九歳
ご覧いただきありがとうございます!
よろしければ、この話の読み終わりにでも【ブックマークへの追加】や【★★★★★評価】をポチッと押していただけると、今後の執筆の大きなモチベーションになります!
それでは、どうぞお楽しみください。
九歳になった朝も、特別なことはなかった。
いつも通り起きて、水を飲んで、身体をほぐす。訓練場へ出ると、空はまだ薄暗かった。秋に近づいたせいか、朝の空気は少し冷たい。
木剣を握る。
一回。
二回。
三回。
《剣術 Lv5》になってから、振り方を変えた。
前より遅く振ることが増えた。
速度を出す前に、どこで力が入っているかを確かめる。足から腰、背中、肩、肘、手首、剣先までが途切れていないか。一度できた動きを再現できなければ、できるとは言えない。
二百回を越えたところで、ゼノが来た。
「誕生日だな」
「うん」
「九歳か」
「うん」
「で?」
振りながら答える。
「何が?」
「今日は休むとかないのか」
「ない」
「だろうな」
ゼノは壁際に座った。
俺は続ける。
三百。
四百。
五百。
五百三十一回目で一度止めた。
右肩に少し力が入っていた。
最初からやり直す必要はない。ただ、次の一回だけそこを直す。
振る。
軽い。
もう一度。
同じ。
三度目。
少し崩れた。
まだ安定しない。
「前より考える時間が長くなったな」
ゼノが言った。
「駄目?」
「逆だ」
木剣を下ろして見る。
「昔のお前は、考えずに一万回やってた」
「考えてた」
「千回目くらいまではな」
否定できない。
奴隷鉱山にいたころは、とにかく回数を増やすことしか知らなかった。
拳を百回。
足りなければ千回。
千回で駄目なら一万回。
それでも意味はあったと思う。
でも、今なら分かる。
同じ間違いを一万回繰り返せば、間違いが上手くなることもある。
「今は千回でいい」
ゼノが言う。
「まだ少ない気がする」
「その病気は治らんな」
「病気じゃない」
「なら悪癖だ」
「それも違う」
「好きに呼べ」
俺はまた剣を振った。
千回を終えたころには、日が昇っていた。
◇
ギルドへ行くと、入口の前で止まった。
妙に静かだ。
朝ならもっと人がいるはずなのに、誰もいない。
扉を開ける。
「おめでとう!」
音が大きかった。
反射で半歩下がった。
リナ。
ディル。
ラウル。
ガレス。
ノア。
エマ。
ニル。
サイ。
それ以外にも、顔を知っているギルド職員や冒険者がいる。
机の上には食べ物が並んでいた。
「何これ」
「誕生日だろ!」
ディルが言う。
「見れば分かるだろ!」
「分からなかった」
「何でだよ!」
リナが笑う。
「ゼノさんが、今日九歳になるって教えてくれたの」
俺はゼノを見る。
少し後ろに立っている。
「何で言ったの」
「面倒だったから」
「何が」
「こいつらが聞くから」
「言わなければよかったのに」
「お前、祝われるの嫌なのか?」
考える。
嫌ではない。
ただ。
慣れていない。
誕生日をちゃんと祝ってもらったのは、いつ以来だろう。
父さんと母さんがいたころ。
たぶん、それ以来。
記憶の中で、母さんが硬いパンを焼いていた。
誕生日なのに、少し焦げていた。
父さんは何も言わずに木で小さな動物を削ってくれた。
あのころは、普通だった。
普通だったから、特別だと思わなかった。
「レオン?」
リナの声で戻る。
「大丈夫?」
「うん」
「じゃあ座れ!」
ディルに背中を押された。
席へ座る。
「九歳おめでとう!」
また言われた。
今度は逃げなかった。
「ありがとう」
◇
食事が始まると、かなり騒がしかった。
ディルは俺より食べている。
ラウルはもっと食べている。
「それ俺の」
「名前書いてねえだろ」
「俺の前にあった」
「取らねえ奴が悪い」
「返して」
「もう食った」
「じゃあ次の取る」
「おい!」
リナが笑っている。
ノアたちは少し離れた席にいたが、前よりずっと落ち着いていた。
数日前まで、周囲の大人が動くだけで身体を硬くしていた。今も完全に平気ではない。でも、ギルドの職員から皿を受け取るときに逃げなくなった。
エマはよく喋る。
ニルは食べるのが遅い。
サイは周りをよく見ている。
ルゥは今日は来ていない。まだ人の多い場所が怖いらしい。
それでいいと思う。
急ぐ必要はない。
「ノアたち、これからどうなるの?」
俺がゼノに聞く。
「調査中だ」
「家族?」
「ああ。出身地が分かってる奴から照会してる」
「ノアは?」
「本人が村の名前を覚えていない」
俺はノアを見る。
六か月ほど連れ回されていたと言っていた。
その前にどこにいたのか、全部がはっきりしているわけではない。
「見つからなかったら?」
「それも含めて領主側と話してる。少なくとも、放り出されることはない」
