大収穫!!
お待たせしました。載せる前に手直ししたら零時を10分越えてました。
ダンジョンから出た頃にはすっかり日も暮れた午後7時だ。時期的には暑い夏がやって来始めるのだが、今年はまだ夏の足音は聞こえない。過ごしやすい夜だった。
俺はセラ先生の店”八耀亭”に足を向けた。相変わらず周りの人通りはあるのに店の周囲だけは静寂に包まれている。おそらく何らかの力が働いているのだと思うが、未だにはっきりしない。相棒も良く解らないと首を傾げている。様々な力の流れに敏感な妖精、さらには特別な力を持つ相棒にも気取られないほどの力だ、セラ先生の実力の一端がここにも現れている。
「随分と遅かったじゃない。真っ先に報告に来るのが筋ではないの?」
ドアベルを鳴らしながら店に入ると開口一番、姉弟子のアリアが姿を見せた。どうもウィスカについてすぐに帰還の挨拶に来なかったことを責めているようだ。
「俺達がこの街に戻った時刻を把握しているんでしょう? ギルドに顔を出した後の時間にお邪魔するのはどうかと思いますよ。先生は在宅で?」
「今は、少々立て込んでいるの。今朝から不穏な気配がこの街にあるのよ。明らかに異質な魔力が現れたり消えたりしているそうよ。あんたもそれだけの力があるんだからお師匠様に協力しなさいよ」
異質な魔力ね……心当たりはないが……。
「レイアじゃないの? ダンジョン探索が不合格だったからあの人も自分にできる事を色々試しているみたいだよ」
確かに今も街の外で特訓? でもしているのか、色々動き回っているのを<マップ>で確認した。並外れた力を持つ魔族だけあってその力の制御も完璧だと俺は思うが、僅かに漏れ出しているらしい力をセラ先生は敏感に感じ取って警戒しているようだ。
レイアもしばらくこの街に滞在するんだし、先生たちにも面通ししておくべきか。<念話>でレイアに俺の現在位置を伝え、ここに来るように促した。
「それはそれとしてこっちも色々と積もる話があるんですが、先生には会えそうですか? 王都土産もありますよ」
「どうかしら……お伺いを立ててはみるけれど、さっきの御様子ではのんびり話を聞ける状況ではないような……」
「失礼、こちらに我が君がいらっしゃると思い参上したのだが」
早いな! もう到着したのか。先ほどまで街の外にいたはずのレイアがもう店内に入ってきていた。多分門を通らずに一直線に飛んできた様な速さだった。意外と彼女も暇していたのかもしれないな。
俺はレイアを先生たちに紹介すべく向き直るのだが、アリア姉弟子の動きが完全に停止している。
「姉弟子? どうかしましたか?」
一向に返事がないアリアだが、震える手でレイアを指差して、掠れた声を出した。
「ま、まさか、ま、まじょくなの?」
あ、噛んだ。
「噛んだね」
「噛んでないから! それよりどういうことよ! なんでここに魔族が! 奴等は北の大陸から出て来れないはずじゃないの?」
俺はむしろレイアを一目で魔族と見抜けた理由を知りたいな。俺も<鑑定>するまでは異常に強い力を持った人間だとしか思えなかった。転移魔法を使えた野郎は肌の色が青かったので一発で人外だと解ったが、レイアは一見すると周囲が放っておかないような美人だが、魔族を連想させるような特徴はないはずだ。
「ふむ。よくよく魔力を辿れば随分と古いエルフではないか。もしやハイ……」
「やれやれ、また随分と変わった客が来たもんだねぇ。ワシの<結界>もユウが招いちゃ意味がないじゃないか」
「お師匠様! お逃げください! ここに居てはなりません!」
「店に入られた時点でもう遅いわい。それに相手が何かする気ならもうやっておるであろう」
「先生、戻りましたのでご挨拶に伺いましたが……彼女の事も含めて紹介したいと思ってるんですが」
レイア自身は、なにやら膝を折り畏まっている。貴人に対する礼をとっているのか?
