裏事情 2
お待たせしております。
その後、教団の儀式で初めてあいつを見たのだけど……想像以上にとんでもない奴だった。
その時は当の本人だとは思っていなかったし、私は護衛に囲まれてすぐに屋敷から離れてしまった。
だけど話を聞けば長く王国を悩ませていた男を討ち取り、さらには伝説の存在である悪魔までいとも簡単になぎ倒してしまったらしい。
悪い冗談みたいな話でとても信じられないけれど、この話を持ち込んだ人が公爵閣下だったので誰も疑う者はいなかった。
それに、私にとっては最大の収穫があった。ついに件の金蔓、いや債務者の名前と居場所を突き止めたのだ。公爵閣下が実際にその魔約定を目にしたようなので間違いない。
と、ここで私の仕事が終了! お疲れ様でした、となればよかったのだが……私の仕事は魔約定に関すること全般である。具体的には、1500万枚の金貨をちゃんとくださいね、と監督する事でもある。
つまり、私は想像を絶する力を持った男に、全く身に覚えもない借金でもサインしたんだからきっちり払えと言い聞かせるのが仕事なのだった。
無理無理かたつむり! そんなの絶対無理に決まってんじゃん!
頭を抱えた私だったけど、運は見放していなかった。元々運はいい方だったけど、今回はそれを強く感じたわ。
何しろ友達が、あの男のバリバリの関係者だった。さらに調べると私の数少ない友人や知り合いが結構関わっている事が判明したの。
これは最早天佑としか思えない。
私は、あの男が王都を去ったのを確認した後で、密談に相応しい場所を選んで、対策会議を開くべく関係者を召集したのだった。
それから時間は過ぎて、今現在に至るわけなんだけど……。
「ううううううう」
あの男が休憩だと言って何処かへ行ったのでこれ幸いと化粧室へ逃げ込んできたのだけど、虚勢もここまで。もう力が何も入らない。体中から精気という精気が枯れ果ててしまったみたいにぐったりしてしまった。
そこへ心配したソフィアが顔を出してくれた。
「セリカ様、あの、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃない……なんなのあいつ! あんなの絶対人間じゃないわよ!」
あれはそう、伝説に謡われるような真竜が人の姿を取っている言われても納得してしまう。そんな圧倒的な存在感を放っている奴だった。あんなの相手に交渉なんてできる気がしない。
「兄様に酷いことをいわないでください」
あの殺気の塊みたいな圧力をひたすら感じていた私は消耗しきっていた。当然だけど私だけに向けていたからソフィアやシルヴィには感じなかったみたいだけど、それにしてもソフィアの言い方はないと思う。
「ちょっと、ソフィアぁ。貴女どっちの味方なのよぉ」
へなへなと化粧室で崩れ落ちた私を支えたソフィアは事も無げに言い切った。
「この件はセリカ様にご助力致しますと申し上げましたが、それ以外では私は全て兄様の味方です。今回だって謀るようなことをしてしまって、本当に申し訳なく思ってますのに」
「……貴女、変わったわね。とても喜ばしいことだけど」
私が知っているソフィアは、綺麗だけと儚げな線の細い子という印象だった。生い立ちと環境が似ているので友人になったのだけれど、こんなに表情を変える子だなんて、思ってもみなかった。
「変わりますよ。あの人と出会ってから毎日が楽しくて仕方ないのです。あの頃と比べて、明日を待ち遠しく思う日がくるなんて、想像もできなかったですもの」
「それもあの男のお陰というわけね」
ソフィアはあの時の会議の冒頭、あの男を敵に回すなら、世界を敵に回した方がよはど勝ち目があると言い切った。いくらなんでもそれはと思ったのだけど、他の出席者からも同じような意見ばかり出てしまった。
正直、人選を間違ったかなとあのときは思ったものだけど、結果としては大正解だった。
「セリカ様、こんなところで座り込んではなりませんよ。さあ、お立ちになって」
ソフィアが私の腕を引いてくるが、私にその力はなかった。何しろ下半身から色々出てしまったし、気力も尽きてしまった。
これまで私を激しく睨み付けてきたあの男が、突然黙りこんだあと、何故かその怒りを解いたのだ。
その時に緊張の糸が完全に切れてしまっていた。ソフィアが万が一に備えてと、極秘に勧めてくれた装備を身に付けていなかったら一生の恥をさらすところだった。
ソフィアのいうとおりにして良かったわ。何であの男が矛を収めてくれたのかわからないけど
「何度も言いましたが、初めから事情を話して頭を下げれば良いのです。兄様は、事情のある方には無体なことはなさいませんし。ちゃんと話せば解ってくださる方ですよ」
「それが無理だから会議を開いて意見を求めたんじゃない」
元々父が示した方針は極力こちらの事情を伏せて、互いの面通しを済ませ、これからも返済させ続けるという、誰が聞いても無茶な内容だった。