それならいい。
俺にできることは少ない。
一緒に住むこともできない。
家族を探すことも、今は大人たちの方が上手い。
なら、任せる。
少し前までの俺なら、自分で全部やろうとしたかもしれない。
最近、それをしないことが増えた。
◇
昼を過ぎたころ、人が少しずつ帰っていった。
最後まで残ったのは、いつもの顔だった。
ラウルが椅子を後ろへ傾けながら言う。
「で、九歳になって何か変わったか?」
「年齢」
「そういう意味じゃねえよ」
「身長は?」
「今日一日で伸びるか!」
ディルが横から俺の頭へ手を置く。
「変わってないな」
払う。
「触らないで」
「九歳でもちっちゃい」
「ディルもそんなに大きくない」
「俺は十二だぞ!」
「知ってる」
「年齢の話じゃねえ!」
ラウルが笑う。
リナも笑っている。
俺は自分の手を見る。
九歳。
前世なら、小学校にいるくらい。
でも、この世界での九年間は長かった。
四歳で父さんと母さんを失った。
奴隷になった。
ミアが死んだ。
カイルが殺された。
トーマと再会を約束した。
バルガに負けた。
何度も負けた。
ゼノに出会った。
《超越》を得た。
鉱山を出た。
剣を覚えた。
魔法も少し覚えた。
冒険者ギルドへ来た。
リナとディルに会った。
ラウルに負けた。
初めて勝った。
ガレスに負けた。
一本取った。
オークの群れを見た。
人が死んだ。
子供を助けた。
人間を斬った。
それでも。
まだ九歳。
「何考えてんだ?」
ラウルが聞く。
「長かったなって」
「九年が?」
「うん」
「爺みてえなこと言うなよ」
前世まで入れれば三十九年になる。
言わないけど。
「ラウルは何歳?」
「十五」
「六年後」
「何が」
「同じ年になる」
ラウルが眉を寄せる。
「いや、俺も歳取るからな?」
「知ってる」
「お前たまに本気か冗談か分かんねえんだよ」
最近よく言われる。
◇
夕方。
ゼノに呼ばれた。
場所はギルドの裏手。
人はいない。
「何?」
「話がある」
いつもの声だった。
でも、それだけで少し分かった。
たぶん大事な話だ。
ゼノは壁に背を預けず、俺の前に立っている。
「この町に来て半年くらいか」
「それくらい」
正確には少し違うかもしれない。
でも、そのくらい。
「最初に何を言ったか覚えてるか」
考える。
「依頼を受けろ」
「その前だ」
「勝たない修行?」
「それだ」
山を出たとき。
ゼノは、強い相手に勝つだけが修行ではないと言った。
人と動く。
依頼を受ける。
逃げる。
助ける。
判断する。
そういうものを覚えるために、町へ来た。
「どうだった」
「難しかった」
「何が」
「全部」
ゼノが少し笑う。
「そうだろうな」
俺は続ける。
「一人なら、自分だけ見ればいい。でも三人だと違った。リナが魔法を撃てる場所とか、ディルが動きやすい場所とか、敵だけじゃなくて味方も見ないといけない」
「他は」
「戦わない方がいいときがあった」
「他は」
「助ける方が大事なときも」
「他は」
少し考える。
「強くても追わないことがある」
ゼノの左肩を見る。
第三環を追わなかったときのこと。
傷はもうほとんど治っている。
「それで?」
「まだある」
「なら言え」
「分からないことを、分かったことにしない」
ゼノが少し目を細めた。
「誰に教わった」
「ゼノ」
「そうか」
「忘れてた?」
「確認しただけだ」
たぶん嘘。
でも突っ込まない。
「レオン」
ゼノが俺を見る。
「この町で、お前に教える予定だったことはだいたい終わった」
一瞬、意味が分からなかった。
「終わった?」
「ああ」
「じゃあ、町を出る?」
「すぐじゃない」
「いつ?」
「まだ決めてない」
俺は黙る。
リナ。
ディル。
ラウル。
ガレス。
ギルド。
普通の依頼。
毎朝の訓練場。
ここに来たばかりのころは、知らないものばかりだった。
今は全部知っている。
少しだけ。
「次はどこ?」
「それもまだ決めてない」
「何をする?」
「お前がもっと外を知る」
「今も外じゃない?」
「この町から見える世界は狭い」
ゼノは北の方を見る。
「今回の連中もそうだ。俺たちが見つけたのは、たぶん一部だ」
赤い輪が三つ描かれた地図を思い出す。
町の外。
もっと遠く。
「国は広い。人間以外の種族もいる。冒険者も、兵士も、傭兵も、魔法使いもいる。お前より強い奴はいくらでもいる」
「知ってる」
「知らん」
即答された。
「この町にいる奴しか見てないだろ」
「第三環も見た」
「一人増えただけだ」
それはそう。
「お前は強くなった」
ゼノが言う。
珍しい。
俺は少しだけ待った。
続きがあると思った。
「だが、まだ弱い」
やっぱりあった。
「知ってる」
「今のお前なら、そこらの同年代にはまず負けん」