「名高き偉大なるセラにかような場所でお会いできるとは恐悦至極だ。我が名はレイア・ドラゲニア・シュレイア、魔王陛下より騎士爵を賜っている。縁あってこの少年と行動を共にする幸運を得ている。以後お見知りおきを」
「これはこれはご丁寧な挨拶痛み入るね。なによりシュレイア卿と言えば次期魔王と目される”天魔”ハルトマンの一の部下じゃないかい。そんな大人物がどうしてこんな場所に? そちらから見ればここは南の果てのド辺境であろ?」
なんか格好の良い二つ名付いてんじゃんか、あの銀髪野郎。正直色々疲れててほとんど顔も覚えちゃいないんだが、やはりそこそこ強かったんだな。
「少々込み入った事情があるので、そこはご容赦願いたい」
「レイア、俺は先生に嘘はつかない。意味は解るな」
畏まりながらも対決姿勢を見せようとするレイアに忠告する。こういう手合いは敵に回すべきじゃない、万難を排して味方に引き込んだほうが絶対に得だ。
「承知した、我が君よ。それより驚いたぞ、この街に巧妙な<結界>が施された場所がいくつかあるのはわかっていたが、最も強力な場所にあのグラン・セラがおいでになるとはな。店名も八耀とは、なるほど名は体を表すとはよく言ったものだ。素晴らしい」
「ユウよ、これは一体どういうことだい? 依頼で王都に出かけたはずがどうして最強の女魔族を連れ帰って来とるんだ?」
「色々込み入った長い話になるんですよ。王都の土産と共に話そうとは思ってるんですが……先にギルドの報告を済ませてきたほうが良い気がしてきましたよ」
「そうした方がいいじゃろう。昨日はジェイクの奴もやり込められたそうじゃないかえ。あちらもやきもきしておるじゃろう。それまで”客人”はワシ等がもてなしておくでな」
「お、お師匠様!」
「姉弟子、レイアは見境無く暴れまわるような奴じゃないから大丈夫だよ」
「ああ、それは我が名と我が君の名誉にかけて保障する。私は古いエルフの方々と交流するのは望外の楽しみなのだ」
あちらはあちらで話がまとまったようなので、先に土産を出して話を持たせてもらおう。王都生まれのリノアに相談して食い物系の土産を手当たり次第に買ってきているのでどれか一つは喜んでくれるだろう。俺に女性の喜ぶ土産を選ぶ能力はないので丸投げしたが、リノアはこちらを思い切り蔑んだ目で見た後、何故か上機嫌で買い物に出かけていった。確かに釣りは取っておけといったが、そこまでの額じゃないだろう。
<いや、そうじゃないから。自分で土産を選ぶ必要のない相手だとわかったからでしょ>
<?? 土産だぞ? 気を引くための贈り物じゃないぜ>
<ある意味たいしたものだと思うけど、これには私も皆には同情するわ……ユウには私が居ればいいもんね>
<念話>でリリィと内緒話をしている間に大量の王都土産が開かれていく。おいおい、リノアの奴こんなに買ったのか? 一日で消費できる量じゃないだろう。日持ちするんだろうか。
「あら、ファトナムの茶葉があるじゃない。あんたのセレクトじゃないわね」
「現地の詳しい奴に聞きました。そっちの方が間違いはないだろうからね」
だらしのない、と不満を言いながらも姉弟子はケトルに水魔法で湯を作り出している。俺も驚かれたがしれっと二属性魔法を操っているアリアも優秀な魔法使いだ。しかも魔法は大規模なものよりも小規模な方がより繊細な技術を必要とするので難易度が高い。姉弟子の面目躍如といったところだな。
「王都でも作らされたが水は魔法の方がものが良いのか? こっちの水はいわゆる軟水だろう?」
「男の癖に意外と細かい事知ってるのね。魔法で作る水はより純粋だからお茶を入れる時はこっちの方が美味しいのよ。ただでさえファトナムなんて高級茶葉なんですもの。井戸水では茶葉が可愛そうだわ」
お茶の用意が整ってリリィも興が乗ったのか、先生の店に残ると言い出した。幸いここにいる3人はリリィを視認できるから、彼女も退屈しないだろう。それにもし何かあってもレイアを助けてやれるしな。
「我が君よ。有難い気遣いだが、偉大なるセラには要らぬ世話だ。真正面から立ち向かっても容易くあしらわれるだけだろう。むしろ不躾な行為で偉大な先達にお会いできた好機を逃したくない。上手くやるさ」
こうレイアも言っているから問題ないと思う。レイアはあの銀髪魔族の無茶振りにも無難に対処するほどの対応能力を持っているらしいから大丈夫だと思いたい。
既に奥に行っているリリィは王都にて大量に補充した蜂蜜を出してアリアを喜ばせている。あまり接点無い筈なんだが、あの二人なんか仲いいんだよな。
幸い八耀亭から冒険者ギルドはかなり近い位置にある。俺はとりあえずそちらへ足を向けた。
時刻は多くの冒険者が集まる時間なのでギルド内は換金を求める者や併設された酒場で一杯引っ掛ける者などで賑わいを見せている。俺は正面の扉を素通りし、建物の裏側に回る。職員用とされている小さなドアに近づき、教えられた開錠番号を魔導具に打ち込む。この鍵だけでかなりの価値があるはずだが、冒険者ギルドは儲かっているのだろうか……いや、買取額と販売額の差異を見るに相当暴利を貪っているはずだ。儲かっていないはずがない。
妙に耳に残る自然界では出ない不思議な音と共に扉の鍵が外れて俺はギルドの中に入る。そのときには既にユウナが俺を待ち構えていた。おそらく開錠時に鳴る音で誰かを判断しているのだろう、でなければ流石に待ち構えているのはおかしい。
「お待ちしていました。ギルドマスターはこちらです」
相変わらずの氷のような無表情の美人が、俺を昨日も案内したギルドマスターの部屋に連れてゆく。だが朝より顔色が優れないな。こりゃ何かあったか?
