公爵視点
社交界での笑い者、いつも悲しげに微笑みながら壁の花になっているリリーナ・ハワード。私には彼女の存在が理解出来なかった。婚約者が別の女と親密な関係を周囲の目も憚らず見せつける事に、何故怒らない。どうして無理をしてでも微笑むのか。
何度かリリーナ嬢を舞踏会で見かける事があったが、いつも俯向き悲しげな微笑みが気になってしょうがなかった。そこまで我慢して婚約破棄をしないのはリリーナ嬢はあの男に固執しているのか。そんなにもあの男を愛しているのか?そう思っていた頃、リリーナ嬢がバルコニーから転落したという情報が入った。これは転落とされているが、恐らくだがリリーナ嬢は自分で飛び降りたのではないかと思う。最近あった舞踏会でいつもとは違う思い詰めた表情をしていたからだ。
どうして私はこんなにもリリーナ嬢が気になるのか。私の両親はお互いの存在が無い様に生活している。何故飛び降りる程追い詰められる程の感情をあの男に向けるのか。
しばらくして公爵家で開かれる舞踏会にリリーナ嬢はやってきた。まるで別人かの様に。リリーナ嬢がバルコニーに向かう後を私は無意識に追いかけていた。バルコニーにいたリリーナ嬢は顔色が少し悪かった。
「大丈夫か?顔色が悪いが……」
「これは……マーベリス公爵様。みっともない姿をお見せしてしまって申し訳ありません。私は大丈夫です」
「具合が悪くなったら直ぐに使用人に言うと良い」
「お気遣いありがとうございます」
ふわりとした愛嬌のある笑いでカーテシーをとる。誰だ?本当に社交界の笑い者であるリリーナ嬢なのか?まるで人格が変わった様なリリーナ嬢は凛としている。何故か、咄嗟にファーストダンスを誘ってしまった。
「もし、体調が大丈夫な様なら……一曲踊ってくれないか?」
「私がですか?……喜んで」
リリーナ嬢をエスコートし曲が始まり、リリーナ嬢は身を委ねてきた。リリーナ嬢は私を観察する様に見ている。
「熱い目で見られる事はあるが、観察する様に見られるのは初めてだな」
「……失礼しました」
「謝らなくていい。私とのダンスを楽しんでくれ」
少し強引に腰を抱き先程より密着する。リリーナ嬢は私に言われた通り、自然と笑い踊る。その笑顔がとても魅力的で思わず私も笑みが浮かぶ。
「ああ、その笑顔だ。ずっと前からその笑顔が気になっていたんだ。良かった、君が心から笑ってくれてる様で」
「ええ、私もこんなに楽しいのは何年ぶりでしょうか」
リリーナ嬢と二人笑い合い、リリーナ嬢はクルッとターンをする。若草色のドレスが花開く様にふわりと踊り綺麗だと思った。
曲が終わり、名残おしく手を離す。すると、あの男が私達に近づいて来て挨拶をするがどうでもいい。
私はリリーナ嬢の心からの笑顔が忘れられず、この男のせいで笑顔が曇るなら、私がもらっても良いのではないかと思った。
直様ハワード家に婚約の申し込みの手紙を出すと、すぐに了承の返事が返ってきた。
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今日はリリーナ嬢とのお茶会だ。リリーナ嬢があの男に暴行されたのは許し難い。これはお仕置きが必要だな。それより今は目の前にいるリリーナ嬢との時間を楽しもう。
「リリーナ嬢、その……リリィと呼んでも良いか?」
恐る恐る、リリーナ嬢の愛称を呼んでも良いか尋ねる。リリーナ嬢は嬉しそうに了承してくれた。
「なら、私はルクス様とお呼びしても宜しいですか?」
恥じらう様に可愛いおねだりをされ、私の心が踊る。何故もっとリリィに話しかけなかったのかと過去の私を殴ってやりたい。私ならあんな悲しげな微笑みなどさせない。
「もし私に何か非がある様だったら、悲しげに微笑まずに言って欲しい。リリィの笑顔が曇るのは胸が痛い」
「ええ、そうしますわ。言葉にしないと伝わらないですものね」
コテンと顔を横にし、鈴を鳴らした様にコロコロと笑うリリィは愛らしい。社交界の笑い者、悲しげに微笑むリリィはもういない。
私はこの笑顔が曇らない様、努力しよう。




