結果報告 1
お待たせしております。
早朝にダンジョンを出た俺達はまず、セラ先生の店に向かった。ボスドロップ品をどう扱えばよいのか相談したかったからだ。ギルドが強く望み、支払い能力があるならそっちに卸しても構わないが、たった一回の納品で金庫の中身をほぼ吐き出してしまったと聞けばあまり期待はできない。
何しろその納品からまだ一週間も経っていないのだ。品物がはけて金貨がギルドに溜め込まれるのは相当先の話だと思う。ギルドマスターはお前が非常識すぎるだけだと言われたが。
そういうことなので、昨日からの戦いで得たアイテムをギルドに持ち込むにせよ、魔約定に吸わせるにせよ、先にどれ程の価値があるのか知りたかったのだが……流石に早すぎたようだ。市場は既に活気があったが、ここいらは今だ眠りについている。ギルドの方は正反対で、依頼の更新がされる早朝が一番込み合う時間帯だ。割の良い依頼でも欲しがらない限り、早朝にギルドに足を運ぶ必要はない。むしろ邪魔者扱いされるのがオチだ。いくら朗報を持ち帰ったとしても、後にしろ!と怒られかねない時間帯だ。
”八耀亭”を覗き込んでも誰かが動いている気配はなかった。
仕方なく、少しの間ダンジョンで稼いだあとレイアが逗留しているホテルに足を向けた。彼女がいつ頃出勤するのかは知らないが、合流して後で顔を出す旨を伝えてもらおうとしたのだ。
ウィスカで一番の格式を誇るホテルである”紺碧の泉”はそこそこの金持ちや商人たちが多く住む北側に位置している。この町の北側はダンジョンやギルドのある東側で全て事足りてしまう俺には縁のない場所だったが、最近は肉を持ち込んだあのレストランなど、少しずつ関わりが出来てきた。
王都で滞在したホテル・サウザンプトンと比べる方が酷だが、十分に教育の行き届いたスタッフに声をかけて先にレイアの宿泊費をさらに前払いしておく。元々支払っていた額と合わせると秋の終わりまで逗留できる額になったようだ。しばらくは滞在費の心配は要らないだろう。
だが、もしレイアが料金のかかる仕事を従業員に頼んだ時のために、追加で金貨10枚を渡しておく。
普通に考えたらまだ子供の年齢から脱しきれていない俺がこのような大金を支払うのは奇妙に映るはずだが、万事行き届いている受付の男性は表情一つ変えずに手続きを進めてくれた。
こういう人物は実に助かる。心付けとして銀貨を10枚ほど別に積んでおいた。こういう細かい積み重ねが後々効いてくるんだと何故か俺の勘が告げてくる。
俺ははっきりと認めたつもりはないが、従者の衣食住を賄うのも自分の仕事の一つだろう。俺は好き好んであの安宿に住み着いているが、レイアに同じ事を強いるつもりはない。
ホテルの中には大勢の客や従業員が働いていたが、<マップ>で一度認識してしまえば見つけたい人物を識別しておく事が可能だ。王都に向かう道中でリノアに初めて会った時、黒装束を身につけていた彼女の在所を正確に突き止められたのもこの機能のおかげだ。
こちらからレイアに近づいていくと、向こうも立ち上がって迎えてくれた。
「これは、我が君。お早うございますだな。こちらでお会いするとは珍しい」
「そっちも早いな。本当は先生の店に直行したんだが、流石に早すぎてな。君にも関係する話があるから、レイアが店に行くときに言付けを頼もうと思って寄ってみたのだが……どうも朝食を取らないとここからは離れることはできなさそうだ」
ラウンジで他の客が食べている朝食に釘付けの相棒を見ながら、俺たちもここで朝餉をとることにした。
本当なら飛び入りの客はお断り位の気位の高い店はずだが、余りがちなスイートを延々と買い続けている上客の俺を断ることはできないようだ。これが金の力だ、俺もそれに苦しめられているので良く分かる。
無理を聞いて持ってきてもらった朝食をリリィと二人で食べる。というか、リリィが一人で食べている。俺は健啖家ではないので、相棒の旺盛な食欲を見ているだけで腹が一杯だ。
「我が君よ、それは良くない。朝はしっかりと食べねば大きくなれぬというものだ。ご自身ももう少し体を大きくしたいと言っていたではないか!」