部屋に辿り着くと、ウィスカのマスターであるジェイクは眉間に皺を寄せた顔で俺を待っていた。
「来たか。まあ座ってくれ」
「長々と話をするような話はあったか? 昨日で話はついたはずだろう。人を待たせているんで、手短にお願いしたい」
俺がそう返すとジェイクは深いため息をついた。その表情は濃い疲労が見て取れる、まさか兄妹揃って寝てないのか?
「そう言うな。こっちはあれからお前の事を調べ上げたんだ。その上で尋ねるが、お前は転生者か?」
転生ではないな、状況は似ているかもしれないが転生はしていないからはっきりと答える。
「いや、違う。一日でどれほど調べたか知らないが、俺のことも知っただろう。その転生とやらに該当することでもあったのか?」
「やはりそうか。もし転生者なら髪の色が黒らしいが、こうしてみるとはっきりと地毛だとわかるしな。共通点はそのありえん強さくらいだ。独力でここの迷宮にもぐれるなど異世界からの来訪者くらいしか考えられないからな」
「セラ先生にも確認したんだろう?」
「ああ、するにはしたが『深入りするな』としか返答をもらえなかった。お前、あの人とどういう関係なんだ? 直々に魔法の手解きをしたとか信じられん事を聞いたぞ。あの人が魔法を誰かに伝授するなど聞いたこともない、直弟子だっていないと聞いている」
姉弟子の扱いは弟子じゃないのか? さっきのレイアも何かそれっぽい事言っていたが、俺には関係なさそうだ。とにかく俺はそんなことを聞きに来たのではないんだが。
「俺の事情聴取をしたいわけではないだろう。本題に入ってもらいたい。昨日で話はついたはずだが、改めて聞いておこう。こちらの提案を受けるんだよな?」
「昨夜そちらから持ち出された提案だが、我がギルドにおいて特定の冒険者に便宜を図る、という行為は行わない。故にお前の提案に乗る事はできない。王都の件を上に報告したいならそうしろ。処罰を受けようが、ギルドの秩序を乱すわけには…………なにをやっているんだ?」
「見ての通り、今日の収穫だよ。今日はこっちに卸してやってもいいぜ」
今日はそのためにわざわざマジックバックにドロップ品を移し替えている。面倒だが解りやすいように一層から順に大量の品物を出して行く。初めの内は困惑していたジェイクもレイスダストが数十個無造作に置かれた辺りで顔色を変え、10層のボスドロップである魔石を出した時点で白旗を上げた。
「分かった! こっちの負けだ! 条件を飲もう、だから素材をギルドに卸してくれ! 特に魔石は絶対に欲しい!」
「最初からそれを言えばこんな面倒なことをしなくてもいいものを」
俺の悪態に付き合わないジェイクは同席していたユウナに命じて買い取り担当者を呼びに行かせた。その後姿を見ながら、俺はこの茶番のツケをどう支払わせるか考えていた。
ジェイクはギルドの秩序がどうとか職を追われても構わないとかいってたが、あんなものはただの言い訳だ。ただ俺から少しでもマシな条件を引き出そうとしていたに過ぎない。俺は十分な飴玉を転がしていたし、ジェイクはそれに頷くだけでよかったのだ。お互いに得な取引だったのにこいつは更に欲を掻こうとしていた。
俺の背後のユウナが焦燥を隠さなかったのがその証拠だ。おそらくは彼女にも相談せずに独断で話を切り出したのだ。時間の無駄を悟った俺は「現実」を見せつけてやるだけでよかった。
あんたはそのつまらない誇りでこの好機を逃すのか? と物証で示すだけでよかった。
「そう言わないでくれ。こんな茶番でも建て前を言わねばギルドは成り立たんのだ。さて、お前さんの実力は十分に理解した。俺達が特別扱いしても周囲を黙らせられる力量があれば問題はない。実際、Sランク冒険者はギルドじゃ王様扱いだしな」
「この街にもいるみたいだな。生憎と見かけたことはないが」
ウィスカ唯一のSランク冒険者”悠久の風”の剣士、アリシア・レンフィールド。俺でもその名を知っている”魔剣遣い”だ。数種類の魔剣を使いこなし、魔法使い顔負けの範囲攻撃を可能とするというが、Sランクになれたのは全く違う能力だという。
高威力の範囲攻撃を持つ彼女はここの迷宮に一番適した剣士だと専らの評判だが、俺がギルドと縁遠かったせいで会ったことはない。
「今は指名クエストでパーティごと東のリインガルドに行っている。もうすぐ帰還するはずだが、お前は会うなよ、性格上絶対揉めそうだからな」
「努力はするが、向こう次第だな。そんなにキツい性格なのか?」
