違う。
最初のころのレオンなら、今のレオンに一本も取れない。
たぶん十本やって十敗する。
いや。
もっとひどいかもしれない。
昔のあいつは、俺に勝つために何十回も負けた。
今のあいつは、俺に八本取る。
その差を一番知っているのは、たぶん俺だ。
何回倒したか。
何回打ったか。
何回同じところを狙ったか。
何回それが通じなくなったか。
全部見てきた。
だから分かる。
あいつは天才じゃない。
少なくとも、俺が知っている天才ってやつとは違う。
一度見て何でもできるわけじゃない。
身体能力だけで押し切れるわけでもない。
魔力だって多くないらしい。
剣術だって一度止まったと聞いた。
それでもLv5になった。
止まったところから先へ行った。
どうやったのかは知らない。
たぶん。
いつも通りなんだろう。
気が遠くなるくらいやっただけだ。
あいつにとっては。
「だけ」なんだろうけど。
◇
九歳の誕生日。
俺は少し大きめの革手袋を渡した。
名前は書かなかった。
どうせ分かるだろうと思った。
今のレオンには大きい。
でも、そのうち合う。
そう思って選んだ。
渡したあとで、自分でも変な気分になった。
最初に会ったころは、あいつがここまで大きくなる未来なんか考えていなかった。
身体の話じゃない。
強さの話だ。
俺が十五になったとき。
自分はそれなりに強いと思っていた。
冒険者になって二年。
剣術Lv4。
Lv15。
同年代なら、そう簡単には負けない。
今でも弱いとは思ってない。
だからこそ。
九歳になったばかりのガキが、もうそこまで来ていることのおかしさが分かる。
次に二十本やったらどうなる。
十勝されるかもしれない。
その次は。
十二本。
十五本。
いつか。
俺の方が十本取れなくなる日が来るかもしれない。
それを想像した。
嫌だった。
当然。
でも。
少し笑った。
そうなったら、また強くなればいい。
あいつが追ってくるなら。
逃げる気はない。
◇
翌朝。
訓練場を通りかかると、レオンが剣を振っていた。
新しい剣。
ゼノが渡したらしい。
今までより少し長い。
九歳の身体には、まだ少し大きく見える。
それでも振れていた。
一回。
止まる。
何か考える。
もう一回。
また止まる。
昔みたいに、ただ何千回も振っているわけじゃない。
あいつなりに考えている。
直している。
それからまた振る。
俺は声をかけなかった。
少し離れたところから見る。
小さい背中。
最初に見たときと、見た目はそんなに変わっていない。
まだ子供だ。
でも。
前ほど遠くない。
いや。
違う。
近づいているのは、俺の方じゃない。
あいつが来ている。
ずっと後ろにいたはずなのに。
気づけば。
すぐそこまで。
「次は十五勝だからな」
聞こえないくらいの声で言う。
レオンは振り続けている。
たぶん。
あいつの頭の中には俺なんかいない。
ゼノ。
第三環。
もっと先。
もっと強い奴。
そんなのばかり見ている。
それでいい。
俺は俺で。
簡単に抜かれないようにすればいい。
追いついてくる背中なんて、本当は変な言い方だ。
背中は普通、前にあるものだから。
でも。
あいつを見ていると、そう思う。
いつか俺の前に出る。
そのとき初めて。
俺はあいつの背中を見ることになる。
だから、それまでは。
できるだけ遠くにいる。
少なくとも次の二十本は。
十勝なんてさせない。
俺は木剣を一本取った。
今日は自分の訓練をする。
あいつだけが強くなるなんて。
そんなのは、つまらない。
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