代理人 4
お待たせしております。
俺は何故こんな馬鹿げた借金をまともに返そうと思ったんだ?
故郷のライルの家族に迷惑がかかるのを恐れたのはもちろんある。とはいえ、その異常な額に戦いたのも事実だ。
だが、本当にそれだけか? 俺の性格からすればどうにかしてやり過ごす事を最優先に考えるはずだ。
初めて自分の意思で体を動かしたあの時は、リリィとスキル一覧を見て俺のバグったスキルポイントが活かせると思った。
だが、それはダンジョンで果てのない返済生活を続ける事を直接的に意味しない。それこそ好き放題に生きる選択肢だってあった。だが、何故それを考えもしなかったんだ?
<ああ、やっぱり自覚してなかったんだねぇ>
<何だよ相棒、お前は分かっているのか?>
どこか寂しげな口調でリリィが<念話>を飛ばしてくる。これまでこのセリカとやりあっている時にはビビッて何も喋ってこなかったのに。
<いや、びびってない、ビビッてないから。いやね、前からそうじゃないかな、とは思っていたんだ。でもこれはユウが自分で気付いたほうがいい話だよ。私は黙ってるから、考え事の続き続き>
まだ涙目でビクビクしているセリカを尻目に、ようやく運ばれた黒茶を一口飲んで再び思考の海に還る。
何故俺はここまで返済に拘っていたんだっけ? 最悪、借金なんて投げ出したって仕方ない額だ。他の奴だってそうしたみたいだし。
俺はイカれたスキルポイントを駆使してダンジョンを攻略したら楽しいだろうなと思ったことはある。だが、それは借金の返済とそこまで直結しないよな。
俺が拘っていたのは、借金を返すことが人としての道だから、とかそんなありきたりな理由じゃ絶対にない。
第一、俺はそんな上等な人間じゃない事はあの暗殺者一家を塵にしたときに思い知っている。
つまり他の理由が、多分もっと利己的な理由があるはずだ。
うーん、思いつかん。こういうときは発想を転換するもんだ。もしこの借金がなかった場合を考えよう。
そりゃあライルが生きてる前提は無理だから、借金抜きでライルが突然死して俺に体の使用権が移った場合を考えよう。
その場合、俺はどうするか? …………まあ、多分この体をライルに返す方法を探すだろうな。
俺自身が自由に動き回る体が欲しいと思ったことは何度もあるが、それは決してライルを殺して奪い取りたいという意味ではない。純朴で田舎者丸出しの少年だったが、そんな彼を俺は好んでいた。その生涯を隣で見守る事に退屈を覚える事はあっても、嫌だと思ったことはない。
結果的に体を乗っ取っている形だが、こいつがもう俺は十分だ、後はお前の好きにしてくれ、とでも言われればだいぶ違ったのだろうが、実際はライルの承諾も得ないまま他人の体を勝手に使っているのだ。
気にしすぎだといわれればそうなのかもしれないが、こう考えるのが俺という人格なのだ。こればかりはどうしようもない。
じゃあなんで、俺は未だに故郷の皆にこの後ろめたい事実を説明できずにいるのか……それは、借金の返済があるからだ。
「あ」
しまった。そういうことか。
「兄様?」
「ああ、いや、なんでもないよ」
<ようやく自分で気付いたようね。指摘する必要はないかなと思ってたけど、私もユウのこと解ってたつもりだけどやっぱり人の心って複雑よね。公明正大に生きようとしても、醜い部分は誰にでもあるってことなのかね>
俺は借金返済を続けなければならない。
それが、俺がライルの体を使い続ける一番の言い訳になるからだ。
ライルの家族にもしこの事を責められても、借金返済をするために仕方なくライルの体を使わせてもらっているんだと言い張れるからだ。
このままだとこの借金は貴方たちに向かうだろう。だけど、俺にはそれを阻止する心当たりがある。だがこれは自分にしかできないことなんだ。
君達に迷惑を掛けないように頑張るから、という厭らしい建前で他人の体を使うことの正当化をして俺は自分を誤魔化しているのだ。