「いや、強者に異様に鼻が効くのさ。この街は最上級の冒険者が集っているから彼女にとっては格好の得物に溢れているというわけさ。いくら協力関係とはいえSランクと揉めたら向こうに付かざるを得んからな」
ギルドにそこまで期待しているわけではない。俺の邪魔さえしなければ構わない。
「まあ、いい。話を戻すぞ、お前さんは『ギルド専属冒険者』を知っているか?」
「なんだいそれは? ユウナさんがそれなんだっけ?」
言葉からなんとなくは理解できるが、それがどういう特権と義務があるのかは知らなかった。
「まあそうだろうな。こっちもおおっぴらに情報を公開しているわけではない。簡単に言えばあらゆる義務から解放されるが、ギルドの依頼に従ってもらう冒険者だ。おおっと、そんな顔をするな。言いたい事は解ってる、こっちも最大限考慮するさ。お前さんは好きに動いてもらった方が結果としてこちらに入る利益は大きくなるだろうからな」
「そう考えてもらって構わない。だが、こっちも毎日穴倉じゃ気が滅入るからな。気が向けば殺しの依頼以外は引き受けてやってもいいさ」
「ほう、意外だな。殺しを厭うか。王都でのことは調べたぜ。クロイスにも話を聞いたが、相当血に濡れたようじゃないか」
やはりギルド間で即座に連絡が取る手段があるようだ。流石に情報の秘匿が難しい点から例の教団がらみではないだろうが、迷宮から何か出てきた可能性はあるな。
「必要なら一切躊躇わないが、俺は殺し屋じゃない。金を貰って殺しをするのは主義に合わないだけだ」
ふと、王都でまったく似合わない暗殺者ギルドの頭をしている少女を思い出した。あいつも理不尽な定めを負っていたな。
「まったく、そのなりで吐く台詞じゃねえぞ。ちったあ子供らしくしとけよ」
ジェイクの砕けた口調に思わず口元が緩む。彼なりに場を和まそうとしてくれているのだろう、その努力を無にするほど子供(体はまだ子供だが)ではないつもりだ。
俺の何か気の利いたことを、と思っていたらユウナが他のギルド職員を数人連れて戻ってきた。彼女の手には書類の束もある。
「マスター、お呼びと伺いましたが……な、なんですかこのアイテムの量は! 凄い、全部ドロップアイテムじゃないですか! ”赤い牙”の方たちだってこんなに大量に持ち込まないですよ、一体誰が……ああ」
なんか非常に失礼な納得のされ方をしたような気がするが……まあいい。その職員はギルドが持っていたと思われるマジックバックに俺の戦利品を次々と放り込んでゆく。その手つきは見えないほど素早いが丁寧さも感じさせる熟練のものだった。
「とりあえず、多すぎて値崩れするならその種類はそこで止めてくれ。安売りするほど余裕があるわけではないんでね」
「了解しました。普段はそういった事はしないのですが、専属の方は色々と融通を利かせますので」
俺が特殊な立ち位置になった事は既に伝達済みのようだ。やはりさっきのやり取りは俺を試すものだったわけだ。
「よろしく頼む。ああ、それと良い仕事をする人にはそれ相応の役得があってしかるべきだと俺は思う」
「それは、ありがとうございます!! 皆も喜びます」
職員の男は俺の言葉を正確に理解したようで、笑顔で頷いた。回収したアイテム類を手に足早に去っていく。
「お前本当に幾つだよ。手口が老獪すぎるぞ」
「内部の人間の受けを良くしておくに越した事はないだろう」
おそらく上がってくる鑑定額は端数が切り上げられた数で出てくるだろう。ギルド職員の薄給は有名だから、皆内規に触れない程度の色々な内職をしているはずだ。俺の持ち込んだアイテムは量が量だから、ある程度誤魔化されても構わないと思っている。それで彼らの厚意を勝ち取れるなら安いものだし、これが続けば向こうが俺をギルドに有益な人物だと思ってくれるだろう。そうすれば向こうから色々な便宜を図ってくれることも期待できる。自分が多額の利益を得たいなら、それをもたらすはずの俺にしょぼい額の依頼を持ってくるとは思えないし、むしろあちらから有益な情報を持ち込んで来ることもありえる。
高額な物は普通に<等価交換>すればいいし、公爵の競売に出す手もある。なにしろ提出物は自己申告制だ、全てを差し出す必要も無い。今もレアドロップ品はまだ出していない、というか勝手に向こうがこれで全てだと思い込んで去っていっただけだ。
「こちらに益があるなら構わんが……ユウナは何を手にしているんだ?」