まるで世話焼きの姉のような振る舞いをして俺にもっと食べるように促してくるレイアに、俺は不意に懐かしさを覚えた。
この体がまだライルのものだった頃、こうやって彼の世話をしてくれたのはいつも一つ下の妹であるメルルだった。もちろんライルも己の事は自分でやれる歳だったが、メルルは自分がライルの世話をしなければと思い込んでいるような節があり、よく好きにさせていたことを思い出した。
俺はいつか、ライルの家族にこの辛い現実を伝えなければならない事を自覚し、気が重くなった。
「どうした、我が君よ。浮かぬ顔だな」
いい機会だから、俺の事情を話しておこうか。
リリィに了解をとった後で簡単にレイアに俺という存在を説明する。俺は元々がこの人間に取り憑いていた幽霊に過ぎないこと、この借金が発覚した瞬間にライルが死亡して俺が体を使っていることを淡々と話す。俺自身はライルに深い思い入れ、というかリリィと共にもう一人の俺という位置付けだ。でなければアイツが背負った借金を代わりに返済する気など起きなかっただろう。
他人が聞けば荒唐無稽過ぎてマトモに信じないであろう事実なのでソフィア達にも話していないが、レイアがこの先も俺の側に居続けることを望むなら誠意の一環として話しておくべきだと思った。もし、なんらかの事情でこの事実が明らかになっても、誰だって信じないと思っているから大してこっちに被害はない。例外はメルルなどライルの身内くらいだろう、性格が違いすぎて絶対にバレる。ライルの性格はこんなに酷く捻じ曲がっていないからな。
「どうだ? 流石に信じないか? 嘘ではないが、証拠も何もない話だからな」
「いや、これで逆に合点がいったよ。今まではこうして我が君と相対するとそのアンバランスさが際立っていたのだが、話を聞いて納得した。そのような事情であれば、この不可解な実力も理解できる。常々疑問に思っていたのだよ、綿々と積み上げた力と言うものはその体に戦士の証明があるものさ、傷痕にせよ、筋肉の付き方せよ我が君にはそれがない。そんなミステリアスさも魅力だったが、このような理由とはな。その見た目ではあり得ない胆力は元の人格によるものだったのだな」
「君を騙していたつもりはないが、結果としてそうなっていたことになる。せっかく知り合えたのに残念ではあるが、君が別れを望むならば受け入れるつもりだ」
「いやいや、そのようなことはない。これからも我が献身を受け取ってほしい。それに、この事実を私しか知らないというのが良い、実に良いぞ」
なんかレイアが実にご機嫌の御様子なので、俺のもとから去るようなことにはならないだろう。
「そんなわけで、所詮自分の体ではないからか、あまり腹が減らないんだよ」
「だが、さっきも言ったがそれは良くないことだ。成長期の体に必要な栄養を充分与えてやらんと大きくなれぬからな。背丈はもう少し伸ばしたいと言っていたではないか」
言われてみれば確かにその通りだ。この体が栄養を欲していても、俺がきちんと理解していないだけかもしれないからな。
「これからは私が栄養を管理して差し上げようではないか。宿の主人には申し伝えておこう」
いつの間にかレイアはハンク爺さん達とも面通しが済んでいるようだった。俺は日中ダンジョンに潜っているからよくわからないが、レイアは意外と行動的なようだ。キッチリと俺の周囲を固めている辺り、実に抜け目がなくて心強いではないか。
留守を任せるにはこういう奴がいい。それに、事情を知るレイアには色々と助けを求める機会もあるだろうからな。何故これほどの女性が俺の下に望んで付こうとしたのか不思議でならない。
ホテル紺碧の泉のスイートは金貨一枚(20万円)の設定です。最上階の層丸々がスイートなので一人で住むには必要ない広さなのでレイアは普通の部屋にして欲しいと思っていますが、主人公の命令で従っています。
レイア本人は最近、年下の主に傅く自分を楽しむ特殊な趣味に目覚めたようなので、何故か関係は非常に良好です。
ホテル側も主人公の素性にある程度辿り着いています。ホテルマンが情報を手に入れる速度が情報屋顔負けなのはどこの世界でも同じという事ですね。