それ故に俺は借金の返済を続けなくてはならない。もし、全額返済を終らせたら……多分俺はライルの家族に全ての事実を報告し、体を返す気がする。その方法は、恐らく一つしか知らない。
<ユウ!! それはダメだよ!!>
<先の話さ。だいぶ、だいぶ先の話だよ。それに君を一人にはしないさ>
だが、なんか毒気が抜かれた気分だ。さっきまではどうやってこの女を苛めてくれようと考えていたのだが、そんな気も萎えてしまった。
もちろん、借金をそのまま受け入れる気はない。返し続けていくことが俺の存在理由になっちまったので返済はするが、借金の減額や利子の件など、例え権限がなくても交渉の余地がある箇所は多い。この女が無理でも持ち帰って検討はできるだろう。ここは<交渉>の腕の見せ所だ。
それに俺は向こうから見ても優良債務者のはずだ。そうでなければ向こうから現れないだろうし、あちらだって俺に金を稼ぎ続けさせ、返済させた方が理にかなっている。ここら辺は話を詰めればどうとでもなるだろう。
「ふぅーーっ」
俺は大きなため息をついた。まさかこんな短時間で己の核となる部分まで見つめ直すとは思わなかったが、気分は悪くない。胸の内は暗闇が晴れて快晴のように晴れやかだ。
自分が何をなすべきか、こんな事で理解してしまうとは思わなかった。
「なあ」
「な、なによ。黙れといったり話しかけてきたり面倒な男ね」
ぷるぷる小刻みに震えながら怒る姿はなんだか面白いな。
「何か喰わないか? せっかく喫茶にいるのに茶しか頼んでなかった。皆もそうだろう?」
俺の雰囲気が変わった事を敏感に察したソフィアはすぐさま店員を呼んで、あれこれ注文していく。隣の席で控えていたジュリアやアンジェラにも安堵の空気が広がり、レナが恐るべき勢いで甘味を注文していく。あの子は元気があっていいが、そろそろ遠慮を覚える頃じゃなかろうか。
「シルヴィアお嬢様も付き合わせて悪かったね。退屈だっただろう?」
「ちょっとだけ。でも、叔父様がいい子にしてたらユウさんが何でも食べさせてくれるっておしえてくれたの。だからいい子にして我慢してたの!」
さすがクロイス卿。実に俺の性格を理解している。シルヴィアも品書きを覗き込み始めて俺の腕の拘束は解かれたので席を立った。さすがに外の空気を吸いたい気分だった。
「ちょっと、どこへ行く気よ。まだ話は……」
「ちょっと休憩だ。そっちも一息つけよ。こっから先は細かい交渉になるだろうからな」
「え、それって」
まだ混乱した様子のセリカに背を向けて屋上に向かう扉の前に立った。
「とりあえずさっきの話はナシだ。金も払い続けるのは納得してやる。条件とかは応相談な」
「へ? な、なんで」
安心して腰が抜けたようになっているセリカを尻目に俺は部屋を出た。
仕切り直した交渉の結果、俺とセリカの間でいくつかの約束事が交わされた。
金貨1500万枚の返済は当面の間現状維持。利子も不服だが今は呑んでやった。
実際は継続協議となる。何しろこの女にそれを決める権限はない。だが、向こうから伸ばしてきた糸を切るのはあまりにも勿体無いし、今日の会談をしくじればこの女死んでるかもしれないからな。
セリカ側は俺に様々な便宜を図る事を約束させた。具体的には一月に一度、金貨一万枚相当の報酬を用意した依頼を行う。要はお前らの言うとおり動いてやるからその分の報酬は破格にしろ、というわけだ。
ただし、その依頼は強制ではなく任意とする。断った依頼は当然報酬はないが、双方の目標として互いの望みに近づく努力を怠らないこととする。
そして俺は暗殺依頼は決して受けないと前もって宣言しておいた。権力者の駒として動くのは報酬と天秤で考えてもいいが、殺しの片棒は絶対に担がない。殺し合いは殺し屋雇ってそこでやってくれ。
それとセリカはウィスカに常駐する事を約束させた。本人は王都と連絡が、と反対意見を出そうとしたが、俺が余っている通話石を放り出すと沈黙した。その分、衣食住はこちらで保証する。捨て駒が生きているとまずい奴らがいるに決まっている。一応見れなくはない程度の可愛い顔をしているので、それくらいの情は湧いた。