ジェイクはユウナが持っている書類が気になるようだ。よく見れば依頼表のようだが。
「はい、特殊依頼の品が無いか確認しようかと、希少アイテムは滞りがちですので。特に貴族関係は面倒ですから」
「そうだな、ユウは知らんだろうが掲示板以外にも依頼表はあるんだ。ここは専らダンジョンドロップを求めるものが多いがまともに潜っている奴は掲示板など見ないからこちらから確認しているのさ。特にごく僅かに産出されるアイテムは何年も解決されることがない。そもそも滅多に出てこない上、冒険者たちも秘匿しがちだからな。依頼者がお偉方だとこちらが頭を下げる羽目になりかねん」
レアドロップの事だろうか。何も考えず出してたから結構数は卸しているはずだが……あ、レイスダスト以降は全くこっちに寄っていなかったから、6層以降は全く出してないな。
「例えばどんなものが?」
「急ぎで必要な物は8層あたりの出現する敵が落とす大きな肉球ですね。依頼主の大貴族のお嬢様の誕生日の贈り物にするとか。必要際定数は一つですが、ご兄弟で争いにならないよう出来れば5個欲しいとも」
「ミニレオンが落とすやつだったな。あの暗闇の中、戦闘をする奴自体が少ないから厳しいぞ。もし手に入ったら通常の買取は金貨4枚だが、依頼にしてあるから5枚で買い取れるが」
<アイテムボックス>を見れば今日は7個手に入っていた。確かにソフィア達には大人気だったな、貴族の子弟なら欲しがるのかもな。
「これでいいか?」
「なんで持ってるんだよ……レアドロップだぞ……さては他にもあるな? ユウナ! 他の依頼はどうだ?」
結果として、4件の依頼をこなして金貨65枚を手に入れた。隠している事を責められたが、そもそも全て出したとは言ってないだろう。
「そんなに怒るなよ。今日の本命はここからなんだぞ」
「まだあるのかよ。さっき10層ボスのドロップがあったじゃねえか。まさか、11層に入ったのか?」
それには答えずに俺はまずゴブリンメダルから出してゆく。数が多いから適当に卓の上に投げ出してゆくとジェイクの表情が面白いくらいに喜色に歪んでゆく。
「おいおいおいおいおい。おまえ、とんでもない事してるぞ。一流所だってこんなに持ち帰ってこないんだ、それにメダルだけってことはないだろ? ああ、この純金ナイフ! 久々に見たぜ!」
部屋を埋め尽くす勢いの鋼鉄の矢に嬉しい悲鳴を上げたが、更に喜んだのはイチイの弓を目にしたときだった。
「直にランバルト騎士団に連絡を取れ! 騎士団長の伯爵に弓が出たと知らせるんだ! 大事になるぞ!」
「何の話だ? ここに潜る冒険者たちならレアドロップくらい持ち込むだろう?」
真剣な顔になっているジェイクを不思議に思ったが、あまりの真剣さに二の句を告げなくなった。見かねたユウナが口を挟む。
「レアドロップの発生確率は1000体に一つ程度と言われています。さらにこのゴブリンアーチャーとメイジは前衛のウオーリアがある程度の被害を受けると早期撤退する知性を持ち合わせています。迷宮に潜る多くの冒険者が討伐より探索を主眼を置いている為、深追いは特別な理由が無ければしないようです。それなので主だった迷宮冒険者にイチイの弓を得たら持ち込むようにと伝えていますが、2年以上達成されないままでした」
そんなに落ちないのかと思うが口に出す愚は冒さない。自分の異常さがスキル由来であることを吹聴する気はない、向こうが勝手に想像するくらいでちょうどいい。さらに、と彼女は続けた。
「ランバルト騎士団は古来より多くの腕自慢の弓兵を抱えた精強な騎士団です。騎士隊長クラスには叙任時にイチイの弓を与えるのが古くからの慣わしでしたが、ここ数年は途絶えています。今では前任者から受け継ぐ形で凌いでいるようですが、彼らの本意ではありません。しかしイチイを産出する森が山火事で消失し、再生までに10年以上の月日を必要としています。でなければ特殊なダンジョンドロップに頼る他ないのですが、この国でイチイの弓をドロップするダンジョンはここだけでランバルト伯爵はしきりにイチイはまだかと問い合わせが来ています。これは前ギルドマスターから引き継いだ課題だったのです」
「なるほど。今日は5張しか出なかったが、また出たら持って来るよ」
「よろしくお願いします。予備も欲しいはずですから20張もあれば万全かと」
確かにそうだな。現状は名誉勲章を数が無いからと使い回しているようなもんだ。伯爵の面目が立たない話だから、よほどジェイクも催促をされていたに違いない。
