第一章第二節⑤ save me
[save me]
2014.5.20 08:14:25 浮寺-星見里町境の森
side:白波月夏
あそこからどのくらい歩いただろう。
森の中、獣道かすらもわからない木々の隙間を進み続ける。
お互い消耗は激しく、片腕はまともに動いてない。息も上がりきっているが、言葉も交わさず歩き続ける。あそこから少しでも距離を置くように。
今頃は家の方も立ち入り禁止の実況見分が行われているのだろうか。
なんだか、あの家が今では遥か遠くに感じる。
「はぁ……」
思わず漏れたため息が、全身に疲労感を広げていく。
「アナ……一旦休もう。ここまで来たら……すぐに警察も……追手も来ないだろう」
「そう……だね……」
そう言って近くの木に背を預ける。
あまりにも体が重い。
あれだけ消耗したはずなのに、何も喉を通ろうしない。
それは鴉那も同じなようで、唯一手元に残っていたチョコバーを手渡そうとしたが、今は辞退していた。
後何キロあるのかもわからない森の中。俺たちはお互いに一本の木を挟んで背中合わせで座り込んだ。
荒れた息が落ち着いても沈黙の続く俺たちをよそに、遠くでボゥボゥポウポウと鳥の鳴き声だけが響き渡る。
この短期間で、あまりにもいろいろなことが起きすぎた。
家は壊れ、そこから何十キロも離れた森にやってきて、そしてなにより、人が死んだ。
俺が変に首を突っ込まない方が良かったのか?
俺が移動にバスを選んだから?
そもそも、あの夜に逃げ出していたら、こんなことにはならなかったのか?
そんなことばかりが頭をめぐる。
くそ、体は鉛のように重いのに、頭だけが半端に冴えることほど辛いものもない。
もう終わったことなどどうしようもないのに。
「選んだ対価、か」
ふと出発前にあの神に言われたことを思い出す。
これが選んだ末に待ち受けることだとするのなら、それは誤りだったのだろうか。
少なくとも選ぶことすら許されなかったあの運転手に、どのような顔を向ければいいのか。
エゴだといえば多分そうだ。
だが、それを諦めるほど人間として没落したとは信じたくもない。
じゃあ、どうするのがよかったのか?
そんなことばかりが堂々巡りをする。
「月夏っ!伏せて!」
その中で突如鴉那が叫び右手を振り抜く。
ギャッ!という声だけが、少し離れた木の影から聞こえた。
「どうした!?」
「敵意が、ずっとこっちを……」
肩で息をしながら、まだ変異させた腕も元に戻ってはいない。
「っ!」
思わずフラッシュバックする、あの瞬間。
バスの目の前に現れた化け物が、運転手のおっさんを、貫く場面。
目の前の少女はそうではないと信じたい、信じたいのに。
「……おい、もしそれが関係ない人だとしたら……?」
「月……夏……?」
「なあ!どうなんだよ!それじゃ俺たちとあいつら何が違うんだよ!なぁ!」
「だって、あの気配は……」
「あの気配!?あいつらに違いないんだな」
一瞬胸を撫で下ろしかけるが、気配という不確定要素、そして何より———
「ならなんでスマホも何もないのに!向こうからはバレてるんだよ!なぁ!!」
堰を切ったように言葉が止まらない。
違う、違うんだ。
そういうことを言いたいんじゃない。
だというのに、口から漏れ出るのは、そんな言葉たちばかりだった。
そんな俺を見た鴉那は……泣きそうな目をしていた。
「っ、悪い……少しだけ一人にさせてくれ……」
崩れそうになりながら、今いた木とは反対側の木に背を預けた。
さっきの鳥の声も、もう、聞こえはしなかった。




