裏事情 1
お待たせしております。
この話は全三話で、すべてセリカ視点となっております。
裏話回ですね。
私の名前はセリカ。家名はあるし、本名はもっと長いけどここでは省くわ。話が長くなるし、口にするだけで眉を顰める人がまだいるの。そういう事情持ちだと思ってちょうだい。
私はこの齢でもう一人前の仕事をしている。同じ年齢の皆が夜会だ園遊会だと現を抜かしている間にもう現役バリバリの仕事人だ。まだ17だって言うのに、と言ってくれる人はいるけれど私はそれでいい。自分で選んだ道だし、周囲の評価も貰っている。それに本当に大事な仕事だと思っている。この世界に私が必要とされていると感じられるだけで十分に遣り甲斐がある。
異性との出会いはないけれど、そこはもう諦めている。職場にいるのは脂ぎったオジサンばっかりだけど、私の事情を知っている人は近づいてこないもの、始めから期待などしていない。
私の仕事は我が家の財政面の管理だ。もちろん私一人が行っているわけではない。多くの人が関わっているし、私は総括の一人としてこの誰もが匙を投げる難題に真正面から取り組んでいる。報われる予定がほぼないところが悲しいけれど。
私自身も無能ではないと信じたいが、現実として統括の地位にいるのは家柄によるところが大きい。だけど実力を評価されていないと嘆く気はない。この齢で年上ばかりと混じって働くと良く解るけど、コネクションも立派な武器の一つだ。私の家柄の力で関係各所との連携が上手くいくならいくらでも使えばいいし、それを誇りに思っている。
同僚も部下もそれをちゃんと解っている。この部署は本当に実力主義なので、使える物はなんでも使うし、結果だけが評価の対象だ。私の力を使って仕事が捗るなら、上手く使ってごらんなさいというスタンスでやっているので周囲とも上手くやれている。
私は他の人と違い、家柄のせい(おかげなどと言いたくない)で同僚よりも多くの情報を得る立場にあった。そのせいで問題の根源に嫌でも気付かされ、日々絶望感を味わされながら仕事をする毎日だった。
そんなとき、情報が舞い込んだ。あの魔約定に入金があったというのだ。その存在は秘されているものの、調べれば簡単に来歴は明らかになるので、私も情報としては知っていた。
なんでも《資格ある者》の前に訪れる魔導具とか父から聞いたことがあるけど、私にとっては家によくある不思議な魔導具の一つに過ぎない
だが、その魔導具は起動して、お金を生み出す魔導具に変貌を遂げたのだ。
私を含め、父や叔父など、事情を知る人間は大混乱に陥った。魔約定の存在は知っていても、どういう内容で何が書かれているのかを正確に把握しているものは父を含めて殆どいなかったのだ。ここにあるのは写しで転送先に過ぎず、原本はどこかに厳重に保管されているみたいだけど、問題はその場所を誰も知らなかったことだ。だって誰も現実になると思っていなくて気にも留めていなかった。
管理課かから文献を引っ張り出し、領地中を引っ掻き回してなんとか原本を探し出した私の口から乾いた笑いが出たのは当然だと思う。
なんと金貨にして1500万枚!! いや、この国の国家予算が大体100万枚で充分お釣りが来るんですけど。一体どんな理由付けてこの額にしたのか決めた人に小一時間ほど問い詰めたいけど、唯一事情を知っていそうな人も驚いていたので、多分事故か何かなんじゃないかなと思う。
だけど、ここで問題とすべきは何故か返済を始めた馬鹿(褒め言葉)の扱いである。
いや、困った困った。私どもとしては諸手を挙げて歓迎なのだけど、一体どこの誰が返済を始めたのか、さっぱり解らないのだ。知り合いの魔法使いや、錬金術師に何とか探れないかと頼んでみたけど結果は全滅。なにしろあるのは知っていても、なにか管理が必要なものでもないのだから、誰も気に止めていない魔導具だった。何のためにあるのかも疑問視されるアイテムだが、生憎とウチはそういうものの宝庫だった。誰も気にしていなくてもしょうがない。
この魔約定自体が非常に特殊な品物のようで、数百年以上前から存在するみたい。魔法で劣化防止しているみたいだけど、未だに新品同様の綺麗さを保っている。私が生まれる前からこんな感じなんて信じられない。
それはともかく、この魔約定は動き始めた。契約内容は金貨1500万枚の返済。利子は1日金貨300枚とすること。中々えげつない利子だけど、元金があれだから利率としてはマシなのかな。払う方にとっては地獄だろうけど。
だけど、私にとっても大問題だった。なにしろこの件の担当者にされてしまったのだ!
そりゃあ超極秘案件だし、携わる人員が身内なら漏洩の心配も少ない。私だって当事者じゃなければ適任ね、と判断するだろう。でも実際どうすればいいの? あっちだってこちらの手掛かりはないだろうけど、それはこっちも同じなのに。
とりあえず、大量の金貨を支払える相手を探す事から始めた。我ながら気の長い話だと思ったけれど他に手がなかった。あの額の借金を支払うなんて、こんな都合のいい金蔓……いや、優良債務者をそのままにしておく手はない。なんとしても所在を掴んでおく必要があった。
当然だけど、全く網には引っかからない。魔約定のシステム的に、この国の人間である事は間違いないみたいなので根気よく探すしかないか、と半ば諦めつつ日々を過ごしていたけど、突然変化があった。
金貨の代わりに現物で返納され始めたのだ。これには驚いた。いつも金貨が送られてくる場所に向かうと、色々な道具がうずたかく積まれていたのだ。こんなものをどうしろと……と唖然とした私だけど、冒険者上がりの職員が驚きの声を上げた。
なんとこのアイテムは全てダンジョンドロップ品だという。ということは、この魔約定の返済者は冒険者という可能性が高い。
盲点だった。我が家と冒険者ギルドは対立してはいないが、そこそこの緊張感をはらんだ関係なのだ。
ギルドとしては我々の干渉を受けない独立した一つの機関として認めて欲しいようだが、我々としては指揮下にない武力集団が町をたむろしているのと同じこと。この二つの勢力が仲良くできるはずがない、最終的にはその国が危機的状況に陥った場合は防衛に協力するという密約があるようだけれど。
そういうわけで冒険者ギルドには私の手が及んでいないのだ。なんとかしてギルドと繋ぎを、と思っていると今度は入金が途絶えてしまった!
やはり返済は現実的じゃないと諦めてしまったかと落胆したけど、ほそぼそと納品があった。品物がダンジョン品ではないので、どうやら他の場所にいるようだ。
私は安堵した。もしこの債務者がここで諦めてしまったら、ここ最近の私の努力が水の泡になる所だった。偉いぞ名も知らぬ冒険者。これからもよろしく!
などと思っていたこともあったわね……。
その数日後に、大量の武器が入ってきた。私はそういうのに詳しくないんだけど、なんか暗殺者が好んで使うものみたい。そんなものが本当に一杯溢れるように納品されたのだ。
その夜、父がまるで明日の天気の話題でも口にするように、他国の暗殺者集団が殲滅された事を側近に漏らしていた。私の中であの武器とこの話が繋がった。
この冒険者に強い興味を抱いたのは、この時が最初だった。
楽しんで頂ければ幸いです。