その後はマナポーションが非常に喜ばれた。このダンジョンに挑むほとんどのパーティが魔法使い偏重スタイルのようで、マナポーションはまさに生命線といって良いから全くといっていいほど買取には出されずに、あってもすぐに買占められてしまうそうだ。
ギルド側が金貨一枚で買い取り、金貨一枚と銀貨10枚(大銀貨一枚)で売っても飛ぶように売れる。セラ先生のような非常に優秀な薬師になると効果も上がり、1本で、1.5本ほどの回復量があるみたいだ。
それらを冒険者たちが金に飽かせて買いあさるのだという。マナポーションはギルドとしてはありがたい存在のようで、むしろ俺が買い取りに出して大丈夫なのか逆に聞かれたほどだ。
逆に集魔の指輪は金貨5枚の価値と判定された。この国の三つ目のダンジョン”アディン”の低層ボスドロップの一つのようでかなりの数があるとのこと。これは<等価交換>で処理することにする。
最後に11層のゴブリンたちの魔石は一律第六位の価値があるそうだ。買取額は金貨8枚のままだった。ただ数が数だったので、職員たちには面倒をかけたようだ。
結局、魔約定に突っ込んだ分も合わせると本日の稼ぎは金貨1820枚となった。特別依頼の報酬も大きいがこれは今回限りだ。それを除けはば百枚ほど落ちるがそれでも最高額更新だ。11層で時間をかけただけあって報酬も大きかった。明日は探索を主にするつもりだからここまでは行かないが、平均して1000枚以上は維持していきたい所だな。
「ユウナの目利きに狂いはないと思ってたが、とんでもないのを見つけてきたな」
ギルドマスター、ジェイクは上機嫌だった。長年の懸案がついに解決したのだから解らんでもないが。
「本人を目の前にして言う台詞じゃないな」
「褒めてんだよ。お前、いやユウがこの調子で続けてくれるならありとあらゆる便宜を図ってやるぞ!」
「じゃあ、他の冒険者の攻略状況とか聞いても良いのかい? 隠しているんだろうが、全く聞こえてこないからな」
「こちらも正確な事情は掴めていない。他の迷宮なら競うように攻略状況を公開するもんだが、ここにいる連中は揃って最優秀な奴らだからな。強さも名声も十分以上に手に入れた者ばかりだからどいつもこいつも沈黙を守りやがる。だが、持ち込まれるアイテムで類推は出来るぜ。ユウナ」
「はい、現状では地下16層が最深攻略層だと思われます。傭兵部隊”赤い牙”とSランクを擁する”悠久の風”がアイアンゴーレムの核というアイテムを持ち込んでいます。それ以降の新たなアイテムの提出はないので今はそこが最新かと」
16層? 意外としょぼいな。無理して突っ込めば明日にも届きそうじゃないか。
「いや、これには訳がある。はっきりと聞いたわけじゃないが、どうも下りる階段が見当たらないらしい。今はスカウトを増員して道を探っているようだが、行き帰りだけでも面倒なダンジョンだからな。過去にはもっと地下まで行っていたと思うんだが、ギルド側に記録が残っていない」
だからお前には期待してると言われれば悪い気はしないが、こっちも日帰りで探索したいという相棒の願いを無為にしたくはない。どうするかだな、先生たちとも相談するか。
最後に今後の打ち合わせをしてギルドを後にする。基本的には俺はギルドに出向かず、連絡を取りたい時はユウナが俺の常宿にやってくる事になった。”双翼の絆”亭を話した覚えはないが俺も隠していた訳ではないし、Aランクスカウトの手に掛かれば簡単に調べ上げられていた。
俺はギルドの専任冒険者という扱いになるが、面倒な義務は放棄可能の立場だ。偶には聞いてくれと言われたから気が向いたら手伝ってもいいと答えておいた。今回のような納品は向こうからの指示があれば行う事にする。毎日やっても向こうの金貨がなくなるだけだし、いずれ飽和して価格が下がるのは目に見えている。<等価交換>の優位性はここで役立ってくるというわけだ。上手く使い分けていけばよい。
ジェイクからは飯でも、と誘われたが、謝辞して”八耀亭”に戻った。セラ先生の話の途中だといえば向こうも引き下がった。あの人の素性も謎極まるな。魔族の偉いさんのようなレイアでさえ先生に並々ならぬ敬意を払っていたようだしな。後で聞いても……答えちゃくれないだろうな。
「これはいったい何があった……」
”八耀亭”は既に終業していたが、店の鍵は開いていたのでそのまま入った俺の視界に飛び込んできたのは、奥の広間で死屍累々と化した3人だった。そこかしこに酒の器と俺が持ち込んだ土産の食べ物が散乱している。明らか俺が出した量より多いので相棒が出したのだろう。
