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追放されたA級パーティの雑用係(38歳)、辺境の廃村で気ままに飯を作っていたら最強の村になっていた  作者: 月代


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第10話「灰谷の朝ごはん」


灰谷に来て十七日目。


朝。


セルディオが旅支度を整えていた。


昨夜は空き家の一軒に泊まった。たった一晩だが、ゆっくり眠れたらしい。顔色が昨日よりいい。


俺は台所に立って、握り飯を握った。


塩を利かせた根菜の混ぜ飯。握りたてだから温かい。


笹の葉に包んで、セルディオに渡した。


「道中の飯だ」


「……ありがとうございます」


セルディオが受け取った。両手で、大事そうに。


村の入口まで見送った。


俺だけじゃない。全員がいた。


マルトが「元気でやれよ、若いの」と笑った。


エルナが「お体に気をつけて」と頭を下げた。


ドランが「またこいよ。飯食わせてやるぜ」と胸を叩いた。ドランの飯は食わせない方がいいと思うが。


リーネは何も言わなかった。ただ、小さく頷いた。


フィオが「さようなら、です」と手を振った。


セルディオが馬に跨った。


「ガルドさん」


俺を見下ろした。


「次に会うときは、胸を張れる自分になります」


「勝手にしろ」


返した。


口元が緩んでいるのが自分でも分かったが、直す気はなかった。


セルディオが一度振り返って手を振り、街道を走り去っていった。


金髪の背中が小さくなっていく。


大きく息を吐いた。


「疲れましたか?」


横にリーネがいた。


「……ああ」


正直に言った。


昨日の支援魔法——あれで魔力をかなり持っていかれた。体が重い。頭の奥がぼんやりする。


魔力の回復は睡眠と栄養でしか戻らない。今日は無理をしないほうがいいだろう。


「珍しいですね。ガルドさんが弱音を吐くのは」


「弱音じゃない。事実の報告だ」


小屋に戻ろうとした。


エルナが前に立った。


「なら、わたくしが朝ごはんを作りますわ」


「え?」


「お任せくださいませ」


ドランが手を挙げた。


「俺も手伝うぜ!」


マルトが「わしも何かできるかのう」と腰を上げた。


フィオが「ぼくも!」と目を輝かせた。


リーネが「わたしもやります」と言った。


俺は、椅子に座ったまま、その光景を見ていた。


五人が台所に立っている。


俺の台所に。


「……俺がいなくても飯が出るのか」


声が勝手に出た。


リーネが振り返った。


「当たり前です。ガルドさん一人に全部やらせるわけないでしょう」


当たり前。


その言葉が、妙に胸に響いた。


前の人生では——一度も聞かなかった。


毎朝五時に起きて資料を作っても。


休日に呼び出されて対応しても。


誰かが「手伝う」と言ってくれたことは、なかった。


転生してからも。


二十年間、パーティの全てを回しても。


誰も「一緒にやる」とは言わなかった。


今、五人が台所にいる。


初めてだ。こんなの。


後頭部を掻いた。


「そうか……そうだな」


ありがとう、とは言えなかった。


言い慣れていない。


だが——まあ、伝わっただろう。多分。


しばらく待った。


台所からいろいろな音が聞こえてくる。


鍋がぶつかる音。卵が割れる音。何かが焦げる匂い。


ドランの「あっ」という声。


エルナの「まあ」というため息。


マルトの「ふむ。火が強すぎたかのう」という呟き。


リーネの沈黙。沈黙は大体ろくなことが起きていない。


フィオの「殻が……入っちゃいました……」という報告。


嫌な予感がする。


台所を覗いた。


惨状だった。


エルナのスープは上品な見た目だが味見すると味がほとんどない。塩を入れ忘れたらしい。


ドランの肉炒めは真っ黒に焦げている。「火力だと思った」と本人は言い張っている。


マルトのスープは一口飲んだら喉が焼けそうなほど辛い。「薬味を少々入れただけじゃが」。少々の定義がおかしい。


フィオの目玉焼きは殻まみれだ。黄身が潰れている。だが、一生懸命作ったのは分かる。


リーネは——几帳面に手順を守って作ったらしいパンケーキが、見た目は完璧だった。


一口食べた。


甘い。甘すぎる。


「……塩と砂糖、間違えたか」


「……間違えてません」


「甘いぞ」


「……間違えました」


全員がしょんぼりしている。


五つの料理。五通りの失敗。


「……うん」


全部を見渡した。


「まあ、ひどいな」


正直に言った。


嘘はつかない主義だ。


五人の肩がさらに落ちた。


だが。


「貸せ」


立ち上がった。


エルナのスープに塩と胡椒を足す。ドランの焦げた肉から焦げていない部分だけ切り出す。マルトの辛いスープに白湯を足して薄める。フィオの卵は殻を取り除いて崩す。リーネのパンケーキは千切って具にする。