レイアが泊まっているホテル”紺碧の泉”は最上級スイート一層そのものを借り上げている。レイア曰く部屋が余って無駄極まると怒っていたので丁度いい。レイアにも了承を得たし、セリカも”紺碧の泉”を知っていたので問題はなかった。
先程まで夢の中だった彼女の護衛もこっちでまとめて面倒を見る。今はレイアと共に何か食べている。護衛は双子? らしいが、レイアとの実力差を感じ取ったのか、意外と大人しく歓談しているようだ。
護衛に関してはこちらがもろもろの諸経費を出すと矜持が邪魔しているようだが、状況から見て護衛ごとまとめて始末する気がしたし、この程度の経費は端金だと言い放ってやったら、唖然とした後で猛然と注文した品を食べ始めた。どうやらせめてもの抵抗らしく、色々注文していた。
まあ、好きにしたらいい。
最後に、セリカに黒幕の調査を依頼した。本人は無理だと言い張っていたが、目の前に白金貨一枚を置くと無言で手に取った。これで共犯関係だな、と低い声音で告げてやったら青い顔をしていた。
このセリカという女、間違いなくこっちが素だな。登場時のあの振る舞いは演技だったようだ。あんな簡単な挑発に乗るとは俺も迂闊だった。つい、恨み辛みを全面に出しすぎて観察を怠った。
頭も悪くない。むしろ<交渉>持ちの俺と曲がりなりにも渡り合ったのだ。本人の能力と頭の回転は相当速いと思われる。いずれ隙を見て<鑑定>してやるつもりだが、あの陰険な魔導具の存在を知り合いらしいソフィアからそれとなく話すように伝えてあるので、上手くいけば離反も狙えるだろう。
そのときこそ、全ての黒幕と対峙することもになる。そのためにもこのセリカをこちらの手元に置き続け、黒幕との橋渡し役として存在し続けてもらう必要がある。不慮の事故で死なれたら間違いなくこっちのせいにされるし、新たにその役目を与えられる奴が来るかも定かではないしな。
結果としては、不満は残るものの一歩前進といった所だろうか。
<これでよかったの? かなり甘い気もするけど>
<仕方ないだろ? ここで爆発されたら堪らんし、あくまで現状維持だ。状況次第でいくらでも変わるさ。ここで堪忍袋の尾が切れて台無しにしたら、もう向こうからの使者も来ないかもしれない。完全に尻尾を掴むまではこのままやるさ>
<それに、借金返済もしないといけないしね>
まさか、自分がここまで面倒くさい性格をしているとは思わなかったが、今改めて考えてもライルに体を返すのが筋だろうと当然のように結論を出す俺が居る。つまり、途方のない馬鹿が居るというわけだ。
<それに気付けただけでも今日の価値はあるさ>
<うーん、面倒な性格ぅ>
ほっといてくれ。
ちなみに、この喫茶店での御代は金貨5枚も取られた。原因は主にジュリアとレナの胃袋二大巨頭だ。いくら高級店とはいえ、どれだけ食べれば金貨5枚も行くんだと衝撃を受けたが、俺の顔を見て笑ったセリカはそれまでで一番魅力的だった。
残りの借金額 金貨 14878541枚
ユウキ ゲンイチロウ LV487
デミ・ヒューマン 男 年齢 75
職業 <村人LV535〉
HP 6265/6265
MP 5214/5214
STR 1287
AGI 1203
MGI 1342
DEF 1165
DEX 1209
LUK 732
STM(隠しパラ)1325
SKILL POINT 2105/2110 累計敵討伐数 38114
楽しんで頂ければ幸いです。
この話で、主人公の核となる部分が出ました。主人公が借金返済をしなくてはならないと固執する理由も、他人からすれば馬鹿げていると思われることかもしれません。
ですが、この主人公はそういった馬鹿げている事に総てをかけられる人種だとご理解いただけると助かります。
次の話は、セリカ側からの視点となります。さくっと終らせたい反面、ストックがマジ厳しくなってきた今日この頃です。