流石にセラ先生は混ざっていないようだが、姉弟子とレイアはかなり酩酊している。
「おい、リリィ、大丈夫か?」
「あ、ユウ遅かったじゃん。いやあ盛り上がっちゃってさぁ」
最初はフラフラしていたが、<状態異常無効>を発動したリリィは最後は素面に戻っているが、一体何があればここまで潰れるんだ? 俺がギルドに言っていた時間はせいぜい二刻(二時間)程度なんだが。相棒はそのまま俺の懐に入って休んでしまった。直に寝息が聞こえてくる。
「おや、戻ったかい。すまないねぇ、アリアは同年代の同姓と話す機会が少なかったせいで予想以上に楽しんだようでのう。礼とばかりに秘蔵のネクタルを出したのじゃが、そこのリリィが持ち出した蜂蜜と相性が凄まじくての、酒精は回るわでも酒は進むわでえらい事になってしもうた。アリアは後で説教じゃな」
口ではそういうものの、姉弟子に触れるその手は慈愛に溢れている。先ほどのレイアの台詞からもただの師弟関係ではなさそうだ。
「随分と遅くなりましたが、まずは帰還の挨拶を。先生、ただいま戻りました」
「ん。中々の活躍じゃったの。ここまで暴れてくるとは予想外じゃ、自重せいといったはずじゃろ」
まあ、茶でも出すと言われたのだが潰れている二人の側で茶を飲む気は先生もなかったようだ。連れて来られたのは私室のような場所だった。二人がけのテーブルの他に錬金術で使うような器具が多く見られた。
私的な研究室というべきかも知れない。ここで入れられた茶はソフィアと共にいたホテルで饗された物と遜色ないものだった。とっておきを出した感じではないので普段使いなのだろうか。解ってはいたが茶一つをとっても只者ではないな。
「さて、そっちもわしに聞きたいことがあるじゃろう?」
セラ先生は正面から相対した俺の瞳を覗き込んでくる。それだけで吸い込まれそうな錯覚を覚えたほどだ。本当に底の知れない婆さんだな。
「今回の王都行きは、そちらは何処までご存知だったんです? いくらなんでも事件が重なりすぎです」
「こっちが把握していたのは、ライカールの王女が国を追われてウィスカに来ている件だけじゃ。アドルフの件はそっちが旅立ってから聞いた話じゃて」
公爵を呼び捨てかい。俺も普通に見ればかなり不遜な態度だったが、それでも敬意を払うべき相手だと認識していたが、先生にとってはそうではないようだ。
「公爵とも連絡を取り合っていたのですね。俺が魔力を補充した通話石で?」
「そうじゃ、あれは助かった。なにせただのガラクタが金貨に化けおったからの」
ただ働きさせといてなんの悪びれもしてないが、俺も魔法の基礎を教えてもらった。出会った魔法使いたちから得た情報なのだが、普通はこういった魔法の技術はそう簡単に明かすものではない。一族の秘奥になっていたり一子相伝になっているものが大半で、魔法学校が例外中の例外だそうだ。その魔法学校も最低限のものしか教えず、専門の教授に師事して教えを受けるのが常道だそうだ。
つまり俺は非常に価値のあるものを知らずに学んでいたようだ。当時の姉弟子の嫉妬も今となっては理解できる。ほぼ初対面の相手に自分の師匠が親しげに魔法を教えているのだから無理もない話だ。
その教えを受けたからこそ<魔力操作>で探索も捗り収入も飛躍的に増えた。先生が通話石で儲けようとそれくらいはお安い御用である。
「聞きませんが、とんでもない人脈を持っていそうですね」
「そうじゃな。多くは話せんが、教団連中と顧客は被っておるな。あいつらは失われた技術を小出しにして影響力の維持を狙っておるが、あまりに放出する数が少ないからの。その隙間にワシが入り込んでおる」
それにしても良くぞここまで食い込んだの。収穫は上々といったところかの? と視線をレイアを示した。彼女は正直、俺もどう扱うか悩んでいるんですがね。
「レイアは事情を話しましたか? 先生に隠し事をするくらいなら打ち明けて巻き込んだほうが得だと思うんですがね」
「老い先短い老人を巻き込むでないわ! だが、あのハルトマンが連れまわしていた最高の護衛戦力じゃ。何をしに現れたのやら。本人は置いて行かれたと言っておったがその割に悲壮感の欠片もない、むしろおぬしと同道することを喜んでいる節もある」
「間違ってはいないですよ。俺と出会ったのも置いていかれた現場でしたから」
