代理人 3
お待たせしております。
「俺の借金に関する話ができないのなら帰りな。そしてお前の上役に報告しろ。自分じゃ何も決められないので貴方が来て話をしてくれとな」
俺の両腕は年少二人に抱きつかれて自由に動かせないが、二人には影響を及ぼさず、この女だけに向けて<威圧>も出来るし殺気も放てる。身内を盾にするような話題を出されて相当頭にきているが、これまで明確な殺意を抱いた連中とはまだ違うので、手加減はしている。
もっとも、口撃を緩めるつもりはない。しかし本当に何しに来たんだこの女。冗談抜きで俺の顔を見たかったにしては手を掛けすぎだ。ソフィアとシルヴィアをここに呼ぶだけでも大変な手間と金が掛かるだろう。
「ううぅうぅう」
何か涙目になって手元の魔導具のようなものをカチカチやっているが、護衛でも呼んでいるんだろうか。さきほどまであれほど高飛車だった女はもうどこにもいない。少しだけ溜飲が下がった。
「兄様……」
おいおい、どういうことだ? 冗談じゃないぞ、何か俺が悪いみたいな空気になってないか? 悪いのはこの女だ、俺は被害者だって!
<レイア、護衛はどうなった? 殺してないだろうな?>
<無論だ。今は<睡眠>で夢の中さ。対魔法の魔導具を持っていたようだが、我が魔力の前では児戯に等しい>
そりゃお前さんはこの大陸でも指折りの実力者だからな。いくら腕利きとはいえ、人間の範疇の領域で比べる方が可愛そうだ。
「護衛は片付けたから呼んでも来ないぞ。あと一刻は目覚めないだろう」
「そんな馬鹿な! あの双子が!?」
それを聞いたセリカはすぐさま立ち上がって部屋を出ていく。上手い具合に<鑑定>する機会が訪れたので、背後から<鑑定>するが当然対策されていて各項目が塗りつぶされたかのように見えなくなっている。
多分胸元に強い魔力反応があったので、阻害系の魔道具でも持っているのだろう。
しかし、両脇の二人の視線が地味に痛い。ええ?俺別に悪いことしてないよな、むしろ相手が無茶な要求ばかりしているよな?
「兄様、あれではかわいそうです」
「セリカねー様をいじめないでください」
いやいや、これは俺が苛められているはずだよな? 何故俺が悪者になっている?
あの女、ここまで考えてこれを仕込んだというのか!? なんて恐ろしい奴だ!!
憔悴して戻ったセリカの顔には先程までの覇気はない。どこかを走り回ったのか、先ほどまで隠れていた胸元のペンダントが煌めいている。どんな魔導具なのか気になった俺はついでに<鑑定>した。
陽炎の首飾り 価値 金貨120枚
身につけた対象をあらゆる魔法効果から守護する。攻撃には防御を、毒には守護を、鑑定には隠蔽で対応する。その効果は魔法にとどまらず、あらゆる特殊攻撃から対象を守りきる。
回数を経ることに魔力が貯まっていき、最後には守護者中心に爆発して陽炎のように消えるようにできている。 13/15
な、何だこの魔導具は!? 強力だが、何で爆破する必要が?
そしてなんだってこんな異常な魔導具をこの女が身に付けている?
「兄様? どうかされましたか?」
俺がひどく混乱した事がソフィアにも伝わったようだが、落ち着いて考えていく内に、とある危険な仮説が頭に浮かんだ。
もしやこの女、捨て駒にされたんじゃないのか。
俺が<鑑定>持ちだということは調べ上げているだろう。そして得体の知れない女が近づけば警戒され、俺が<鑑定>すると黒幕も考えるだろう。
その結果、魔導具が爆発してこの女は死ぬだろうが、ソフィアとシルヴィアは俺の側にいるから無事だろう。
そして俺になんの関与もなくても、間違いなく俺が犯人だということになるだろう。
何しろ先ほどまでバチバチにやりあっていたのだ。誰だって俺の関与を疑う。考えればこの店もあちらの指定なのだ、今までは護衛以外に手練がいなくて安心していたが、事件を騒ぎ立てるだけならサクラは誰でもいいのだ。ここに来るまでの席に黒幕の手の者がいてもおかしくはない。
そして全てはこの女の知らない所で行われているだろうから、彼女が知らぬ素振りを見せていてもなんら不思議ではない。
さらに公爵家の助力も期待できない。黒幕はそれを越える力があると見ていいだろう。公爵があれほど溺愛しているシルヴィアをここに寄越しているのだ。たとえ何があっても俺が守るが、公爵を納得させてここに来させたと考えた方がいい。
いや、だがさすがにシルヴィアを危険な目に合わせるのは道理に合わないか? 考えてみれば事情を知って護衛を別の場所においておくのはおかしいが……まさか公爵に知らせていないのか。
だがなんにせよ、この女がここで死ぬ予定にされているのは間違いない。
くそ、道理で代理人にしては全然権限持たされていないわけだ。ここで死ぬ予定の奴に余計な情報は必要ないからな。
そうしてなし崩しに俺のせいにされ、借金を払わされ続けるだろう。いや、黒幕が更に増額してきてもおかしくない。そういう筋書きが組まれているに違いない。
つまり、俺はなにも知らされず捨て駒にされて死ぬ女を威圧して涙目にさせているのか。
おいおい、傍から見れば死ぬほど格好悪いじゃないか。
いやいやいや、待て待て。絆されている場合じゃないぞ、俺よ。この女も不幸ではあるが、俺だってここで折れればあり得ない借金を払わされ続ける羽目になるんだ。
ようやく向こうからその手がかりがやって来たんだ、ここはなんとしてもこの女の奥にいる存在の影を輪郭でもいいから掴まなければならない。
あ、そのためにはなんとしてもこの女を生かして帰さねばならないのか。死体からある程度情報を取れることもあるが、爆発の規模も解らんしな。
何しろ黒幕の思い通りにさせてたまるか。
ええと、まずどこから優先しよう。考えをまとめなければ……。
「ちょっと、何黙ってんのよ、聞いてるの?」
「黙れ、今考え中だ」
「ぴっ!」
あ、ヤバい、苛ついて無意識に<威圧>してしまった。俺の<威圧>を耐えるとは中々胆の座った女だと思っていたが、おそらく魔導具の効果で緩和していたのだ。とすると、回数的に次で爆発してしまう。うっかり<鑑定>も使えないな。
何も権限無いくせに態度はでかい頭に来る女だが、流石に殺したいほど憎いわけではない。隣の子供達に女の爆死死体を見せるわけにも行かないから気を付けなくては。
余計なことを色々と考えていた俺は、だから次の一言を何気無く拾っていた。
「まったくなんなのよ、もう。大体、何でこんな借金返し始めたのよ。今迄の奴の様に知らん顔してれば私だってこんな苦労をしなくてすんだのに……」
借金を返す理由? そりゃあ……そりゃあ、借りたものは返さないといけないだろう……あれ、俺が特に借りたわけじゃないよな。なんでここまで返済に拘っていたんだっけか?
俺は今更過ぎる疑問にこれまで考えてこなかった、いや、敢えて気にしないようにしていた事実に改めて向かい合うことになった。
楽しんで頂ければ幸いです。
主人公、案の定ほだされるの巻。




