第一章第一節① ・・・ --- ・・・
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2014.5.19 04:58:59 白波月夏宅
side:白波 月夏
夢を見ていた。
子供の頃、背中に誰かを背負った夢。
赤子か幼子か、背負って庭を歩く。
俺には記憶のない年頃のこと。きっと脳が作り出した架空の世界。
……さい。
サイ?ふと見上げると、空から何かに押しつぶされるような感覚と息苦しさが迫ってくる。
……きなさい。
来なさい?不安が段々と押し寄せ、世界が崩壊していく。
「起きなさい」
冷たい声色が耳を走り、反射的に目が覚める。上体が跳ね上がりそうになったが、それは許されなかった。理由は簡単。
目の前にはこちらの鎖骨に右手を置き、左手に包丁を持った、青い髪に、赤と黄色のオッドアイをした少女がマウントを取っていたから。
「!!」
「必要のない声を出さないで、少し待ってあげるから落ち着いたら正直に話しなさい」
声は淡々としているが余計に混乱しそうになる頭をなんとか押し留めて寝る前にあったことを少しだけ整理する。
神社で拾った少女は意識が戻らず、かと言ってあの感じじゃ訳ありだろうから病院で暴れられても困るしそもそも知り合いでもない人間……人間なのか?
あの翼のことを思い返すが、人間と仮定しよう。その上で、自宅の唯一のベッドがある自室に寝かせて、自分自身は居間のクッションで仮眠していたはずだ。
どうやらその記憶は間違ってなさそうだが、同衾もしていなければ腹部に馬乗りになられた記憶はないので多分そこからは寝ている間に起きたのだろう。
……とんだ目覚ましもあったもんだ。包丁がなきゃ満点なのだが。
思わずクソデカため息が出たところで少女は再び問いかけてきた。
「落ち着いたようね、じゃあ聞くわ。
貴方はどこの手合い?星見里?それとも別のどこか?」
「なんのことだよ……ただのしがない大学生だぞ」
つきなし……ああ、確か昼にサイクロンがなんか言ってたな……
「ただの大学生がなんで私を連れ込んだわけ?同情?憐れみ?肉体関係が欲しかったの?」
「は?お前さぁ……目の前でボロ雑巾みたいなやつをそのまま放置したら目覚め悪いだろ……」
そこで包丁こそ手放さないが、鎖骨への拘束は若干だが緩められた。
「え……もしかして、ただのお人好しで……?」
「悪かったな脳天気でよ」
「待って、じゃ、じゃあ神空って名前は」
「は?Am7thコードの音か?」
「はぇ?」
完全に呆気に取られたような顔をしていた。完全に見当違いらしい。
「えっ、じゃ、うち……」
そこで彼女は急いで飛び退き包丁を床に置いた。
「ごめんなさい!早とちりで、恩人を、そんな……」
「いや、わかってくれたら……」
と、捲し立てる彼女の様子がおかしい。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
先ほどまでとは打って変わって萎れるような声で、ただでさえ傷だらけだった服のボタンを外しており、ノンストップでそのままブラも半分脱ぎかけていた。
「おい!なにやって」
「だって、うち、ほかに恩を返すことが……」
彼女の切羽詰まった表情を見て男の欲情なんかよりも怒りが先に湧いてきた。
「馬鹿野郎!」
肩をぐっと押さえ込む。先ほどまでマウントポジションを取られていたのとは打って変わってその抵抗は全くなく、結果こちらが押し倒す形になった。
「違うだろ!そういうんじゃ!俺はそんなものを求めて助けたんじゃねぇよ!!」
「でも……」
どうして頑なに自分は価値がないと卑下し続けるのか、そして何より、何が彼女をここまで追い込んだのか、頭が巡るほど苛立ちが募り始める。
「ああもう!お前何かできるか?」
「か、家事なら大体……」
「わかった、とりあえず明日の朝飯作ってくれ!その飯の時に何があったのか聞いてやるからもう少し自分を大切にしろ!」
自分への苛立ちに苛立ちながら、半ば自分に怒鳴るように言った。
「う……うん」
「……はあクソ、ちゃんと約束果たせよな!」
そう言ってもう一度毛布に包まる。
少女が動いた気配はなかったが、少し冷静になってみると完全にアレな構図だしそもそもあの状況を大竜巻あたりにバレたら据え膳で逆ギレするヘタレwと言われそうだの、内心落ち着かないどころではないまま、結局夜は明けた。
少し意識が落ちてたのか、気がつくと鼻腔を擽る匂いで目が覚める。
「あっ……」
「おっ、おはよう……」
「お、おはようございます……」
なんともぎこちない状況だが、いかんせん脳裏に明け方のことがよぎり、こちらとしても何を切り出せばいいのかわからず結果なんとも言えない空気が支配していた。
ただ、そんなに冷蔵庫に備蓄もない中であっただろうに、目玉焼きと味噌汁と炊き立てご飯の朝食を前にすれば腹は正直なようで、一旦脇に置いておこうと思う。
どうせ今日は講義調整で作った中休み曜日だ。
毒を食らわば皿まで、どこまで分かるかは分からないが、聞くだけ聞かなきゃな。
「お、お口に合うかわかりませんけど……」
おずおずと聞かれるが、これは……
「美味いな……」
「えへへ、よかったです」
卵の黄身は半熟で醤油を垂らせばそれだけでご飯はすすみ、味噌汁もインスタントながら暑さと眠りきれなかった体に染み渡る。昨日の味噌汁と変わらないはずなのに、何故だか美味く感じるのはなぜだろう。
そして何より、
「あんた、そんな表情できたんだな」
そこに居たのは確かに傷は癒えてない、そしてきっと奥底にはまだまだ深い何かがあるのだろうけれど、年相応らしい人の姿があった。
数時間前の、何処までも冷たい表情からはとても想像できないほどの。
……ん?あんた?
「そういや名前聞いてなかったな、俺は月夏、白波月夏だ」
「月夏、さん……」
「月夏でいい」
少しだけ思い巡らしたようだが、納得したようだった。
「私は神空 鴉那です、ごめんなさい、見ず知らずの方に……」
また謝ろうとしてそれを抑止する。落ち着いた今、少し俺にはその下を向く姿は色んな意味で辛くなる。
「あー、うん、アナ。何があったのか、別に言いたくなきゃ言わなくていいし、なんと言うか……俺が聞いても分からないことのが多いだろうけどさ、まあ昨日の詫びに教えてくれたら、まーその、嬉しいというか」
めっちゃどもってるあたり己の女性経験の少なさを裏付けてるようで恥ずかしいが、あの様子だと多分そこまで気にしてはいないだろう、そう信じつつ彼女の生い立ちを聞こうと構える。
「あっ、そ、そうですね!ええっと……何から話せばいいかな……」
「そう畏まらないでくれ、普段通りに話してくれたらいいから」
「あ、ありがとうございまし、ますっ」
噛んだ。
少しバツ悪そうにしているがそれでは進まないので手で続きを促す。
「失礼しました、えっと、じゃあ改めまして」
そう一言畏まり語り始めた。
「神空 鴉那。人でも妖怪でもない、半人半妖よ」