具体的にはこの世から置いていかれたのだが。
「ハルトマンが次代の魔王になれば我等にも少々面倒な事になる。ちと策を回らせる必要も出てくるでな」
「必要なさそうですけどね。そもそも魔王って本当にいるんですか? 御伽話の中でしか聞かない存在だと思ってましたが」
「魔族の頂点に立つものという認識ならば常に存在するがの。利害調整を担当する人間の国の王と仕事は変わらんよ。歴代の魔王もそんな奴らばかりじゃったが、ハルトマンは毛色が違ってのう。だが、お主が心配することはない。奴が魔王になる頃には人間のお主は生きてはおるまいて」
これ以上この話題を続ける気もなかったので話を変えることにする。セラ先生用の土産を思い出したのだ。王都に着いた当日に雑貨屋で手に入れた異常なマナポーションだ。
「そうそう、こんなものを手に入れたのですが、俺よりも先生の方が上手く使ってくれると思いまして」
「これはまた……世の中は広いのう。マナポーションをここまで凝縮するさせる必要が果たしてあるのかのう。じゃが確かにワシなら希釈して大量のマナポーションにして売り捌けるの。良い物を持ってきてくれた。代金は払おうかの」
「いえいえ、先生にはお世話になってますので。それにその店の店主はこれをマナポーションと解っておりませんでしたので元手は大して掛かっておりませんから」
「そうかの? では有り難く頂戴する。希釈にダンジョン産の蜂蜜も利用すれば味も向上する上に量も抑えられるかもしれぬ。後で試してみるかの」
その言葉で今日手に入れた蜂蜜を数個置いてきた。リリィに許可を得ていないが、また明日とればいいのだ。
「ほ、催促したようで悪いの。上手く希釈できたらお主にも分けてやろう。ギルドにでも持ち込むといい。そういえばギルドとの交渉もその顔では上手く行ったようだの」
「はい、ギルドマスターは表面上渋ってましたが、俺が手に入れたアイテム並べ始めたら直に降参しましたよ。これで面倒な規定クエストなどは免除できます」
始めから強気で交渉したが、我ながら上手くいったと思うが、セラ先生はあまり良い顔をしない。
「ジェイクの小僧もこの歪んだ構造の町で奮闘しておる。あれもあれで苦労しておるのじゃ、偶には力を貸してやってくれ」
王都のドラセナとの諍いは自業自得じゃが、アレはあれでこの街に必要な男だと言われては俺も考えを改めるしかない。先生から高い評価を受けた人物なのだ、俺は騙し討ちのような扱いを受けたので点が辛いがそのほかの面から見れば有能な男なのだろう。
「先生がそう仰るなら……善処します」
「そうしてやってくれ。お主の有能さに気付けば嫌でも扱いは変わってくるじゃろうて」
さて、渡すべきものは渡したし、話すべきことも話した。既に他人の家にいるには失礼な時刻になっている事だし、お暇するとしよう。
セラ先生に暇を願い、ぐでぐでになっているレイアを担ぎ上げる。魔法で回復できないかと思ったが、魔族は回復魔法が非常に効き難い種族だそうで、その分自然治癒が早いという。明日には二日酔いさえ残らず快調に戻っているはずだ。仕方がないので彼女を担ぎ上げ、店を出た。
このまま彼女が宿泊するホテルに連れてゆくのは手間だった。第一ホテルのフロントにどう説明したものか。仕方がないので”双翼の絆”亭に連れ帰り、意識を失っている長身美女を連れてきたことでハンク夫妻から質問攻めを受けたが、それは別の話だ。
そうして、ウィスカに戻った初日は更けていった。
残りの借金額 金貨 15000412枚
ユウキ ゲンイチロウ LV145
デミ・ヒューマン 男 年齢 75
職業 <村人LV168〉
HP 2358/2358
MP 1723/1723
STR 413
AGI 406
MGI 417
DEF 389
DEX 351
LUK 241
STM(隠しパラ)601
SKILL POINT 615/620 累計敵討伐数 5632
楽しんでいただけたら幸いです。
とうとう借金返済が本格化しますが、今日のペースで毎日稼いでも
約22年かかります。どんだけやねん!!という額ですが、その借金の関係者も間もなく
やってきます。タイトルどおり、ジャブジャブ稼いで行きます!
いつものご挨拶となっておりますが、ブックマーク、評価は本当に励みになっております。
少しずつ増えていくポイントがストックに追われる日々での活力です。
これからも頑張りますので、どうかよろしくお願いします。
次は日曜予定です。




