第一章第二節④ FoReveR young
[FoReveR young]
2014.5.20 06:27:35 県道087号線 惣明峠
side:白波 月夏
「もうひとつ、やれるかも……ちょっとの間、守って、くれる?」
この戦いが始まってから何も出来ずに歯痒さを覚えていた中に突然告げられたミッション。
対空技なんてあるわけもない。ゲームでもあるまいし。
そもそも前回の疲労だって重く残っている。だが、
「任せろ」
ここで引くなんてしたら、鴉那を見殺しにしたら、俺が俺を許せなくなる。
それに……あの運転手のおっさんの仇だ。
知り合いでもなんでもない、それでもこんなことに巻き込まれる筋合いはなかったはずだ。
この因縁は、ここでケリをつける。
「とはいえ長くは保たないと思う!なるはやで頼むぞ!」
そう言って一歩前に出ながら内潤卦を練り上げる。
だが、疲労のせいか、前の戦いのような周囲がスローに見えるようなことは起きなかった。
……正直、啖呵を切ったよりも保たないかもしれない、だが、やるしかない。
そんなこちらを他所に、あの黒い化け物は未だ悠々と空を旋回し、獲物を見定めているかのようだった。
刹那、奴が飛び込んでくる。
しかし、最初のような曲芸飛行もなければ速度も遅い。
恐らくは、鴉那の一撃が少なからず効いている。
「ふんっ!」
半歩下がり掴む構えを取る。
化け物はそれを嫌がってか、タイミングをずらした軽い蹴りを肩に入れて上空へと戻っていく。
「クソ、ジリ貧だな……」
軽いとはいえ勢いの全てが相殺されたわけではなく、あまり喰らうと腕が上がらなくなりかねない。
鴉那の方からは時々呻き声が聞こえるが、奴を相手に振り返る余裕は俺にはない。
その声を聞いてか、下卑た笑いを浮かべた化け物が再び滑空してくる。
表情ある方がよりキモいな、と一瞬頭によぎったが、その雑念を振り払い今度は相手の足を殴り返す構えを取る。
だが、それを嘲笑うかのようにその化け物は急に向きを変えたかと思うと、高度を上げ、そこから垂直落下をしてくる。
それは、マズい!
今の隙だらけな鴉那が直撃を喰らうことはすなわち勝ち筋が無くなると同義。
ならば
「うおおおおお!!!」
その軸なら躱しようがないだろ!
敵の突っ込んでくるタイミングに合わせてアッパーを打つ。
手ごたえは……軽いが、ある!
流石にクリーンヒットとはいかないが、その回避のために無理な体制を取らせることは出来たみたいだ。
ブレーキをかけながら再び空へ舞い上がっていく。
だが、もう限界が近い。
腕はもう感覚がないし、体幹もフラつきが自覚出来るレベルだ。
「鴉那、まだかかるか!?」
「あとちょっと……!っ……!」
化け物は知ってか知らずか、もう飛んでこない相手に余裕綽々と言った様子で、次の一撃をいつにするのか、まるでオードブルを前にした子供のように吟味している様子だった。
舐めやがって……
だが、その感情も燃料にする。ガス欠寸前だが、やるしかない。
構え直す俺を見てか、奴は旋回しながら高度を落としてくる。突進か。
ここはバスの上、浅い角度で突っ込んできても向こうはリカバリーがきくし、こちらは叩き落とされたらそのダメージだけで下手すれば戦闘不能だ。
ここが、正念場。
呼吸を一度だけ深く吸う。
その瞬間に合わせて敵がロケット弾のように突っ込んできた。
来ると思ったぜ。お前なら。
点で狙えないなら面でやるしかねぇ。
浅い角度ゆえに出来る手段、当身。
向こうは意に介さず突っ込んでくる。
ここだ!
「はあっ!」
内潤卦を肩に集中させる。
局所に出来るかはアドリブだが、勝てる可能性があるのはこれしかない!
ダァン!!
肩に集めた力が相手へ、向こうからは運動エネルギーと質量が激突する。
双方のぶつかりで後ろへ弾き飛ばされる。ギリギリでバスの上からは落とされずに済んだが、めまいと口の中に、再びあの鉄の味が広がった。
だが向こうも完全に怯んだ!
しかし、俺ももう右肩が外れてる。
「ア、ナ……」
「ありがとう、成功できたよ」
そう言って構えたのは、変異した右腕。
それは銃……或いは砲なのか?
白い腕は半ばから縛られ、銃口が生み出されていた。
SFに出てくるような、腕と一体になった銃というべきか。
「外しはしない……!」
鴉那の瞳が揺れた。
だがそれ故の焦りからか、銃身がブレかけている。
俺が直接出来ることなんかない———
だが、まだ生きている左腕をその銃身に添えた。
「大丈夫、俺が信じる」
一瞬驚いた顔をしたが、焦りは消えたようだった。
しかし、敵も段々と落ち着いてきたのか、先ほどまでは四つん這いだったのが、ふらつきながら立ち始めている。
「疾れ禍弾っ!」
鴉那の右腕から閃光が走り、その化け物の胸を貫いた。
「クソ、やっぱりダメか……」
バスは不幸中の幸いか、今は大きな火の手こそ上がってない。
だが、油の嫌な匂いはあたりに充満している。
助けを呼ぼうにも山の中で対向車も後続も、不気味なほどに誰も通ってこない。
そしてなにより、さっきから呼びかけてもバスのおっちゃんからの返事はやはりない……
一瞬だけ見た運転手に襲い掛かるあの光景。嘘だと信じたかったが、網膜に焼き付いた光景は事実だったと状況が告げる。
敵は他人がいようと関係なく襲ってくるに違いない。
ならばもう、この道は使えない。
「アナ、森に身を隠そう」
奥歯をかち割りたいほどの悔しさを押し殺し、淡々と告げる。
「もう、体が限界だ……一度休まないと、保たない……」
そして何より、一つ懸念点があった。
「もしかしたらスマホのGPSで追われてるかも……ここで、捨てていく」
そして入学以来の付き合いのスマホを取り出す。
でも、このくらいはしてもバチはないだろう?
「もしもし、救急ですか?消防ですか?」
「バスの事故だ……死傷者がいるかも……」
「どこになりますか?」
「このスマホの、GPSを追ってくれ……」
「わかりました、あなたは被害者ですか?通行したのを見たのですか?……もしもし?もしもし?」
戦いでヒビの入ったスマホをそのままアスファルトの上に置き、俺たちは立ち去る。
「月夏……」
「すまない、森に入って距離をとれたら、一度、休もう……」
チカチカする視界、ぐわんとする目眩。体はもう限界を訴えてた。
だが、すぐ近くではやがて来るだろう警察の捜査で見つかり得る。
すこしでも、無関係な人たちを、これ以上巻き込まないために。
距離を、稼がないと……