全部を鍋に入れた。


少し煮込んで、味を見て、塩を足して、香草を散らした。


六つの椀に注ぐ。


「食ってみろ」


全員が恐る恐る口をつけた。


「……おいしい」


フィオが声を上げた。


「だろ?」と言おうとして、やめた。


これは俺が作ったんじゃない。


五人が作ったものを、俺がまとめただけだ。


ドランが「やっぱガルドの飯が一番だぜ!」と叫んだ。


「俺は手直ししただけだ。お前らが作ったんだぞ」


エルナが「悔しいですわ。次はもっと上手に——」と目を細めた。


マルトが「まあ、次は上手くやるとするかのう」と顎髭を撫でた。


リーネが真顔で宣言した。


「わたしは塩と砂糖の容器に印をつけます」


「……そうしてくれ」


フィオが笑った。


「次はぼく、殻入れないです!」


「頼むぞ」


なんだ、これ。


楽しいじゃないか。


食後。


外に出た。


村の中を歩く。


修繕された家屋。ドランが建てた柵と見張り台。拡張された畑。エルナの薬草園の苗。フィオが練習で灯した光の焦げ跡が地面に残っている。


十七日前。


ここには何もなかった。


朽ちた家屋と、伸び放題の雑草と、一つの井戸。


今は——人の暮らしの匂いがする。


洗濯物が風に揺れている。畑の案山子に帽子が乗っている。かまどから薪の煙が細く上がっている。


井戸端に座った。


空を見上げる。


青い。雲が一つ、ゆっくり流れていく。


リーネがやってきた。


隣に——少し離れて座った。


「ガルドさん」


「ん」


「ここは、どうなるんですか? これからも誰か来ますか?」


「さあな。来る奴は来るだろう。来なくても別にいい」


「……そうですか」


リーネは空を見上げた。銀髪が風に揺れる。折れた角が朝日に光っている。


「わたしは、ここにいます」


静かな声だった。


宣言じゃない。確認だ。


ここにいる。この場所に。


「ああ。知ってる」


それだけで十分だった。


二人の間に、穏やかな沈黙が流れた。


風が吹いて、畑の案山子の帽子がかたかた鳴った。


マルトが近づいてきた。


「お前さん」


「何だ」


「最初は”自分のために生きる”と言っておったな。変わったか?」


考えた。


ゆっくりと。


「いや、変わってない」


「ほう?」


「ここにいる連中と飯を食うのが、俺にとっての”自分のための生き方”なんだろう。多分」


マルトが笑った。


「ふむ。良い答えじゃのう」


良い答えかどうかは分からない。


だが——嘘じゃない。


夕方。


全員で夕飯を作った。


俺が指示を出す。


「ドラン、野菜を切れ。もう少し小さく——まあ、それくらいでいい」


「おう!」


「リーネ、食材を氷魔法で冷やしておいてくれ。肉が傷む前に」


「……分かりました」


「エルナ、薬草園からハーブを摘んできてくれ」


「かしこまりましたわ」


「マルト、火の番だ。火加減を見てくれ」


「了解じゃよ」


「フィオ、食器を並べてくれ」


「はい!」


フィオの声が弾んでいる。「です」じゃなく「はい」。


心を開いた子供の声だ。


鍋をかき混ぜながら、後ろを振り返った。


五人がそれぞれの持ち場で動いている。


ドランが巨大な根菜と格闘している。


リーネが几帳面に食材を並べて冷却している。


エルナが摘んだハーブの香りを確かめている。


マルトが火の加減を見ながら顎髭を撫でている。


フィオが真剣な顔で椀を六つ並べている。


「……悪くない」


何度目だろう、この言葉。


でも、毎回少しずつ意味が変わっている気がする。


テーブルに着いた。


六人分のスープ。湯気が上がっている。


窓の外は夕焼けだ。


橙色の光が小屋の中に差し込んで、六つの椀を照らしている。


手を合わせた。


「いただきます」


全員が続いた。


「いただきます」


スープを、一口。


「うまい」


十七日前。


一人で、一つの椀で、同じ言葉を言った。


あの時は——自分のために作った飯だった。


今は違う。


六人で作った飯だ。


六人分の手間と、六人分の失敗と、六人分の笑い声が入った飯。


うまくないわけがない。


目尻が下がるのを感じた。


泣きはしない。もう泣く歳じゃない。


ただ——温かいな、と思った。


食器を洗った。


井戸端で水を汲み、一つずつ丁寧に。


星が出ていた。あの日と同じ、降るような星空。


「明日の朝飯は何にするかな」


独り言。


背後から声が飛んできた。


「パンが食べたいです」


リーネだ。


「肉!」


ドラン。


「目玉焼き!」


フィオ。


「ハーブティーがいいですわ」


エルナ。


「なんでもいいが、多めに頼むぞ」


マルト。


椀を拭きながら、笑った。


「はいはい。全部作るよ」


五人がそれぞれの小屋に戻っていく。


灯りが一つずつ灯り、一つずつ消えていく。


最後に俺の小屋の灯りだけが残った。


暖炉の火を落とす。寝台に横になる。


天井の隙間から、星が一つ見えた。


十七日前と同じ星だ。


あの夜は一人だった。


今は——小屋の外に、五つの寝息がある。


目を閉じる。


明日も朝が来る。


畑に水をやって、飯を作って、薪を割って。


リーネが「別に」と言い、ドランの尻尾が揺れ、マルトが「ふむ」と顎髭を撫で、エルナが「まあ」と微笑み、フィオが「お姉ちゃん」とリーネを呼ぶ。


そんな一日が、また始まる。


それだけで——十分だ。


灰谷の夜が、穏やかに更けていく。


——しかし。


目が落ちかけた、その時。


遠く——村の入口の方から、微かな灯りが近づいてくるのが見えた。


窓に目をやる。


数人の人影。


疲弊した旅人たちが、ゆっくりとこちらに歩いてくる。


「すみません——」


声が聞こえた。


「ここに、居場所をなくした者でも泊まれる場所はありますか」


俺は——。


後頭部を掻いた。


立ち上がって、扉を開けた。


夜風が頬を撫でた。


「……飯、食うか」


灰谷の物語は、まだ続く。

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