「たぶん」
「E級の魔物一体なら、種類によっては一人で安定して倒せる。複数でも条件次第では戦える。Lv15。剣術Lv5。《戦域把握》も《誘導歩》もある」
言葉にされると、少し変な感じがする。
「八歳として見れば異常だ」
「才能ないのに?」
「それとこれは別だ」
ゼノはすぐに答えた。
「お前が剣術Lv4で止まったのは事実だ。魔力も少ない。覚える速度も速くない。俺が一度で直せと言ったことを、お前は百回やってようやく直すこともある」
「百回なら早い」
「そこがおかしい」
「何が?」
「普通はそこで諦める」
少し考える。
「何で?」
「知らん」
本当に分からない顔をしていた。
「だから次へ行く」
ゼノが言う。
「才能がない奴が、どこまで行けるか。俺も少し見たくなった」
胸の奥が少し熱くなる。
でも。
「最強まで」
言う。
ゼノが俺を見る。
「まだ言ってんのか」
「ずっと言ってる」
「そうだったな」
「なれると思う?」
前にも似たことを聞いた。
あのとき、何と答えられたか。
全部は覚えていない。
ゼノは少し考えた。
「知らん」
やっぱり。
「ただ」
続く。
「八歳のお前がここまで来るとは、最初は思ってなかった」
それだけで十分だった。
「じゃあ、次も予想外にする」
「勝手にしろ」
「うん」
◇
夜。
部屋に戻ると、小さな包みが置いてあった。
誰のだろう。
開く。
中には革の手袋が一組。
剣を握るためのもの。
今使っているものより少し大きい。
まだ俺の手には合わない。
紙が一枚入っていた。
文字は短い。
『すぐ大きくなるから、それまで取っとけ』
名前はない。
でも分かる。
ラウル。
たぶん。
別の包みには、リナから薬草を入れる小袋。
ディルからは小さな砥石。
ガレスからは訓練用の短い紐。足運びの幅を測るために使うらしい。
ノアたちからは木の板。
五人の名前が書いてある。
ノア。
エマ。
ニル。
サイ。
ルゥの名前もあった。
その下に、不格好な剣の絵。
たぶん俺。
剣が身体より大きい。
少し違う。
でも捨てない。
最後に、机の端に細長い包みがあった。
ゼノ。
開く。
何もない。
「……?」
包みだけ。
裏返す。
紙が一枚貼ってある。
『明日の朝、千回終わったら来い』
プレゼントじゃない。
俺は少し笑った。
◇
翌朝。
千回を終える。
ゼノのところへ行く。
「終わった」
「そうか」
「何?」
ゼノは一本の剣を持っていた。
俺が今使っている真剣より少しだけ長い。
派手ではない。
装飾もない。
革を巻いただけの柄。
使い込まれた鞘。
「持て」
受け取る。
重い。
今までの剣より重い。
でも持てないほどじゃない。
抜く。
刃も普通。
魔法がかかっている感じもしない。
「何これ」
「剣」
「見れば分かる」
「なら聞くな」
俺は刃を見る。
「ゼノの?」
「昔使ってた」
驚いて見る。
「いいの?」
「今のお前なら使える」
振ってみる。
止められる。
でも、少し前なら振られていたと思う。
剣の重さに。
「高い?」
「なくしたら働いて返せ」
「いくら?」
「聞かない方がいい」
「怖い」
「ならなくすな」
鞘へ戻す。
腰に差す。
少し長い。
これから身体が大きくなれば、ちょうどよくなるのかもしれない。
「レオン」
ゼノが歩き出す。
「何?」
「依頼に行くぞ」
「何の?」
「北街道の護衛」
「普通だね」
「嫌か?」
「ううん」
追いかける。
外へ出る。
町の門が見える。
半年前、初めてここへ来たときは、全部が大きく見えた。
人。
建物。
冒険者。
依頼。
魔物。
戦い。
今も大きい。
でも、前とは違う。
知らないから大きいんじゃない。
知ったから、その先があると分かる。
俺は九歳になった。
Lv15。
剣術Lv5。
それでも、世界から見ればまだ何者でもない。
強い人間はいくらでもいる。
知らない土地も。
知らない魔物も。
知らない技も。
知らない種族も。
たぶん、数え切れない。
なら。
全部見ればいい。
全部負ければいい。
負けたら、覚える。
覚えたら、また挑む。
努力しても負けることはある。
でも。
努力しなければ、次も絶対に負ける。
「遅いぞ」
前を歩くゼノが言った。
俺は走った。
「今行く」
町の門を抜ける。
その先には、まだ知らない道が続いていた。
第三章 世界への一歩 了
お読みいただきありがとうございました!
「面白かった」「続きが気になる」と思っていただけましたら、画面の下(または目次ページなど)にある**【ブックマーク登録】と、【★★★★★評価】**で応援していただけると本当に嬉しいです!
感想や「ここが良かった」といったご意見もお待ちしております。
それでは、次回の更新でお会いしましょう!