だけど、それを押し通す為に我が家の紋章まで持ち出す許可を与える辺り、父の本気度が伺える。
こちらも無理を通すために紋章をフル活用であの男に詳しい人物を集めたのだが、彼らの最初の目標が今思い出しても泣けてくる。
なんと、私が生きて店を出ることが第一目標だった。いや、どうやって返済させ続けるかの話し合いなんだけど、と思ったけどその為の方法が延々と話し合われた。
その為に呼んだんじゃないんけどなぁと思ったけれど結果としては全て正しかった。
ソフィアとシルヴィが隣にいたことで、あの男はその行動を大幅に制限されていた。大変な目に遭ったシルヴィを呼ぶのは躊躇ったけれど、叔父上が強く推したので受け入れた。実際にシルヴィを巻き込むわけに行かないと見えたあの男は実力行使に出れなかったようだし、叔父上には感謝ね。
激怒すると性別で一切対応を変えないとの情報を得ていたので、二人の存在は非常に助かった。それが必要な事ならどんな手段も取る男だと聞いていたが、ソフィアとシルヴィがいては無茶な事もできない。提案した暗黒騎士は自信なさげだったが、皆に賞賛されていた。
何しろ、基本プランが相手をキレさせて逆に冷静にさせるという無茶というか正気を疑う作戦なのだ。失敗したら被害を受けるの私なんだけどと思ったが、キレると頭が冷えて冷静沈着になるそうだから希望はある。
たとえ内心でいかに私を殺すのかを考えていたとしても、結果として生きていれば問題なしという豪快すぎる発想だ。この案を受け入れた私も私だが、どうにもならなくても最後はソフィアとシルヴィが命乞いしてくれるそうだ……私から見ても有能極まりないメンバーが揃ってこの提案だ。有難くて涙が出てくる。
これが真剣に話し合って出た結論だという時点で色々とお察しくださいというものだ。それと家に伝わる魔導具を用いて、この件に関わる伝えなくて良い情報は全て記憶を封印した。情報を知っていると嫌でも顔に出してしまう。齢に似合わず交渉ごとも長けているようなので、余計な情報を与えないために記憶を封じ込めたのだ。これならばこちからから情報を与える事はないだろうと思いたい……たぶん。
後は強気に出て一発逆転に賭けるしかないという余りにも御粗末な作戦だったのだが、何故かうまくいってしまった。
突然ううむと考え込んだかと思うと、先程までの私に向けて発していた怒気を収めて、こっちの条件を飲むと言ってきたのだ。
「ねぇソフィア、あの時何があったんだと思う? いきなり態度が変わったんだけど」
「友達に聞いたら、思うところがあって考え直したたみたいですね。でも良かったです。セリカ様と兄様が争うようなことにならなくて」
ずいぶん詳しい友達ね。あの短時間で調べ上げてくるなんて。
「元々勝負になってないから揉めようがないわよ。今回だってこっちが無理を言っているのだもの。本当に納得したのかしら? 戻ったら反故にされているなんて御免だわ」
「兄様はそのような方ではありません。一度交わした約束はご自身の命に懸けて決して違えぬ方ですから」
他人の事を我が事の様に断言するソフィアを見て、そこまで信じられる人をがいる彼女が羨ましくなった。
「信じているのね、彼を」
「勿論です。というよりも、兄様を信じられないなら、最早誰も信じられませんもの。セリカ様も私と同じ立場に立つとわかると思います。無策で国を追われた愚かな女に、ただ義の心にて手を差し伸べてくださったのです。これまで世界を呪ってばかりの人生でしたけど、初めて少しだけ好きになれました」
境遇が似ている私たちだから彼女の気持ちも解る。私も自分の定めを何度呪ったかわからない。それでも受け入れて生きていく他なかった。でもソフィアはその運命さえ、自分の思うままにしているように見える。
「羨ましいわ。今の貴方は前よりもずっと輝いて見える。私よりも辛い境遇だと思っていたのに」
その時、ソフィアは名案を思いついた!とばかりに手を合わせた。
「セリカ様も兄様の下に奔ってしまえば良いではありませんか。兄様の甲斐性なら周囲に女性が増えるのは仕方ありませんし、セリカ様なら私も色々ご相談できて楽しそうです」
はい? ええ? な、何をいきなり言い出しているの、この子?
「な、何の話よ」
「すぐ先の話ですよ。戻ってから話があると思いますが、兄様はセリカ様をお側に置きたいと考えているようです。ほぼ決定事項のようですので覆すのは不可能かと。それと、非常に申し上げにくいのですが……」
ソフィアは声を潜めて私に耳打ちした。その言葉はあまりに衝撃的過ぎて、意味を理解するのに時間が必要だった。その後のあの男のやり取りがあまり記憶に残らないほどに。
楽しんでいただけたら幸いです。
セリカはほぼノープランで話し合いに挑んでいました。
高圧的な態度で挑んでワンチャンにかけるギャンブラーでした。




